四.似た者同士③

「長崎君からいくら借りていたのですか?」

 二代目も同じ疑問を持ったようだ。

「それは・・・」と松野君は口籠った後、「百二十万円です」と吐き捨てるように言った。

「百二十万円!」思わず声が出てしまった。学生同士の貸し借りにしては立派な借金だ。思わず声が出てしまったものだから、「君の感想はいいから」と二代目に釘を差されてしまった。

 しかし、随分、高級な外車にぶつけてしまったものだ。

「長崎君から金を返せと迫られ、つかみ合いの喧嘩となって彼を殺してしまった。違いますか?」

「違う! 大体、長崎は自殺したんだろう⁉」

 殺されたということは聞かされていないようだ。

「何故、そう思うのです?」

「だって、あいつ、天井から首を吊って死んでいたじゃないか!」

「ああ、彼の遺体を見たのですね?」

「見たも何も、遺体を発見したのは俺たちだ」

「俺たち?遺体を発見した時、あなた以外、いたのは誰ですか?」

「若狭兄弟だ」

 横から若狭君の多分、龍臣君が「あの日は、僕たち食事当番だったので、早起きして下に降りたのです。そしたら、階段の下に五代院さんが転がっていて・・・驚いて、どうしようとなって、先ずは長崎さんを起しに行きました。部長ですから。でも、何度ドアを叩いても出て来てくれません。隣の松野さんがどうしたって部屋から出て来てくれて、それでドアを開けました」と補足した。

「鍵は掛かっていなかったのですね?」

「はい。鍵は掛かっていませんでした」

 ボタン錠と呼ばれる部屋の中からドアノブの真ん中にあるボタンを押して鍵をかけるタイプの錠前だ。サークル仲間の集まりだし、鍵を無くすと鍵代として三千円を支払わねばならないそうで、部屋の鍵は配っていなかった。

「誰も鍵なんて掛けない」と松野君が言う。

 心配なら部屋の中から鍵を掛けることが出来るが、男性陣は誰も鍵を掛けなかったようだ。

「遺体発見の経緯は分かりました。長崎君は殺されたのです。あなただって、分かっていたはずです」

「言いがかりだ!」と喚いたが、松野君の言葉には力が無かった。

「これだけ足止めを食っているのです。自殺の訳ないでしょう」

「それはそうだけど・・・」松野君はぐうの音も出ない様子だった。沈黙の後、絞り出すように言った。「長崎から金を借りていたのは、俺だけじゃない。五代院だって借りていた。しかも、俺なんかよりもずっと多く」

「へえ~長崎君がどうやって大金を得たのか気になりますが、誰も教えてはくれないでしょうから、別の話題にしましょう。長崎君と五代院君の関係はどうだったのですか?長崎君からお金を借りていたのなら、やはり松野君と同じように虐げられていたのでしょうか?」

 二代目の質問に、松野君は「あいつらは似た者同士だから」と答えた。

「似た者同士?」

「横柄で権勢欲に塗れた長崎、鷹揚でのんびり屋の五代院と傍目には似ても似つかない二人だけど、人としての本質は同じだってことだ」

「人としての本質ですか?」

「どちらも共感力が低い」

「厳しい評価ですね。ところで、五代院君は先輩に誘われて地質愛好会に入部したのでしたよね。長崎君は、どうして地質愛好会に入ったのでしょうか?」

「長崎? あいつ、俺が入部した時に、もう地質愛好会にいたからな~一度、あいつに聞いたことがあるけど、本当はワンダーフォーゲル部に入りたかったけど、部員が多すぎて止めたみたいなことを言っていた。まあ、実際はあいつも部長にスカウトされたみたいだけどな」

「部長というと、五代院君の高校の先輩だった人ですか?」

「そうだ。浅田さんっていう人だ。俺たちが一回生だった頃の四回生で、地質愛好会の部長をやっていた」

「部長さんが新入部員をスカウトしていたのですね?」

「まあね。大学の規定で部員が十名を切ると廃部になってしまうからね。毎年、新入部員を確保するのは大変なんだ」

「なるほど。それで長崎君と五代院君は同じ部長さんからスカウトされたという関係から仲が良かった訳ですね」

「仲が良い? ふん。浅田さんを頂点としたヒエラルキーに組み込まれていただけさ」

 言葉に棘がある。

「さて、松野君。最後に、あなたのことを教えてもらえませんか?」

「俺のこと?」

「そうです。うん? ・・・随分、複雑な家庭で育ったみたいですね?」

「何で・・・あんたがそんなことを・・・知っているはずないのに・・・」と松野君が絶句する。

 また二代目が妙な力を使ったようだ。

「話したくなれば、それはそれで構いませんよ」

「人に話したことないんだけど――」と松野君が打って変わって殊勝な態度で話し始めた。「俺の両親は生みの親じゃない。本当の母親ってのが、俺を産んだは良いが育てられなくて、姉夫婦、俺に取っちゃあ、叔母夫婦だな。叔母夫婦に育てられた。まあ、俺にとっちゃあ叔母が母親だ。産みの親なんて、たまに顔を見せに来るだけの存在だ。少しは罪悪感ってのが、あるのだろうな。忘れた頃にやって来る。チョコレートを持ってくれば、俺が喜ぶと思っている。幾つだと思っているんだ」

 聞いていて辛くなる話だ。松野君の告白は続く。「エステシャンになるって言ったり、パティシエになるって言ったり、横文字の職業に憧れて大騒ぎをするんだが、長くは続かない。男もそうだ。惚れっぽくて、男の後をついて回るので、直ぐに飽きられて捨てられてしまう。本当の父親なんて、俺の顔を見たこと無いはずだ。俺だって、何処で何をしているのか知らない。知りたくもないしね。産みの親より育ての親って言うだろう。俺の親は叔母夫婦だよ。産みの親なんて、どうでも良い」

 一気に場が暗くなる。松野君が誰にも言わなかったはずだ。

「ありがとうございます。話をしてくれて」と労わった後で、二代目が言った。「だから、あなたは他人への不満を包み隠そうとしないのですね。通常の親子であれば、反抗期には親に反発する。ところが、あなたはそれが出来なかった。実の親、生みの親ではないことが、結局は遠慮となって、あなたは親に反発することが出来なかった。そのはけ口が誰彼構わず他人に向かってしまう。それが今のあなたです」

「随分、はっきり言うな・・・」

 むっとした様子だったが、思い当たることがあったのだろう。「あんたが言う通り、直ぐにイライラしてしまうのは、親に反抗できなかったからかもね。あんた、占い師みたいだな」と言って松野君は「へへ」と自虐的に笑った。

 松野君の複雑な家庭環境は分かったが、それがどう事件に関与しているのだろう?

「どうもありがとう。話したくないことまで突っ込んで聞いてしまって、すみませんでした」

 二代目は松野君からの事情聴取を終えた。

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