五.陰の部長①
次は双子の若狭兄弟だ。
「さて、若狭君。次は君たちから話を聞きましょう」と二代目が言うと、「はい」と二人が揃って返事をした。シンクロするところが、いかにも双子らしい。
人の心の奥底まで覗き込んでしまうような二代目の事情聴取を見て緊張しているようだ。表情が硬い。
「先ず聞きたいのは夕食のことです。夕食が始まってから、長崎君は食べ終わって直ぐに部屋に戻った。そうですね?」
「はい」とまた双子がシンクロする。
「皆さん、食事が終わってから居間にいたようですが、五代院君はどうしていましたか?覚えていればお願いします」
二人は顔を見合わせた後、多分、輝臣君が自信無さそうに答えた。「五代院さんですか・・・確か、食事が終わって暫くしてから部屋に戻ったと思います」
輝臣君が皆の顔を見回す。すると「食事が終わってから、気がついたらいませんでした」と筒井君が補足した。
「食事が終わってから、部屋に戻った順序を確認させて下さい。先ず、長崎君が部屋に戻った。次は誰です? 筒井君と新沼さんは食事の後片付けで、五代院君と北野さんが部屋に戻ったのでしたね。それに、反省会の前には松野君が携帯を充電する為に、龍臣君は痛み止めの薬を飲む為に部屋に戻っていますね?」
流石、二代目、しつこい性格だからか、よく覚えている。
「長崎さんが食事の途中で部屋に帰って、五代院さんがいつの間にかいなくなっていた。それから食事が終わって、筒井と新沼さんが後片付けを始めて、北野さんが部屋に戻った。反省会が始まる前に、僕、松野さんの順で部屋に戻った・・・と思います」と今度は龍臣君が答えた。
「間違いありませんか? 松野君」と二代目が松野君に確認すると、「ああ、合っているよ」と松野君が答えた。
食事が終わってから部屋に戻った順を何故、気にするのだろう?
「長崎君、五代院君、龍臣君、松野君が部屋に戻るのに、それぞれ、どれくらい時間差がありましたか?」
「食事が始まって、十五分くらいで長崎さんが食事を終えて、部屋に戻ってしまいました。それから~五代院さんです。長崎さんが部屋に戻ってから暫くして、五代院さんがいなくなっていました」と輝臣君が言うと、龍臣君が「多分、五代院さんが部屋に戻ったのは食事が始まってから三十分、経たない頃だったと思います」と補足した。
「ああ、そうだった」と松野君、「それくらいの時間だと思います」と筒井君が同意した。そして、「食事が終わったのが七時頃、北野さんが部屋に戻って、僕らは後片付けを始めました」と付け加えた。
「それから僕ですけど、食事を終えて三十分くらい経ってから、部屋に行って薬を飲みました。食後の薬って、食後三十分、経ってから飲むんですよね」と龍臣君が続けた。
「食後と言うのは、食事が終わってから三十分以内という意味ですよ」と二代目が教える。
「へえ~そうなんだ」と龍臣君。
「最後に松野君が部屋に戻った。それは龍臣君が部屋に戻ってから、どれくらいしてからでしょうか?」
「さあ、俺が部屋に戻る時にはタツは居間に戻っていたと思う」と松野君が答えると、「はい。松野さんと入れ違いでした。薬を飲んだだけですので、僕が部屋にいたのは十分くらいだったと思います」
「そして九時前に、松野君は長崎君と五代院君が言い争う声を聞いたのでしたね。その辺は先ほどお聞きしたので、話を若狭君兄弟に戻しましょう」
「はい」と双子がシンクロする。再び、二人の顔に緊張が走る。
「さて――」と二代目が言いかけ時、輝臣君の携帯電話が鳴り始めた。携帯の着信画面を見た輝臣君は、はっと顔色を変えると、「すいません」と電話に出た。そして、「今、警察から事情聴取を受けているので、後でこちらからお電話します」と言って、電話を切った。
「どなたから?」と二代目が聞くと、「知り合いです」と輝臣君は曖昧に答えた。
「そうですか」と言った二代目が妙に厳しい表情をしている。今の電話に何か感じたのだろうか? 二代目が双子に質問を続ける。「あなた方二人は長崎君と仲が非常に宜しかったようですね?」と妙な聞き方をした。
「尊敬する先輩ですから当然です。五代院さんも松野さんも、同じように尊敬しています」
輝臣君がそつのない答えをする。
「なるほど。そういう君たちのそつの無さが人に好かれる所以のようですね。一般的な関係ではなく、どのような特殊な利害関係があったのかをお聞きしたいのですが」
特殊な利害関係と言われて、双子の兄弟はむっとした様子だった。だが、不思議なのは、席にいたほぼ全員が一応に顔をしかめたことだった。彼らは何か知っている。何かを知っていて、それを隠している。僕にでも、そのくらいこのことは理解できた。
「特別な利害関係なんてありません」と龍臣君が鼻を膨らませた。
「ほう。では何故、地質に興味の無いあなた方がここにいるのですか?」
「そんなことはありません! 僕ら、地質のことをもっと知りたくて、ここにいます」今度は輝臣君が声を荒げた。
「心の底では長崎君のことを嫌っていた。でも、彼とは離れることができなかった。特殊な利害関係があったと考えるのが普通ではありませんか?」
「長崎さんのこと、嫌っていたなんて言いがかりです。だって、僕ら、長崎さんともっと親しくなりたくて、長崎さんに頼んで地質愛好会に入れてもらったのですから」
「そういう意味では地質に興味が無いと思われたかもしれません」
双子が口々に言い立てる。
「まあ、良いでしょう。その内、見えてくるでしょう」と二代目。相変わらずインチキ占い師のような言い方だ。続けて「では、どうやって長崎君と知り合ったのですか?今のお話だと地質愛好会に入部する前に長崎君とは知り合いだったようですね」と双子に聞いた。
筒井君が「えっ⁉」と小さく声を上げた。長崎君と双子がサークルに入部する前から知り合いだったことを知らなかったようだ。
双子は暫く押し黙ったままだったが、観念したかのように輝臣君が「中学時代、僕らは虐められていました」と吐き出すように言った。「タツがとろくさいものだから、虐めを受けるようになったのです。タツが虐められるようになると、双子なものだから、僕まで虐めても構わないといった雰囲気になって、虐めの対象になってしまいました」
「俺のせいにするな。先に今井さんから虐められたのはテルだろう!」龍臣君が反論する。
「違う! 今井さんに絡まれたのは俺の方が先だったかもしれないけど、同級生から虐めを受けたのはタツが先だ」
喧嘩になりそうだったので、「まあ、まあ」と二代目がなだめる。そして、二人に尋ねた。「その今井君というのは?」
「ひとつ上の先輩です。サッカー部の副部長で、見た目は凄く爽やかな感じの人なのに、性格は蛇のように執念深くて嫌な先輩でした。最初は同級生から、からかわれる程度だったのですが、何故か今井さんが僕らのことを知って、虐めに加わってから、虐めがひどくなりました」
「面白いことを言えと言われて冗談を言うと、気に入らないって殴られました。顔だと目立つのからと言って、何時も腹をやられました」
「二人で殴り合えって言われたのは辛かった」
「崖を登れって言われたこともあった。先にタツが登っていて、上から石が降って来た時には死ぬかと思った」
「あった、あった。俺だって、手を掛けた石がぽろっと崩れ落ちた時には、テルに当たらないかと焦った、焦った」
「随分、辛い目に遭ったのですね」
「もうね。一年間、地獄でした。中学二年の六月頃から虐めが始まって、今井さんはひとつ上でしたから、十カ月くらい辛抱すれば卒業してくれます。それまで二人で乗り切ろうと頑張りました」
二人だったから、励まし合いながら辛いことを乗り越えることができたのだ。一人だと不登校になって、引き籠りになってしまったかもしれない。
「それで、虐めと長崎君とどういう関係があるのですか?」
そうだ。それを知りたかった。
「その今井さんが大学に入学して直ぐに、大学を辞めたって噂が流れてきました。それもどうやら虐めを受けて大学を辞めたみたいで、二人でざまを見ろって喝采を叫びました」
「ほう~いじめっ子が虐めを受けたのですね」
「天罰だって思いました。これで少しは僕らの痛みが、苦しさが今井さんにも身に染みて分かったはずです。今井さんを虐めた人が神様のように思えました」
二代目が話を先回りして言う。悪い癖だ。「それが長崎君だった訳ですね」
双子は驚いた顔をした。「はい。そうです。友達の兄貴が招知大学にいて、その人の話だと、今井さんを虐めて退学に追い込んだのは長崎さんだということでした」
「だから、僕らは長崎さんに会ってみたい。会って一言、お礼を言いたかった。招知大学を目指して勉強しました」
「そして大学に受かって、友達の兄貴に紹介してもらって、長崎さんと知り合いました」
「僕らだって長崎さんにスカウトされて地質愛好会に入部したようなものです」
「そうですよ。僕らから頼む前に、地質愛好会に入部してみてはどうかって言ったのは、長崎さんの方ですから」
双子が口々に主張する。
「長崎君との関係は分かりました。五代院君とはどうです? 入学前から知り合いでしたか?」
「五代院さんとはサークルに入って知り合いました。ただ・・・」
「ただ?」
「陰の部長はあいつだからと言って、入部前に五代院さんを紹介されました。どんな怖い人が出てくるのかと思ってドキドキしていたら、優しい人だったのでほっとしました」
「陰の部長ですか?」
「ええ、まあ」と輝臣は言葉を濁した。余計なことを言ったと思ったのだろう。二代目が「どういう意味でしょうか?」と突っ込んで尋ねてみたが、「分かりません」、「どういう意味で言ったのかなんて長崎さんに聞かないと分かりません」とはぐらかされた。
皆、苦々しい顔をしているように見えた。五代院君には人の知らない裏の顔があるようだ。
「詳しいことは教えてくれそうもないみたいですね。分かりました。質問を変えましょう。あなた方は何故、北野さんのことを嫌っているのですか?」
双子が血相を変えて立ち上がった。「そ、そんなことはありません!」、「北野さんを嫌っているだなんて、変な言いがかりは止めて下さい‼」
また二代目が妙なことを言い出した。
「そうですか?」と二代目が首を傾げると、「良いんです。若狭君たちだけでなく、みんな、私のことを嫌っていますから。ふふ」と北野さんが半笑いで言った。
今度は「そんなことない」と否定する人間が現れなかった。皆、渋い顔をして黙り込んだままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます