三.言い争い①
一気に、部屋の空気が張り詰めたのが分かった。
「食事が終わってから、何処で何をしていました?北野さん、あなたは?」と二代目が先ず北野さんを指名した。
どういう人選なのだろうか? 六人の中では一番、緊張感が無いように見える。最初に話を聞くには、うってつけの相手かもしれない。或いは――
「私ですか~食事の後、お部屋に戻って携帯をいじっていたかな~それから、はあちゃんと一緒にお風呂に行きました。女性が二人でしょう~男どもが覗きに来ないように、筒井さんに見張ってもらいました~」
屋敷にはシャワールームのついた浴場が二つ有る。男性と女性で使い分け可能だが、大学生のサークルだ。女湯を覗こうとする輩がいても不思議ではない。そこで、筒井が見張り役を務めたようだ。筒井と新沼は付き合っている風なので、痴漢の目から彼女を守ろうとしたのだろう。
「お風呂の後は?」
「部屋にいました~九時から反省会だったので、ばっちりメイクをしていました。後でもう一回、洗顔しなきゃあ~面倒だなって思いながら」
なるほど。女性は大変だ。夜九時に反省会は迷惑だっただろう。
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「うん。五代院さんと部長が喧嘩していました~」
「喧嘩?」
「廊下で言い合いしていたみたい。五代院さんが、ふざけるな! って怒鳴っていたのが聞こえたよ~」
「何が原因で言い争いをしていたのでしょう?」
「さあ~? よく聞こえなかったから、分からない」
「何時頃でした?」
「さあ~? 九時前だったと思うけど」
「俺、時計を見たけど、八時五十分前、四十六、七分くらいだったと思います」と松野君が助け舟を出した。反抗的に見えるが、根は真面目なの男なのかもしれない。
「ほう~で、何が原因で言い争いをしていたのか分かりますか?」
「ああ、長崎の部屋に一番、近いからな。会話が聞こえた。長崎が反省会に出ないと言ったようで、五代院がふざけるなって怒鳴っていた」
「反省会に出ない?」
「俺は出ないよ――そう聞こえた」
「ふむ」と二代目は一瞬、難しい顔をすると、「大事なポイントです。長崎君が何と言って、五代院君が何と言っていたのか、出来るだけ詳しく当時の会話を再現してもらえませんか?」と言った。
何だろう? 二代目が大事なポイントだと言っているのだ。二人の会話が事件解決の重要なヒントになることは間違いない。
「詳しくたって・・・最初に聞こえたのは五代院の声だったな。何でだよ! 何で出ないんだよ! って怒鳴っていたと思う。それから、部長が反省会に出なくてどうする! って声が聞こえて、ああ、長崎が反省会に出たくないって言っているんだと分かった。それから・・・ああ、長崎がいいだろう! ほっとけよ! って言い返して、ふざけるな! 勝手にしろ! と五代院がやり返してバタンとドアを閉めた――と思う」
「どうです? 他に二人の言い争う声を聞いた方はいませんか? 今ので間違いないですか?」
すかさず筒井君が「松野さん程、はっきり聞こえなかったのですが、そんな感じだったと思います」と言い、隣で新沼さんがこくりと頷いた。
「なるほど。分かりました。松野君。君、食事が終わってから、部屋にいたのですか?」
「いいや。居間にいたよ。反省会の前に携帯を充電したくて部屋に戻っただけだ」と松野君が言うと、「はい。僕らが松野さんと一緒にいましたから、間違いありません」と若狭兄弟の・・・どっちだ? 多分、龍臣君の方がそう横から口を挟んだ。
「君たちも居間にいたのですね」
「ずっとじゃないけど・・・ちょと、お腹の調子が悪くて、トイレにいったりしたから・・・」と今度は多分、輝臣君が答えた。
「だな。居間にいる間、若狭がいたよ」
「二人共ですか?」
「あん? いいや、どっちか一人、いない時もあったかな」
双子で同じ格好をされたら、どちらがいて、どちらがいないか分からないだろう。
「僕は食事が終わってから一度、部屋に戻りました。食後の薬を飲む為に。居間に戻ったらテルがいなかったから、多分、トイレに行っていたのだと思います」と龍臣君。
「薬? どこかお悪いのですか?」
「別に、大したことありません。ちょっと足が痛んだので、痛み止めを飲んだだけです」
「ああ、そうか。昼間に崖から落ちたのでしたね」と二代目。確かに、そんな話をしていた。
ふと思った。若狭兄弟は双子だ。端から見ていると区別がつかない。二人の内、片方だけしかいないと、どちらと一緒にいるのか分からないだろう。二人が共謀すれば、一人が誰かと一緒にいてアリバイをつくり、もう一人が犯罪を遂行することが出来る。物的証拠が無ければ、どちらが犯人なのか証明することは難しいだろう。
この兄弟のどちらかが今回の事件の犯人だ。そう思えて来た。後で二代目にそう言ってみよう。僕もたまには役立つはずだ。
二代目が双子に尋ねる。「松野君が部屋に戻っている時は? 居間にいたのですか?」
「二人で居間にいました」
「あなたは?」と二代目が北野さんに声をかける。北野さんは「私⁉」と意外そうに声を上げた後、「食事が終わってから部屋に戻りました~」と答えた。
「五代院君がいなくなる前ですか? 後ですか?」
「分からない~」と北野さんが明るく答える。
「多分、五代院さんが居なくなったのが先だと思います」と筒井君が助け舟を出すと、「そうですか」と頷いた後、二代目が筒井君に向かって言った。「後は君たちです。筒井君。食事の後片付けが終わって部屋に戻ったのですね?」
「はい」
「食堂から直接、部屋に戻ったのですね?」
「いいえ。居間に顔を出して、部屋に戻っていますと伝えました」と筒井君が答えると、双子がうんうんと頷いた。
「何時頃ですか?」
「さあ、七時過ぎだったと思います」
「一度、部屋に戻ってから、二人の女性がお風呂に行くのを見張っていた」
「はい」
「部屋にいたのはどのくらいですか?」
「直ぐに出ました。女性陣は支度に時間がかかりますし、九時から反省会でしたから、あまり時間がないと言われて」
「ああ、確かに。その後は?」
反省会まで一時間以上あったはずだが、風呂上りの女性には、人前に出るにはそれでも足りないかもしれない。
「えっ⁉」と筒井君は不意を突かれた様子だった。「僕は・・・」と言いかけた後、急に口を噤んだ。
「部屋に戻っていたのですか?」
「ええ、まあ・・・いえ、あの」と言い渋った後、諦めたように言った。「新沼さんの部屋にいました」
二人が付き合っていることは見え見えだ。今更だろう。
「ああ、そうですか。それなら新沼さんに何処にいたのか聞く必要はありませんね」と二代目も感心を払わなかった。「さて、ここからです。反省会が始まるはずだった九時以降のことを聞かせてもらいます」
いよいよだ。反省会を前に停電が起きた。新庄さんの話では、暗闇の中で長崎君は殺害されたと警察では考えている。誰が犯人なのか紐解く鍵が、サークルメンバーの証言の中に潜んでいるはずだ。
彼らの中に犯人がいるはずだ。証言の中に潜む矛盾を、きっと暴き出してみせる。妙に緊張して来た。
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