二.神エイト①

「遺体の発見現場を先に確認しておきたい」と二代目が言うので、先ずはロビーにある階段から検証することになった。

 二階まで吹き抜けの広いロビーだ。ありふれた台詞だが、僕がすんでいるアパートより広いだろう。

 玄関から真正面に階段がある。昔の建物とあって天井が高い。階段だけでもかなりの高さだ。長くなり過ぎないようにか、階段の途中に踊り場が設けてある。階段は踊り場で壁に突き当たり、そこから壁沿いを左右に分岐している。

「ここから転がり落ちたのか?」

 踊り場で二代目が呟く。天井の高い洋館だ。確かに、踊り場の位置は高いと言えば高いが、転がり落ちて死んだとなると微妙な高さだ。よほど運が悪い。

「なんだか微妙な高さですね」と言うと、新庄さんがむっとした顔をした。

 二代目は構わないが、素人の僕は口を出すなということだろう。僕は「うへっ!」と肩をすくめた。

「この壁に掛けてあった絵が落ちていた。それがガイシャを直撃し、階段から転がり落ちて、ほら、あの手摺、下から三番目の――」と新庄さんが指出す。

 階段の両端には転落防止用の手摺がある。古い洋館だ。よくあるステンレス製や木製の細い手摺ではなく、石材でつくられ、装飾が施された豪華なものだ。

「あそこに頭をぶつけて首を折ったことが死因と思われる。だがな――」と新庄さんが声を潜めた。「転落の直前、被害者が、よせ! やめろ! と怒鳴っていたのを聞いた者がいる」

「誰かに突き落とされた可能性がある訳だな。階段から転落した時間は?」

「零時過ぎだったそうだ。零時を二十分くらい回っていたと学生の一人が証言している。死亡推定時刻とも一致している」

 被害者は階段から突き落とされた。転落途中、運悪く、石材性の手摺に頭をぶつけ、首の骨を折って亡くなった。そういうことだろう。優しい木材性の階段と違って、転がったら痛そうな階段だ。

「なるほどね。それで、被害者を直撃した絵はどこだ?」

「鑑識が持って行ったよ。ほら、壁に絵を掛けていたフックが残っているだろう」

「残念だな。絵があれば何か分かったかもしれないのに」

 また霊能力者のようなことを言う。

「ああ、それならこの洋館を管理している武蔵セメントのホームページに保養施設のひとつとして、この洋館が紹介してある。建物の外観とこのロビーの写真が使われていて・・・ちょっと待てよ――獄門丸の肖像画だったな。彼は武蔵セメントの創業者と言えるから、会社としても彼の肖像画を飾っておきたかったのだろう」

 被害者はご先祖様と同じ死に方をした訳だ。そんな縁起の悪い絵を何故、飾っておいたのだろう。やはり高子さんは獄門丸のことを愛していたのだ。だから、父親の事故の原因となった絵だったが、彼の肖像画を捨てることが出来なかった。肖像画を飾り、それを毎日、眺めて彼の思い出と共に生きたのだ。

「ああ、あった」と新庄さんが武蔵セメントのホームページにある屋敷のロビーの写真を見せてくれた。

 洋館の外観とロビーの画像が並べて掲載してある。ロビーの画像は、正面に肖像画が飾られていた。実際に踊り場に立つとよく分かるが、画像通りなら肖像画はかなりの大きさだったはずだ。絵に描かれた人物、獄門丸、いや門倉清浄は洋装をぴしっと決め、斜め目線でこちらを見ている。多少、盛ってあるのだろうが、細面でかなりのイケメンだ。

 高子さんが惚れたのも無理はない。

「おや。良い男ですね」と言うと、二代目、新庄さん共に無視された。

 まあ、いつものことだ。

「ふむ。随分と思いを残して死んだのだな」と二代目がまた気味の悪いことを言う。

 その内、死者の霊が降りて来たなんて言い出しそうだ。

「変なこと、言わないで下さいよ」と言うと、「タマショー君。趣味で廃屋を巡っている人間がいることを、君も知っているだろう?」と二代目が言う。

「知っていますよ。趣味が悪いと思います」

「君にとって趣味が悪くても、そういうことが好きな人間もいるってことだ」

「二代目は廃屋巡りが趣味なのですか?」

「僕は嫌だね。廃屋はそこにいた人間の思念が混じり合い昇華していて、押しつぶされそうになってしまう。でも、廃屋好きな人間ってのが、いるんだよ。なあ、ハチ・・・じゃなかった新庄君」

 おやっ⁉ 意外だ。新庄さんに、オカルト趣味があるのだろうか。

「ふん。廃屋は犯罪の温床になり易い。だから、たまに見回っているだけだ。いいから、もっと捜査の参考になりそうな情報をくれ」

「防犯カメラは?」

「何時の時代の建物だと思っているんだ。生憎、そんなものはない」

「時代は関係無いだろう。古い建物だとしても、防犯カメラを設置すれば良いだけだ」

 まあ、その通りだが、企業の保養施設として利用されているなら、防犯カメラは必要ないかなと思った。

 面倒に思ったのか、新庄さんは「さて、次だ。移動で時間を使ってしまった。効率的にさくさく進めてくれ」と先を促した。

 ざっと一階を見て回った。玄関ロビーを挟んで、居間と食堂があり、食堂の隣が台所、トイレ、風呂と水回りの施設が並んでいる。

「愛好会のメンバーには居間に集まってもらっている」と新庄さんが言うので、居間は後回しにした。食堂には十人は座ることが出来る長いテーブルが据えられていた。風呂には大浴場と小浴場の二つがあった。

 居間の隣は会議室、その隣が書斎になっていた。書斎には大きなデスクがあり、壁一面、本棚になっていて本が並んでいた。図鑑や専門誌ばかりで、雑誌は小説といったものは皆無だった。

 二階へ上る。

 吹き抜けになったロビーをぐるりと渡り廊下が取り囲んでいる。

 階段とは反対側、入り口近く、玄関上、髑髏の目に当たる二部屋だけ、他の部屋より大きくなっているようだ。部屋にバスルームがあると言う。左右対称に四部屋ずつ並んでいる。

 他より広い二部屋に被害者の長崎慶太と五代院頼繁の二人が宿泊した。部長と副部長、地質愛好会の幹部だ。

 向かって右側の部屋には黄色い規制線が張られてあった。犯罪現場だ。緊張する。

「さあ、ここだ。大丈夫、遺体は片づけた。それに絞殺だったから、血痕は残っていない」

 まるで僕の心を見透かしたかのように新庄さんが言う。良かった。グロいシーンは苦手だ。

 新庄さんがドアを開ける。「証拠採取は済んでいるので、好きに見て回ってくれ」僕らは規制線を潜って中に入った。

 まるでホテルだ。ダブルベッドにデスク、チェアー、ソファーにテーブル、テレビにクローゼットまである。それでも部屋にゆとりがあった。

 天井のライトはLEDに変わっていたが、かつてシャンデリアを吊るしたフックがあり、そこにロープを掛けて、長崎慶太は首を吊って死んでいたと言う。

「長崎慶太はここで天井から首を吊って死んでいた。発見した学生たちは自殺だと思ったようだが、我々の目から見たら偽装工作がバレバレだった」

「偽装工作?」

「ああ。例えばガイシャの両手首には拘束した跡があった。両手が塞がっている状態で首を吊るやつがいるか?首筋に残った策条痕もそうだ。水平なのと斜めの二つ、策条痕が残っていた」

 策条痕とは紐状の凶器で首を絞めた際に残る痕跡のことだ。それが水平についていると他殺、斜めについていると自殺だと判断できるらしい。

 恐らく両手、両足を結束バンドのようなもので縛った後、首を絞めて殺した。そして、死体を天井から吊るしたのだ。

「随分、荒っぽいやり方だな。ロープはどうだ?」と二代目。

「ロープはどうだって、どういう意味だ?」

「持ち込んだものか?」

「それが重要なのか?」と新庄さんが怪訝な表情を浮かべた。恐らく調べていない。

「多分ね」と二代目は素っ気なく答えた。

「いずれにしろ、素人臭い犯行と言って良い。どの道、犯人はこの屋敷にいる学生だ。やつらの考えることなど、こちらにはお見通しだ」と新庄さんが言う。じゃあ、二代目に応援を頼む必要なんて無いじゃないかと思ったが、口に出来なかった。

「ああ、そうだ。検死の結果、遺体が見つかったのは長崎が後だが、殺されたのは彼が先だということが分かっている。五代院が階段から転落したのが、彼らがここに着いて二日目の深夜、零時を回っていたので、三日目になる。長崎はその前、二日目の夜に殺害されたようだ。夜九時に予定されていた実地調査の反省会前に五代院と長崎が良い争う声を部員が聞いている。恐らく停電している間に殺害されたものと考えられる」

「二人は何を言い争っていたんだい?」

「生憎、話の内容までは聞き取れなかったそうだ」

「ふ~ん。まあ、良い。後で、彼らから直接、聞いてみよう。死亡推定時刻は?」

「前日の夜八時から十時の間ってとこだな」

「停電の原因は分かっているのかい?」

「いや、この辺り一帯で、停電はなかったようだ。停電したとしたら、屋敷内で何かあったのだろう。警察官が駆け付けた時には、ディーゼル発電機が動いていたが、電気は復旧していた。ここまでで、何か分かったか?」

 それは僕も聞きたい。二代目の直感はよく当たる。

「ああ、犯人像が見えて来た」

「誰だ?」

「誰だも何も、関係者に会っていないのだから分からないよ」

「ああ、そうか。じゃあ、やつらに会いに行くか」

「うん」と二代目が子供っぽく頷く。

「いよいよだな。頼んだぞ」

「大丈夫だ。心配するな。君も言っただろう。素人臭い犯人なのだから」

 本当に彼らと話をしただけで、犯人を特定することが出来るのだろうか? 普通なら無理だと思うが、二代目なら出来るのではないか、そう思えてしまうから不思議だ。

 さあ、謎解きの始まりだ。

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