第七章 『永遠の別れと再会 ―― 魂の踊り、時を超えて』
千代子さんが私に語ってくれた最後の話は、「記憶の継承」についてだった。それは彼女自身の死を意識した、静かな語りだった。
「藤原さん、私の話を聞いてくれてありがとう。こうして自分の記憶を誰かに語ることは、自分の人生を再確認するようなものです。話しながら、自分でも忘れていた記憶が蘇ってきて、不思議な感覚でした」
百十一歳の誕生日を迎えた千代子さんは、次第に体力が衰えていくのを感じていた。しかし、その精神は驚くほど明晰で、私との対話を通じて、自らの百年以上の記憶を整理していったのである。
「私の人生は、特別なものではありません。ただ長く生きただけ。でも、その長さゆえに見えてくるものがあるのかもしれません」
千代子さんは、自分の死後に伝えたいメッセージについても語ってくれた。それは子供たち、孫たち、そして「未来の若者たち」に向けたものだった。
「次の世代に伝えたいのは、『時代がどう変わっても、人間の本質は変わらない』ということ。テクノロジーは進化し、社会の仕組みは変わっても、愛し、悲しみ、喜び、希望を持つという基本的な感情は同じなのです」
千代子さんは、特に現代の若者たちへのメッセージを残したいと言っていた。
「若い人たちには、『焦らないで』と伝えたいです。今の社会は何もかもが速すぎる。でも人生は長い。『今すぐ結果を出さなければ』という焦りに支配されず、自分のペースで歩んでほしい」
また、超高齢社会となった日本の未来についても、彼女なりの希望を語ってくれた。
「長寿が当たり前になった今、問われているのは『いかに生きるか』という質です。単に長く生きるだけでなく、その日々をどう充実させるか。それが高齢社会の課題であり、可能性でもあるのです」
千代子さんが最も強調していたのは、「記憶の大切さ」だった。
「私が百十一年生きてきて学んだことは、『記憶』こそが私たちのアイデンティティを形作るということ。個人の記憶、家族の記憶、社会の記憶……それらを大切に継承していくことで、未来はより豊かになると信じています」
春が深まり、施設の桜が満開になった頃、千代子さんの容体は急変した。彼女は窓辺の椅子に座り、桜を眺めながら静かに息を引き取ったという。その最期の瞬間、彼女の顔には穏やかな微笑みがあったそうだ。
「百十一年生きて学んだこと。
一、愛には期限がない。九十五年の時を超えても、本物の愛は生き続ける。
二、人生に「遅すぎる」ということはない。百十歳になっても、新しい幸せは見つかる。
三、失った時間を嘆くよりも、残された時間を大切にすること。
四、若さは肉体にあらず、心にあり。百十一歳になっても、心は十五歳のままでいられる。
五、人生最大の贅沢は、愛することと、愛されること。」
これは、千代子さんの日記の最後のページに記されていた言葉だ。私はこの言葉を、本書の核心として大切にしたいと思う。百十一年の人生を通じて得られた、この深い洞察こそが、彼女が私たちに残してくれた最大の遺産なのだから。
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