浅葱薫編

 

 御鏡学園、初等部。

 校舎内二階、中庭に面する空き教室。

 午前九時〇〇分、天気は曇り。

 僕は一時間目の授業を放棄、サボタージュ。

 いや、一応連絡は入れてるからサボりでも無いかな。

 僕がイヤホン越しに聞こえる声に従って寄った空き教室には僕の着替えが置かれていた。

 …………え、誰の趣味?

 父親の言った「対処しよう」って、これも含まれてたのかな。


 黒いフリルブラウスにグレーのベスト、襟首に銀の鈴を付けた鮮やかな青いリボン。

 レース付きの黒いフレアスカート。

 斜め掛けの黒いポシェット。

 中身はガーゼハンカチと、身に付け切れなかったGPSやチップの搭載された装飾品の類い。

 と、何故か飴が三つ。

 飴を手に取り、食べて良いのかを聞いてみる。

 ヘッドフォン越しに「……一つだけなら食べて良いです」と返ってきた。

 武器の類いは無いらしい。

 グレーのニーハイソックス、黒い厚底の靴と鮮やかな青の靴リボン。

 イヤホンから、スマホ端末との無線接続時間が長い青のヘッドフォンに切り替える。

 通話が繋がったままのスマホ端末はベストのポケットに。


 この格好で既に目立つが、何か事を起こす時は目立つ格好だと助けやすい。

 …………らしい。

 父親と蓮見が言ってた。

 と言うわけで僕は敢えて目立つ格好をしている。

 これ、ゴスロリじゃん。

 僕詳しくないけど。

 やっぱり誰の趣味!?


 空き教室から出る前に、一応ヘッドフォン越しに「黒と青の目立つ服に着替えた」と伝えたところ、ベストや服のボタンがあることと、チョーカーを忘れずに着ける事を伝えられた。

 仕上げに黒い狐面をすれば、 完成だ。

 っと、忘れる所だった。

 首から関係者の名札を掛ける。


 図書室で赤井蛍の担任の取り扱う教科の本を借り、資料室に行く。

 勿論、今回もカメラの有無を探して。

 盗聴器はあったがカメラは無かった。

 ので、壊さずそのままに。

 ついでに僕のカメラ機能付きの装飾品を一つ置いておく。


「本当に真面目ですね……」


 僕はここ資料室で赤井蛍の担任を待つつもりだ。

 その為に空き教室からわざわざ椅子も持ってきている。

 地味にこれが一番楽で僕が目立たない。まぁ、多少時間は掛かるだろうが。

 実は最初は校門の前やら教室の外や廊下の端、一番現実的だったのは階段前だったかな。

 その辺りで待つことも考えたんだけど。

 どう考えても目立つ。

 行動に支障が出る様な目立ち方はしたくない。


 一時間目と二時間目の境に僕は望み通りに一瞬動きを止め、固まった赤井蛍の担任と目を合わせる。

 資料の束と数冊の資料を片腕に抱えて思い出した様に、慌てて資料室の扉を閉めた赤井蛍の担任。

 もとい先生から少しして眉の寄った…………


「わぁ、あからさまに嫌な顔ですね」

「呆れてるんだ」らしい表情と目が合った。


 口元に手を当てている辺り、無理矢理ため息を噛み殺したのだろう。

 ふと、違和感を感じる。

 違和感の正体は先生の表情と、多分盗聴器。

 椅子からは立たないまま耳元からヘッドフォンを外し、首に掛ける。


「おはようございます。数日振りですね」

「今は時間が無い。昼休みまで待て」

「わかりました」


 僕の言葉に驚いたのか、僕に振り向く先生。


「急いでるんじゃないのか」

「これでも無茶をしてると言う自覚はあるんです。

 それに、これから忙しくなるかどうかは先生の答え次第なんです。

 その先生が昼休みまで待てと言うのです。

 待ちますよ」

「そ、そうか」


 先生はそう言って、腕に抱えていた資料を棚に戻し始める。

 それにしても重そうだ。

 僕は先生に手を伸ばす。

 異能を使って、先生や腕の資料の重さ軽減を図る。


「なっ……にを」

「気紛れです。

 お気になさらず。

 あぁ、迷惑でしたら今すぐ止めますので言って下さい」

「いや、ありがとう」


 先生は困惑の表情を浮かべつつ、そのまま資料を棚に戻していく。

 それから時間割を確認し、別の資料を取り出しそのまま資料室を出ていった。


 僕はと言うと、時間潰しに仮面を一度ずらして飴を食べていた。

 味は蜂蜜レモンだった。

 美味しい。


 カラン、コロン……


 先生がいない学園の敷地内で食べるお菓子の何と甘美な事か。

 背徳感が、僕の口元を緩ませた。

 ヘッドフォンは狐面を戻してから耳元に戻した。


 二時間目と三時間目の境、戻ってきた先生の目の前で僕はヘッドフォンを首に掛け、資料室に入って直ぐに見付けた盗聴器を掴み、眺めながら指先でもてあそぶ。


「先生、こちらに見覚えはありますか」


 扉を閉め、僕の声に振り向く先生。

 僕の手元を見て先生の顔が強張る。

 あるんですね、わかりました。


「僕達の会話を聞いている人間について、心当たりはありますか」


 返ってきたのは無言の頷き。

 ふむ。

 声を出しては言えない相手、ね。


「おや、見覚えも心当たりも無いんですね。

 先生なら分かるのでは、と思ったんですが」


「おい、どういう…………」


 僕はポシェットからGPS機能付きの装飾品を取り出し、先生のジャケットの内ポケットに入れ、ネクタイに刺した。


「どうもこうも、こういう意味でしかないですね。真面目過ぎると言うのも難儀だと思いますよ、先生」


 ヘッドフォンを耳元に当てて見ると、どうやらヘッドフォンの先ではざわついていた。

 うん、何故かなぁ。

 それにしても、ここは時計が無いからか時間がわかりずらい。


「所で先生、時間は大丈夫ですか?

 そろそろ時間だと思うのですが」

「っ……昼休みに屋上まで来い」

「わかりました。ではまた昼休みに」


 慌てて資料の持ち替えを始める先生の腕に触れ、僕は狐面越しに目を細める。

 異能はこういう時こそ必要だよねぇ。


「教室までお送りしなくて大丈夫ですか」

「気にするな。俺は下手に目立ちたくない」


 ……そうは言っても、僕のせいで多分先生にも何か被害がある気がするんだよなぁ。

 僕は慌てて資料室を出ていく先生の背中を眺める。

 資料室の扉が閉まったのを見届けてヘッドフォンを耳元に戻し、一言。


「さてこの盗聴器、先生に心当たりが無いとなると僕が好きにして良いって事かな」


 僕と先生の安全の為に、壊すのは定石だよねぇ。


「あ、そうだ。逆探知ってどうすれば良いんだっけ」


 そう言った途端、ヘッドフォン越しに聞こえる「時雨……」と言う壮年の男性の声。

 まさか父親??

 小説内でも実際でも僕に甘く溺愛する父親の事だ。

 過保護を発揮して僕に声が届く位置に居ても何らおかしくは無いけど。

 これで声の主が父親じゃ無かったら恥ずかしいやつだなぁ。

 そう思っていると妙な沈黙の後に「逆探知するくらいなら壊してしまいなさい」と言われた。


 盗聴器を触っていた動きを止める。

 資料室に誰か来る。

 不味い、誰だか知らないけど煽りすぎたかな。

 先生が無事だと良いけど。

 周りを見る。

 資料室と言うだけあって、周りは資料でいっぱい。

 僕の服は目立つ。

 当然隠れられる場所なんて無い。

 窓はカーテンで締め切られているけど僕は資料室に来てすぐ、ぐらいにカーテン越しに窓を開けていた。

 だから僕には「逃げる」と言う選択肢がある。

 扉の窓に滲む人の影。

 僕は急ぎカーテンを開く。

 仮面越しだと言うのに、陽射しが眩しい。

 扉が開かれた。

 僕は窓枠に足を掛ける。

 後ろを振り向き、確認する。


「えっ……」


 驚いた。

 そして力が抜けて異能が切れた。

 確認した事を若干後悔した。

 逃げる必要は無くなった。

 僕は呆然と窓枠に掛けていた足を戻した。

 僕に会いに来たのは、キレ顔の蓮見。

 ヘッドフォン越しに声がする。

「やっと合流したか」と。

 蓮見は無言で僕の手元を見ると盗聴器を奪い、片手で壊す。


 ゴシャリッ


 流石、僕の護衛。

 素晴らしい手際だ。

 実は蓮見も異能力者なんじゃなかろうかと思う握力だったな。


「くれぐれもお気を付け下さいと申した筈ですが」


 朝振りに会った蓮見の第一声がこれとは。

 僕は狐面を取る事を躊躇してしまう。

 手がさ迷った。


「何故、蓮見がここに……」

「何故?忘れましたか。

 俺は護衛ですよ、お嬢様」


 旦那様から連絡を頂いた時には「やっぱりか」と思いましたよ、と言った蓮見の腕の先には何か、いや誰かを引き摺っていた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る