第15話  ネージュ編 ③

 レベッカ嬢はあれから俺にあまり話しかけてこなくなった。


 俺も出来れば顔を合わせたくない。ずるいかもしれないがこれ以上の関わりを持ちたくない。


「ネージュ、そろそろ戦地に戻れそうか?」


 団長の言葉に「はい、大丈夫です」と答えて、すぐに戦地へと向かった。


 しばらくは命の駆け引きの中、レベッカ嬢とのことも忘れることができた。


 そんな中、妻からくる手紙に伯爵家で暮らす様子を想像した。戦いに勝ち帰る日を夢見ながら必死で生き抜いた。


 何度か城には帰ったがすぐにまた戦地へ戻るという生活をしていたため、レベッカ嬢と会うことはなかった。


 そして戦地から一旦辺境伯の城に戻ってきて、しばらくこちらで過ごすことになった。

 レベッカ嬢には赤ちゃんが産まれていた。俺が戦地に行って帰ってを繰り返す、そんな生活を一年近く過ぎた頃だった。



「レベッカ嬢はご結婚されたんですね?」


 副団長のマーカスに何気なく聞いた。内心は心穏やかではなかった。


 ーーまさか……



「レベッカ嬢?違うよ、聞くところによると誰の子かわからない子供を妊娠していたらしい」



 ーー誰の子かわからない?


 ーーまさか……あの時の?



 いや、違う。避妊薬は飲んだと言っていた。俺は首を横に振りまだ首のすわらない赤ん坊を抱くレベッカ嬢を遠くから見つめた。


 声をかけることは怖くてできなかった。


 唯一愛した妻を裏切ってしまったあの夜のことを何度後悔したか。



 その後聞いた噂は……


 突然妊娠した娘を父親の辺境伯は怒り、堕させようとしたが、レベッカ嬢はメイドを伴いこの城を黙って出て行き、遠くの静養先でこっそり子供を産んだらしい。


 戦争で慌ただしく辺境伯もレベッカ嬢のことは下の者に任せるしかなく、結局無理やり堕すことは諦めたらしい。


 そして子供が産まれてこの城へ戻ってきたばかりだった。


 静養先はもうすぐ積雪で動けなくなることと産まれたばかりの赤ちゃんには寒すぎるからと、産まれたばかりとはいえ急ぎこの城に戻ってきたらしい。


 




 朝早く鍛練のため演習場へ行った帰りに、優しく微笑み赤ん坊を抱くレベッカ嬢と目が合ってしまった。


 一瞬でもたじろいだが、逃げるわけにはいかない。


「ネージュ様?お久しぶりですわね?」


「ああ」


 チラッと子供に目がいく。


 俺と同じブロンドの髪。

 この国では珍しい色だが、今戦っている隣の国ではブロンドの髪は多く向こうでは珍しくはない。


 俺の祖母が隣国の生まれで俺は隣国の血を引き継いでいる。昔は隣国とは友好関係を結んでいたのに、今は領土の取り合いになっていた。


 隣国と我が国の間にある大きな山々から採れる金や銀の採掘権をお互いの国が主張し合って話し合いが持たれていたが、向こうの国がとうとう攻めてきたのだった。




「ふふふっ、この子が気になるのね?」


「まぁ、でも……」


「ネージュ様、貴方にお願いがあるの?」


「お願い?」


「ええ、貴方の子供なんて誰にも言わないわ。だけど、もし、いつか貴方が戦争が終わって王都へ帰るなら少しの間預かってほしいの」


「はっ?」


 いつ終わるかわからない戦争。そんな約束が果たせるかもわからないのに?


 それからレベッカ嬢は俺に関わることはあまりなかった。


 そしてその一年半後、戦争は我が国の勝利で終わった。その後、辺境地で戦後処理が続く中、レベッカ嬢は少しずつやつれていった。





「あの約束を果たしてほしいの。ソフィアをお願いね」


 俺に託す時辛そうな顔をしながらもレベッカ嬢は涙を見せなかった。


「わかりました。でも辺境伯がお怒りになりませんか?」


「お父様は私のすることにいつも怒っているわ。そんなこと気にしないで。ソフィアをよろしくね」


「ソフィア様は……」

 ーー俺の子供ですか?


 そう聞こうとしたら

「あとは侍女が王都までついて行くから、その間にこの子のことは聞いてちょうだい。何も聞かないで……ソフィアをお願いします」


 彼女は、そう言った。


 本当のことを聞けないで、俺はソフィア様を……いや、ソフィアを預かり屋敷へと連れ帰ることにした。


 愛する妻に本当のことなど話せず、ぶっきらぼうに冷たく突き放すような態度を取るしかできない自分に何度も後悔した。ソフィアのことだって押し付けるように面倒をみさせていることだって、本当ならダメだとわかっている。


 なんとか上手くルシナとの関係を良好なものにしたいと話しかけようとしたが、ソフィアのこともあって怯んでしまった。


 そんな時、ルシナの悪い噂だけが俺の耳に入ってくる。


 手紙が報告書ばかりだったのは、他の男の愛人として過ごしていたから?

 いつの間にか俺の子ではない子供を産んでいた?


 不信感と自分の不誠実さが俺をさらに頑なな態度にしていった。





 そしてルシナに

「……じゃあ、貴方は?」

「ソフィアは?」と訊かれた俺は……









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