『俺達のグレートなキャンプ4 ムエタイ対決』
海山純平
第4話 ムエタイ対決
第一章
夏の太陽が高く昇る午後、三人の若者を乗せた車が林道を進んでいた。運転席には常に笑顔を絶やさない石川、助手席には地図を見ながら目を輝かせる千葉、そして後部座席では富山が半ば諦めたような表情で窓の外を眺めていた。
「よーし!今日のキャンプ場は最高だぞ!周りには他のキャンパーもいるし、川も近いし、何より——」
石川が興奮気味に話し始めると、富山は深いため息をついた。
「何より『奇抜でグレートなキャンプ』をするには絶好の場所、でしょ?」富山は冷ややかに言った。「今回は一体何をするつもり?」
「へへへ、それが楽しみじゃないか!」千葉が振り返り、キラキラした目で言った。「石川が考えるキャンプは毎回斬新で面白いぞ!」
富山は小さく首を振った。「前回の『夜中の森でかくれんぼ』で隣のテントの人を驚かせて怒られたの、忘れたの?それとも『キャンプ場でバンジージャンプ』で管理人さんに注意された時は?」
石川は大きく笑い飛ばした。「だからこそみんな俺たちのこと覚えてるんだよ!ほら、着いたぞ!」
車が停まると、三人は荷物を持ってキャンプ場へと向かった。すでに数組のキャンパーがテントを張り、思い思いに過ごしていた。
テント設営と食事の準備が終わり、三人は焚き火を囲んでいた。太陽はゆっくりと沈み始め、森の中に心地よい夕暮れが広がっていた。
「さあ、今回の『奇抜でグレートなキャンプ』の内容を発表するぞ!」
石川が立ち上がり、両手を広げた。富山はコーヒーカップを手に、諦めた様子で彼を見つめた。千葉は期待に胸を膨らませ、目を輝かせていた。
「今回のテーマは...『ムエタイ対決』だ!」
「は?」富山が思わず声を上げた。
「おお!燃える!」千葉が拳を上げて応じた。
石川はリュックから取り出した二つの大きな拳型のグローブを高く掲げた。「これを使って、俺たちでムエタイの試合をするんだ!」
富山は頭を抱えた。「またやってくれたわね...キャンプ場でムエタイって...周りの人に迷惑でしょ」
「いやいや、大丈夫だって」石川は笑顔で言った。「俺たちの区画から少し離れた空き地でやるから。それに、これは本当のムエタイじゃなくて、エアームエタイだからさ!」
「エアー...ムエタイ?」富山は首を傾げた。
「そう!実際に殴り合うんじゃなくて、エアボクシングみたいに相手に当てずに技を出し合うんだ。でも、ちゃんとこのグローブを付けて本格的にやるぞ!」
千葉は立ち上がり、その場で足を前後に動かし始めた。「おお!面白そう!俺、テレビでムエタイ見たことあるぞ!こうやって...ハイキック!」
千葉の足が空を切り、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「おいおい、それじゃあ話にならないな」石川は笑いながら千葉を助け起こした。「まずは基本姿勢からだ。富山も参加しろよ!」
「私はいいわ...」富山はコーヒーを啜った。
「なんだよ、つまんないなぁ。千葉、お前は参加してくれるよな?」
「もちろん!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!それが俺のモットーだからな!」
第二章
夕暮れが深まり、キャンプ場の各所でランタンが灯り始めた時、石川と千葉は空き地に立っていた。両者ともグローブを装着し、石川が即席で作った「リング」—地面に引いた円の中で向かい合っていた。
「よーし、エアームエタイ対決、始めるぞ!」石川が声を張り上げた。「ルールは簡単!リングから出たら負け、相手に当たったら反則、最もカッコいい技を決めた方が勝ち!審判は...」
石川は富山を見た。富山は離れた場所で折りたたみ椅子に座り、本を読んでいた。
「富山!審判やってくれよ!」
「やだ」と富山は本から目を離さずに答えた。
「しょうがない、審判なしでやるか」石川は肩をすくめた。「よーし、せーの...ファイト!」
二人は滑稽なスタンスで向かい合い、空を切るパンチや蹴りを繰り出し始めた。石川は明らかに経験があるように見え、千葉は必死に真似をしようとしていた。
「オーイ!エイヤ!」石川は派手なハイキックを繰り出した。
「うおー!」千葉も応じて回し蹴りを放とうとしたが、またもバランスを崩して転びそうになった。
二人の奇妙な掛け声と動きに、近くのテントから何人かのキャンパーが顔を出し始めた。
「あのさぁ...あっちの人たち、何やってるんだろう?」
「さあ...なんか格闘技みたいだけど、当ててないよね?」
「てか、あれ、友達同士でボクシングごっこ?大人が?」
囁きと笑い声が聞こえてきたが、石川と千葉はさらに熱中していった。石川は次々と派手な技を繰り出し、千葉も何とか応じようと懸命だった。
特に注目していたのは、隣のサイトでキャンプをしていた小学生の男の子たちだった。彼らは目を丸くして二人の「試合」を見つめていた。
「すげー!あのお兄ちゃんたち、なにやってるの?」
「ムエタイじゃない?テレビで見たことある!」
小学生たちは少しずつ近づいてきて、ついには「リング」の周りで応援を始めた。
「右ー!左ー!蹴りー!」
石川は子供たちの声に気づくと、さらに演技を派手にした。「おらー!これが伝説の...トラ・キック!」と言いながら、片足でジャンプし、空中で回転してキックを放った。
千葉も負けじと「俺の必殺技...ドラゴン・パンチ!」と叫びながら、派手なコンビネーションを繰り出した。
そんな二人を見て、子供たちは大喜びで拍手と歓声を上げていた。
第三章
富山は最初こそ知らないふりをしていたが、徐々に周りの騒がしさに気になって、ついに本から顔を上げた。見ると、石川と千葉の周りには子供たちが集まり、さらに大人たちも何人か笑顔で見物していた。
「もう...」富山はため息をつきながらも、折りたたみ椅子を持って近づいていった。
ちょうどその時、石川が派手なパフォーマンスの末に「必殺技!スカイ・エルボー!」と叫び、飛び上がった。着地したとき、石川の足はリングを描いていた線を踏み越えていた。
「アウト!石川、リングアウト負け!」富山は思わず声を上げた。
場が一瞬静まり、みんなが富山を見つめた。
「あ、審判さんだ!」子供たちが声を上げた。
富山は赤面しながらも、折りたたみ椅子に座り、本格的に審判役を引き受けることにした。
「では...再開!千葉選手の1ポイント!」
ゲームは続き、今度は千葉が「ダブル・サンダー・パンチ!」と叫びながら両腕を振り回して転んでしまった。富山は「反則負け!地面に触れたらダメ!石川選手の1ポイント!」と宣言した。
他のキャンパーたちも徐々に輪に加わり、「赤コーナーの石川選手」「青コーナーの千葉選手」と応援し始めた。あるキャンパーは太鼓を持ち出して、試合の雰囲気を盛り上げ始めた。
試合は白熱し、富山は次第に真剣に審判を務め、時には「その技、本当のムエタイにはないわよ!」と指摘したり、「ポイント!素晴らしい技!」と評価したりした。
最終的に、石川のエアームエタイの経験と派手なパフォーマンスが勝り、10対8で石川の勝利となった。二人は互いに敬意を表して「ワイ!」と叫びながらおじぎをし、観客から拍手を浴びた。
「次は誰がやる?」石川が叫ぶと、意外にも隣のサイトのお父さんが手を挙げた。
「俺、昔ボクシングやってたんだ。エアーなら参加してもいいか?」
こうして、エアームエタイ大会は次々と参加者を増やし、キャンプ場全体のイベントへと発展していった。子供たちも「キッズ部門」を作り、親たちの見守る中で楽しく参加した。
第四章
夜も更け、大会も終わり、キャンプファイヤーを囲んで参加者全員がマシュマロを焼きながら談笑していた。
「まさか、こんなことになるとは...」富山は石川に言った。「本当に周りのキャンパーまで巻き込むなんて」
石川は満足げに笑った。「だろ?これぞ『奇抜でグレートなキャンプ』だよ。みんなで楽しめるってのが一番だ」
千葉も疲れた様子ながらも嬉しそうに笑っていた。「やっぱり、どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!俺のモットーは正しかった!」
隣のサイトのお父さんが近づいてきた。「いやー、久しぶりに体を動かして楽しかったよ。明日は筋肉痛かな?」と笑いながら言った。「来月、俺たちまたここでキャンプするんだ。その時も何かやろうぜ!」
子供たちも集まってきて、「次回も参加していい?」「次は何をするの?」と興味津々だった。
石川は考え込むような表情をした後、急に顔を輝かせた。「よし、次回は『キャンプ場忍者大会』だ!」
千葉は即座に「おー!」と歓声を上げた。
富山は「またか...」とつぶやいたが、その表情には小さな笑みが浮かんでいた。
キャンプファイヤーの炎が揺らめく中、石川は思いついた忍者大会の詳細を熱く語り始めた。周りのキャンパーたちも耳を傾け、子供たちは目を輝かせていた。
富山は少し離れたところから、こう思った。
「確かに彼の言う『奇抜でグレートなキャンプ』は、いつも問題を起こしそうになる。でも、こうして人と人をつなげるのも事実...だから私も、いつもぶつぶつ言いながらも、結局は付いていくのかもしれない」
夏の夜空には満点の星が輝き、キャンプ場には笑い声が響いていた。三人の冒険は、まだまだ続くのだった。
(終)
『俺達のグレートなキャンプ4 ムエタイ対決』 海山純平 @umiyama117
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