第19話『育ちざかりのスライム事情』


 スライムという魔物は、本来、雑食性であらゆるものを溶かし、吸収し、それを糧として生きている。


 プルメアも同様に、さまざまなものを吸収できる性質を持っているのだが――彼女は普通のスライムとはまるで違う。人型であり、高い知能を持ち、今さら道端のゴミを食べるような真似はしない。


 今では人間と同じ食事をとって栄養を得ている。けれど、それだけではどうにも足りないらしく、僕の“魔力”を与えて補っている。本人いわく、魔力の補給は、あくまで“食事の延長”なのだという。


 以前は気になるほどの消費量ではなかった。けれど最近では、明らかに吸われる量が増えてきている。


 正直、このまま彼女の“胃袋”が無限に広がり続ければ、僕の魔力のほうが先に干からびるかもしれない。……そろそろ、何か対策を考えるべきだろう。

 

 そう思ってはいるのに――結局、今夜も“魔力補給”の時間がやってきた。


 プルメアがそっと僕の手に触れ、そこから静かに魔力を吸っていく。スゥー……っと、意識の奥から引っ張られるような感覚。最近では、少し病みつきになりそうなほど穏やかで、心地よくすらある。


「ご主人様、大丈夫ですか? 一応、吸う量は調整していますけど……つらかったら、ちゃんと仰ってくださいね」


 プルメアは心配そうに、僕の顔を見上げてくる。


「うん、大丈夫。でもさ、最近――前よりずっと吸ってるよね?」


「……はい。最近、なかなか満たされなくて……で、でも、ちゃんと自制できますから! 安心してください!」


 プルメアは言葉を選びながら、必死にそう付け加える。


「もしかして……本当はもっと吸いたいのに、我慢してるってこと?」


「……はい。でも、これ以上ご主人様に負担をかけるわけにはいきませんから」


 その声はまっすぐで、静かな決意を感じさせた。


 ――やっぱり、別の手段を考える必要がありそうだ。


「たとえば、魔物から魔力を吸収するっていうのはどうかな?」


 僕がそう提案すると、プルメアは一瞬だけ考えるように目を伏せ、すぐに真剣な表情で頷いた。


「はい、それなら可能だと思います。魔物の体には濃い魔力が蓄えられていますし、身体ごと取り込めば、吸収効率も高くなるはずです」


「魔物相手なら、遠慮する必要もないし、余すところなく吸収できるってわけだ」


「……はい。その通りです」


 その応答に、僕は小さくうなずいた。


 ……うん、よし。それなら、さっそく明日から狩りに出てみようか。


「にゃんだにゃんだ、明日は狩りに出かけるにゃか?」


 唐突な声とともに、勢いよく扉が開く。ニアが猫耳をぴょこぴょこと揺らしながら、興味津々といった顔で部屋に飛び込んできた。


 続いて姿を現したのは、腕を組んだセラ。その表情はいつも通り冷静だが、どこか企みを含んだ笑みが浮かんでいる。


「魔物狩りか。それならニアの訓練にも、ちょうど良さそうだな」


「ふっふーん! 修行の成果、見せてやるにゃ!」


 胸を張るニアの姿に、僕は意地の悪い笑みを浮かべる。


「ブルードベアのときは、あんなに怯えてたのに。ずいぶん成長したんだね」


「ニャっ!? あ、あれは……その、昔の話にゃ!」


 セラがすかさず、冷たい一言を投げつける。


「ふん。ブルードベアごときに怯えるとは――情けないな」


「だ、だから昔の話しだって言ってるニャ! 今だったらあんなクマっころ、余裕でボコボコにしてやるニャ!」

 

 尻尾をバタバタと振り回しながら叫ぶニアの姿に、僕は笑いを噛み殺しながら椅子にもたれた。


「ふふ……それじゃあ、私もお弁当の準備、がんばりますね」


 そう言って微笑むプルメアの声が、静かに部屋を和ませた。


 ――明日が、ちょっと楽しみになってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る