#06ー01ヒーローズ・インサイト

『ヒーローズ・インサイト:Presented by 株式会社 正義の味方』




放送局:ケーブルテレビ「Justice Network」


放送枠:業界広報ゾーン・毎週金曜 19:00〜オンエア

地元のバーやカフェ、ジムの壁掛けテレビで、なんとなく流れている。

ヒーローは“職業”であり、“企業”だ。

この番組は株式会社 正義の味方が提供する、

ヒーローたちの“最新戦績と魅力”を伝える広報番組である。



悪の組織 作戦会議室






無機質な作戦会議室。


正面のスクリーンには、ケーブル番組『ヒーローズ・インサイト』が流れている。


ジョカは、いつものように優雅な手つきでティーカップを揺らし、

その唇には、不敵な笑みが浮かんでいる。

山田は静かに椅子に腰を下ろし、できる限りノースを視界に入れないよう努めながら、

スクリーンに集中していた。

総務くんは向かいの椅子に座り、タブレット片手にメモを取っている。


ノースはというと――


会議机の上に無遠慮に腰かけ、スナック菓子を一際うるさく開封していた。

そして、なぜか。

一番後ろの壁際には、ジョシュが体育座りで小さくなっていた。


「……はじまったかい?」




音もなく、会議室のドアが開く。




白衣をまとった老練の女性医師が静かに足を踏み入れた。

年代を感じさせる落ち着いたあゆみと深い褐色の肌。

その目元には、疲労がこびりついていた。


ドクター・グレース。


株式会社 悪の組織に常駐する医師。

社員たちからは、親しみと敬意を込めて――「ドクターママ」と呼ばれている。


「ドクター…。ひぇドクターまで…」

ジョシュは、さらに小さくなるしかなかった。


その時、スクリーンから派手な効果音が『ドドン!』と部屋に響き渡った。

バラエティ風のBGMに、ジョシュがびくっと肩を跳ねさせる。

画面では、ヒーローランキングのカウントダウンが始まっていた。


MCが嫌に元気にしゃべりだす。

「今月もやってまいりました、MONTHLY HEROES INSIGHT!

正義の味方が誇る、今月のヒーロー人気&評価ランキングをお届けしていきましょう!」



スクリーンに映し出される文字


『No.10:ブーメラン』


そして決め台詞

「悪党に告ぐ!!君たちの行い、全部ブーメランだ!」


楽し気にMCの声が画面に入り込む。

「今月のランカーはこの男!

全身筋肉を自称し続けて早6年!ついにTOP10入りです!」


「ファミリーや小学生に絶大な人気!

なぜか憎めない面白ヒーロー」

そんなテロップが差し込まれる。



すぐに画面は、切り替わり


『No.9:ウェザリー』



「風に乗って華麗に参上!!悪者は、風と共に去りなさい」


MCの説明

「ヒーロー界の紙ひこうき職人!風が吹けば浮く、吹かなきゃはしれ!

紙飛行機を武器に戦うパイロットヒーロー!」


「最近は文房具メーカーとコラボ中。

「ウェザリーモデル紙ひこうきセット」絶賛発売中。」

のテロップ。



また画面が変わる


『No.8 リッカーボム』


「一杯で強く、三杯でヤバい。……五杯は……やめとくか……」


MCのテンションは、かわらない。

「アルコールでパワーアップ!ただし酒には弱い!3杯で全盛期、4杯目は“運まかせ”

中年の男性の人気がすさまじい!

かつてリングで夢を見たマスクボクサー。今はヒーローとして第二の人生を歩む。」



そこから少し画面が切り替わり大きなスクリーンは、に分割されるカラーリングになった。



『No.7 トライ・トーン

そして同率 ベニサムライ』


「トライ・トーン

本名:ギャルド・ブーランジェ

音楽業界の巨匠!



そして彼のサイドキック兼マネージャー

元・鉄板焼き職人

ベニサムライ!!」


トライ・トーンとベニサムライの決め台詞が表示される。


「私が音を鳴らすその一瞬だけ、世界は静まる——」

「静寂、ただいま守り中。ご協力感謝します。」



「トライアングルの一音で戦場を制す!ただし集中が途切れると効果ゼロ。

音に人生を懸ける静音の匠!とそのサイドキック・静音ヒーローを守る男。

斬る!焼く!支える!忠義の侍!」


一旦のCMに切り替わったタイミングで、

部屋の隅にいた総務くん――ソーマン・コーディが、タブレットを操作しながら静かに呟いた。

「トップ10から8あたりは、最近変動が激しいようです。」

スクリーン右下には『ヒーロー評価変動ログ』の表示。

グラフには、ほんの数ポイント差で上下するヒーローたちの名が並んでいた。

「このNo.7の“トライなトーンで人生相談”は、“お悩みを一音で成仏させる”ってことで、人気みたいですね。」

ジョシュが「へぇ~、あれ僕も送ってみようかな」とか言いかけたその瞬間。


――CM明け直前、画面に提供ロゴが映し出される。



そこに現れたのは、見慣れた一つのシンボル。


“サルバトーレ財団”。


世界最大級の支援団体にして、

その実、裏でヒーロー社会を構成する巨大な「影のスポンサー」でもある。

誰も声には出さなかったが、

一瞬、会議室の空気がぴたりと止まった。

スクリーンから、派手すぎるSEとともにMCの声が響いた。

「さぁて次は、No.6!!

その瞳で洗脳?!戦う萌えビーム、ラブリータ〜〜!!」

画面いっぱいに広がるキラキラの文字と過剰なエフェクト。

決め台詞とともに、爆音気味のSEが炸裂する。


『らぶたんのお願い、きいてぇ~?』


その瞬間――

ジョシュの顔が「ぱぁ~っ」と明るくなった。

スナックに全集中していたノース以外、

会議室の全員が「あっ、こいつファンなんだな」と一瞬で察した。

画面内のナレーションは止まらない。

「アイコンタクトで洗脳!?“ウルルチワワアイ”で敵を操るラブ戦術ヒーロー!

今月も安定のアイドル枠!!現在契約企業7社以上、SNSフォロワー数は堂々の1位です!」

そしてそのナレーションを真っ二つに裂くように、

低く、そして鋭く響いたのは――


ノースの声だった。

「あー……ぜってぇ腹黒いじゃんこの女。」

場の空気が一瞬、ピシリと冷えた。

かき消されるように、ジョシュがポツリと呟いた。

「……あぁ、かわいいなぁ……」


ド派手なエフェクトと“お願いボイス”がフェードアウトする。

一瞬のブランク。静寂。

そして。


「続いては――No.5!スターヴォイド」


MCの声が先ほどよりもわずかにトーンダウンする。

空気が、画面ごと変わった。


「手のひらサイズのブラックホールを操る、空間制御ヒーロー!

今月も圧倒的な安定感で第5位にランクインです!」


鋭いフォントの決め台詞

「文句は、ブラックホールに言え。返事はないけどね。」



「能力は防御型……だけど、近距離はクラヴ・マガでガチ対応!?

超実践派な“守りの戦士”ってことで、熱い支持が集まってます!」


誰に言うでもなくMCが小声を装って話しかける。

「メディアには不愛想なスターヴォイドで有名ですが

あの、スタイン刑事と一緒に映ってたオフショット……SNSで170万回再生いってるらしいですよ〜〜?」



スターヴォイドの紹介が終わり、画面がふっと暗転。静けさ――からの


「お待たせしましたぁ〜〜〜!!!」

MCのテンションが上がっていく!


「今月も光がまぶしいッ!皆さんの絶対アイドル!

正義の味方が誇る、光の貴公子!!!」


「No.4 グレアスター」


「この輝きは、誰にも消せない。」


テロップは、エコーボイス入り。

画面いっぱいに、眩しいくらいの白と金のエフェクトが炸裂。

番組も彼を推しているのが分かる。


ホワイトスーツに光のマントをまとい、舞台照明のようなスポットライトの中に立つ男――

グレアスター。


「全方向対応の光属性!攻守バランス型の万能ヒーロー!!


そのスマイル、その完璧ボイス、その…髪のセット力!すべてが一流ッッ!!」




画面には、グレアスターがトレーニング後に

汗を拭きながら「カメラ回ってる?……オッケー☆」とウィンクしている映像。

画面には決め台詞が表示される。


「まぶしさだけじゃ、救えない。俺は“見える未来”のために光るんだ。」


スクリーンが“フレア”のように白く輝きながら切り替わる。



「さぁ次はTOP3に突入だッ!!


いよいよ見えてきました、月間ヒーローランキングの頂点ッ!!!


次に登場するのは……あの!仮面のミステリー戦士!!」




【CMブレイク】


ナレーションが静かに響く


「“ヒーローになりたい”って、言ったあの日の夢――


今なら、かないます。」



画面が切り替わり、

スーツを着た若者たちが集まる白く清潔な校舎。

トレーニングルームでは訓練用スーツに身を包んだ新人たちが走る。


映像内テロップが輝かしい。

『株式会社 正義の味方 ヒーロー教習所』

現場経験に基づいた実践教育

バトルシミュレーション/救助訓練/SNS対応マナー講習

優秀者は準社員採用のチャンスあり!


爽やかな声は、グロウスターの声だ。


「“正義”を、仕事にしよう。」


『ヒーロー教習所  募集中!』



画面右下に控えめに表示される注意事項。


『※訓練には個人差があります/能力不問/応募には年齢制限あり』


『実際の出動には別途審査・面接が必要です』


CMの最後に、再びヒーローズ・インサイトのロゴ

そしておなじみの「サルバトーレ財団」


いよいよ、ナンバースリー:マキナ・オプスへ。

先ほどまでのCMのテンションが嘘のように、空気が静まり返っていく。


「さぁ……TOP3、まずはこの男!

仮面の奥に秘めた静寂の誇り――

沈黙で示す、正義の意思!」



No.3:マキナ・オプス



画面には、無言で前線を駆けるフルマスクの男。

精密な動き、ぶれない視線(のように見えるマスク)、

静かすぎるその行動に、誰もが目を奪われる。


「フルマスクの謎ヒーロー、マキナ・オプス!

その素顔も、本名も未公開!だけど評価は、トップクラス!!」


画面がゆっくりと切り替わる。


無機質なフルマスクに背中に搭載された鋼鉄の四本のタコの足のように滑らかなアーム。


“静かなる鉄仮面。沈黙こそ、最も強い言葉。”


「決め台詞もないほどの沈黙ヒーロー。

素顔がイケメンかそうじゃないかでしばしばSNS上で論争が起きてます。」




MC:「次はッ!いよいよTOP2!!!


“最速の二番手”がこのあと登場!!


ヒーロー界のナンパボーイ、スピージオいきますよ〜〜〜!!!」



No.2:スピージオ




“速さこそ、正義だぜ!”



音速ブレイクの効果音とともに、画面が一気に切り替わり

赤とグレーのスーツに「S」のマーク、レーサーを思わせるスーツが風を切る!




MCのテンションは、最高潮だ。


「ヒーロー界の最速正社員!!!今月もランクインは当然だッ!


止まらない勢い、止まれない脚力!ナンバー2はスピージオ!!!」



「真面目!でもチャラい!でも真面目!!

まだまだ進化する若手ヒーロー」



映像は切り替わり、事件現場を一瞬で駆け抜ける姿、

敵の背後を取って足技で制圧するスロー再生、

そして笑顔で子どもに手を振る“オフの顔”まで一挙公開。


「言うだけ言って走り去るその男!

今月も正義の味方の最前線をかっ飛ばしてます!!」


決め台詞テロップは、


「追いつけるもんなら、追いついてみな?」




そこで

画面が切り替わる。


「さぁ……ここまできたら、もう皆さん分かってますよね……?」


MCの声にきんちょうかんが走る


「この業界に君臨する、絶対王者。

ランキングが存在する限り、1位で居続ける男――」


ドラムロール


「最後を飾るのは……もちろんこの人!!!」




静かに、ただ静かに始まる“鼓動のようなSE”



「絶対的、象徴的、そして――悲劇的。」




No.1:ジャスティクス




“正義とは、力を持ち、それを正しく使う覚悟だ。”




画面に映るのは、ネイビーと金を基調とした重厚なスーツ。

隙のない肉体と、鋼のようにまっすぐな瞳。

彼が歩くだけで、地面に“正義”が宿るような――

そんな雰囲気すらある。


「ヒーローランキング不動のNo.1――それが、ジャスティクス。」



「最愛の妻を“悪”に奪われ、


その復讐を力に変えた男……。


悲しみを越え、社会全体を守るため、彼は“理想のヒーロー”となった。」



ジョカは、わずかに笑みを漏らす。


MCは、興奮を抑えながらも続ける。


「力を持ってなお、慢心せず。

強さを手にしてなお、悲しみを抱えている。

彼の存在は、ヒーローが“人間であること”の証でもあるのかもしれません。」



【No.1:ジャスティクス】


“失った愛が、正義を作る。


誰よりも強く、誰よりも優しい、最強のヒーロー。”




番組は、


その象徴にスポットライトを残したまま、


ゆっくりと次週予告に切り替わっていく――。



会議室の照明が、徐々にゆっくりと明るさを取り戻していく。

番組はフェードアウトし、スクリーンから静かに消えていった。


「……さてと。終わったね。」


ドクター・グレースが椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。

その声は、誰かに告げるというより、自分自身への区切りのようだった。

総務くんもタブレットをタップしながら、淡々と席を離れる。

「分析結果は、あとで送ります。」

それだけ言って、さっさと会議室を出て行った。

何か言いたげな様子のノースが少し口を開きかけたが、

隣の山田が無言で袖を引く。

ノースは「ちっ」と舌打ちだけして、ドアの方へ向かい、ジョシュもそれに続いた。


扉が静かに閉まる音が響いたあと――

広い会議室には、ジョカただひとりが残されていた。


「『最愛の妻を“悪”に奪われ』、ね……。

まったく、いつまでたっても律儀な男だ。」

その声は、誰にも届くことなく、静かに部屋に溶けていった。

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