#04ー4 涙目必中(クライング・ショット)伝説
アサシン三人が散開する。
そのうち、重厚な青龍刀を携えた長身の女が、無言のまま山田の前に立った。
青龍刀は、片側に反った長い刃。
揺れることなく水平に構えられたその姿は、無駄が一切なく、美しかった。
山田も構えを崩さない。
シャツ越しに浮かぶ胸筋が上下し、額にはうっすらと汗。
しかし、その表情には揺らぎがなかった。
——スッ。
青龍刀のアサシンが、一歩、滑るように踏み込む。
「…任せましたよ。」
ジョシュが思わず、FX-05を抱えて身を縮めた。
金属音が鳴った瞬間には、すでに斬撃が始まっていた。
青龍刀が下段から跳ね上がる。鋭く、そして重い。
山田はそれを体捌きだけで避け、すぐに逆手のナイフで反撃に出る。
シュッ——ッ!!
切っ先が、アサシンの脇をかすめた。
だが相手も、一切怯まずに体勢を低く沈め、斜めに刀を振りぬく!
「……っ!」
山田は腰をひねり、ギリギリで避けた。
白シャツの腹部に、薄く裂け目が走る。
無表情のまま、アサシンがわずかに口角をあげる。
——これは、速さでも力でもなく、“呼吸の戦い”。
どちらが先に崩れるか、それを見極めるための、刹那の攻防だった。
山田は、汗をぬぐうことなく、ただ、構え直す。
「……あなたの一太刀。鋭い。ですが——」
足元を踏みしめ、ナイフをやや低い位置から構える。
「すぐ片付けます。」
その瞬間、山田の動きが変わった。
しなやかさに、鋭さが混ざる。
ナイフが光を裂き、青龍刀と火花を散らし合う——
——ギィンッ!!
鋭く弾ける金属音。
柳葉刀が縦に裂くような速さで迫るのを、ノースはマチェーテで受け流した。
「……おおっとぉ。やっぱ似てんじゃん、ねーちゃん」
二刀を巧みに操るアサシンは、表情ひとつ動かさず斬撃を重ねる。
その身のこなしは、かつての“あの女”と瓜二つ。
まるで、完璧にプログラムされた幻影。
「けどな、コピーってのは“魂”がねぇんだよ」
ノースはにやついたまま、マチェーテを大きく振り抜いた。
空を裂く音と共に、強烈な一撃をぶつける。
だがアサシンは、それを寸前で受け止め、くるりと後方に跳ねた。
——まだ崩れない。
「……やっぱ手強ぇわ」
ノースは構えをとり、左手のショットガンを一度だけ空に向けてぶち上げる。
——バンッ!!
天井に弾けた散弾が火花を散らす。
照明が落ち、空間が一瞬だけ明滅する。
「夜戦モード、いってみっかァ!!」
悪童のように笑いながら、ノースが突っ込む。
柳葉刀が再び閃き、戦いの熱が一気に上がる。
——ギィィィン!!
何度も火花が散るたび、ノースのマチェーテと柳葉刀が激しくぶつかる。
だが——
「はっは!……やっぱ足んねぇんだよなぁ、“重さ”がよォ!」
ノースは大振りのマチェーテを無造作にぶん回しながら、
柳葉刀の一撃を強引に弾いた。
まるで獣が遊びながら牙を振るうかのような乱暴さ。
その一撃が床を抉り、破片が飛び散る。
「見てんのかよ、姉ちゃんのボス!
“本物”ってのはよ、こういう暴れ方すんだぜぇ!」
そう吠えた次の瞬間——
ノースがショットガンを思い出したように肩から引き抜く。
「んじゃ、ちょっとだけコイツで派手にやらせてもらうわぁ!」
ガシャッと再装填。
「——ドーンッ!!」
炸裂音。
弾丸が、床を滑るように飛び、アサシンの足元に衝撃を与える。
もう一発。
しかしそれはアサシンの蹴りで大きく反れ
ジョシュのすぐ横をかすめた。
「ちょおおおおおお!?!?!?!?!?!?!?」
ジョシュが悲鳴を上げて横っ飛び転がった。。
ノースはケラケラ笑いながら、再びマチェーテに持ち替える。
「やっぱもってんじゃん!ジョシュ。」
ノースの背後では、破片と煙が立ち込め、
山田とアサシンの戦場にも、少なからず影響が及び始めていた。
——完全なるカオスの渦中で、ノースは一人、笑っていた。
「やっぱ戦場は!こうじゃなきゃなァ!!」
——ギィィンッ!!
鋭い青龍刀の刃が、山田の右脇腹をかすめる。
シャツが斜めに裂け、白地の布の下から、引き締まった肌が一瞬だけ覗いた。
だが、山田は構えを崩さない。
次の一撃は、真っ直ぐな突き。
胸元を狙ったそれを、山田は紙一重でかわす。だが、
——ビリィッ。
左胸の布が切れる。薄く滲んだ血が、心臓のすぐ上から染み出す。
(……これ、ほんの数センチで致命打だったな)
冷静な分析のまま、ステップを踏む山田。
スラックスの左内ももにも、薄く裂けた跡が走っている。
だが、それすら“立ち回りの一部”のように美しい。
さらに斬撃をいなしながら、今度は左腕に浅く刃がかすめる。
——ヒュッ。
「っ……」
ほんの一瞬、息を漏らす。
だが表情は変わらず、静かに、青龍刀を見据える。
「……わかってきました」
次に相手が斬り上げた瞬間、山田はその太刀筋を一歩先で読み、
体をひねってギリギリの距離から逆手のナイフを滑り込ませる。
シュッ——!
かすめた刃が、今度はアサシンの頬を薄く裂いた。
無表情のアサシンが、初めて動揺を見せる。
——そしてようやく、山田が静かに口を開いた。
「あなたの癖ってやつ。」
そんな緊迫の状況の中
ジョシュは物陰にしゃがみこんだまま、
FX-05を抱えてぷるぷる震えながら、視線だけ戦場に向けていた。
「……ひぇええ……命懸けのストリップじゃん……」
半泣きで呟いたその声は、誰にも届かない。
(シャツ破けてるのに冷静すぎる……ていうかなんであの人、
そんなセクシーに戦いながら息一つ乱してないの……)
(いやいや、違うだろ。俺がおかしいのか?
戦場って、こんな優雅な感じだっけ?)
視線を横に向ければ、今度はノースが「うっひょおおお!!」と笑いながら
マチェーテ振り回して飛び跳ねている。
「俺だけ世界線ちがわない???」
ジョシュの頭の中では、すでに現実逃避モードが始まっていた。
(こっちは端っこで息殺して震えてんのに、あの二人、なんか……楽しんでない??)
ジョシュはとうとう地面にぺたんと座り込み、マシンガンを胸に抱えながら、
ひっくり返りそうな呼吸で、ぶるぶる震えていた。
ノースは遠くで大暴れ中。
山田はシャツ破けながら冷静に斬り合い中。
もうどうしたらいいかわからない。
「無理……無理……神様……」
ジョシュは目をぎゅっとつぶり、
マシンガンを握ったまま、祈るように胸元で両手を合わせた。
——カチ。
その瞬間、人差し指が、震えた。
——パンッ!
響く銃声。
目をつぶっていたジョシュは、その音にびくりと肩を跳ねさせた。
(え……今の……俺……?)
ゆっくり目を開けると、
視界の向こうで、柳葉刀のアサシンがその場で硬直していた。
——バタリ。
そのまま、崩れ落ちる。
心臓、ど真ん中。
ノースが吹き出した。
「マジかよ!? ジョシュ今の撃ったお前か!?おいおい、やるじゃねぇか!!」
山田もちらりとジョシュに目を向け、小さく頷いた。
「素晴らしいかったですよ。」
「え……え…………?」
ジョシュ、完全フリーズ。
そして半口開けたまま、ぼそりと呟いた。
「…………俺…………殺っちゃった……」
誰に言うでもなく、誰にも届かないその声。
その手には、まだ“祈りのポーズ”のままのマシンガンが握られていた。
でも次の瞬間——
「マジで奇跡の1ショットってやつ?やべぇー」
ノースがゲラゲラ笑いながらこっちを指差す。
「お前の必殺技“涙目必中(クライング・ショット)”ってどうよ!?ひゃははは!!」
ジョシュ、顔を真っ赤にしながら反論もできない。
その時だった。
——キィィンッ!!
甲高い金属音と共に、何かが唸りを上げて飛んできた。
「——あぶっ!!」
鎖に繋がれた鎌が、ジョシュの顔面に向かって真っ直ぐ飛翔。
次の瞬間、
「ギリギリセーフ!!」
ノースが割って入り、マチェーテの柄で鎖鎌が弾き落とされた。
それは、壁に突き刺さり、コンクリートを粉砕していた。
「うお、三番目のねぇちゃんようやく来たかァ!しかもいきなりそいつ狙ってきたな!?
ジョシュ、お前好かれてんじゃん!良かったな!!」
ジョシュは地面にひっくり返りながら、心底震えた声で叫ぶ。
「なんでえええ!?俺なにもしてな——いややったけどぉお!!」
一方その頃、山田の足元には既に、崩れ落ちる青龍刀のアサシンの姿。
呼吸も音も消し去ったような一瞬の静寂。
山田のナイフがアサシンの喉元を浅く裂き、
同時に、彼女の背に回した足で体勢を崩してから、
最後は床に叩きつけるようにして止めを刺した。
「……最後まで綺麗な太刀筋でした」
ナイフを拭い、静かに立ち上がる山田。
破れたシャツと血の跡が、どこか儚げな美しさすら帯びている。
そして、静かに振り返り——
「ノース、早く片付けてください。」
「うい~っす!お姉さん一匹、いっちょ遊んでもらいましょ~かァ!」
三女、静かに足を止め、構える鎖鎌。
残るはあと一人。
だが彼女の狙いは、どうやら“ジョシュ”にのようだった。
三女は一歩、静かに踏み出した。
鎖鎌がゆるやかに振られ、鉄の唸りが空気を切り裂く。
ジョシュは、もう何も考えられなかった。
「な、なんで!?なんで俺だけ狙われてんのぉおおおお!?」
彼は這いつくばるように物陰へと逃げようとしたが——
——バシュッ!!
鎌が床を抉るように突き刺さる。土埃が舞い、視界が揺れた。
「うわあああああああああ!!!」
「だから言ったろ!好かれてるってよォ!!」
ノースが笑いながらその鎌をマチェーテで弾き飛ばす。
防御というより、もはや“遊び”のような動きだった。
三女は無言のまま、また鎖鎌を振り抜く。
ノースが受け、ジョシュが逃げる。
鎌が空を裂くたび、戦場はぐちゃぐちゃだった。
——その時だった。
三女の振るった鎖鎌が、戦場の端に立てかけられた“装飾鏡”に突き刺さった。
——ガキィン!!
大きな音と共に、鏡がバリバリとヒビを広げる。
その鏡は、実は“部屋を監視するマジックミラー”だった。
そして、その奥にいたのは——
「……あ……」
鏡の向こう。
そこには、真っ白なスーツを着た女が倒れていた。
目を見開き、鎌の刃が喉元を貫通している。
——ウェンルー。
アサシン三姉妹のボス。
“本物”が、偶然にも“殺られていた”。
ノースも、山田も、三女も、ジョシュですら動けなくなった。
全員がその現実を、言葉もなく見つめていた。
沈黙の中——
——パァン。
ジョシュの手元のアサルトが、震えで勝手に発砲。
「えっ」
——カチャン。
天井からぶら下がっていたシャンデリアの根元を撃ち抜いた。
次の瞬間、巨大なシャンデリアが重力に従って、真下へと落下。
——ドシャァァン!!
三女アサシンの真上。
粉塵が舞い、鉄とガラスが砕け、
その中心には、動かなくなった三女の姿。
「………………」
「…………………………」
「……………………………………」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ジョシュは、まだ祈りのポーズのまま、ゆっくりと顔を上げて。
「……………また……………やっちゃった………………」
こうして、最強のアサシン三姉妹と本物のボスは——
ひとりの青年の“運”によって、まとめて地獄送りとなった。
山田は静かに端末を操作し、確実に通報が届いたことを確認すると、
背後のノースとジョシュに声をかけた。
「——ヒーローが、まもなく来ます。速やかに退避を」
その言葉に、ノースが肩をすくめて応じる。
「んで?お高いスーツ、随分軽装になってんじゃん」
ジョシュも「あ……うん……」と山田のボロボロになったシャツに目をやる。
右脇腹、左胸、内腿、そして腕。
いずれも戦闘でかすめられた痕跡が、そのまま衣服に刻まれていた。
山田は小さく息をつき、無表情のまま答える。
「……かすっただけです。問題ありません」
「へ~?じゃ、ちょいこっちきてみ」
ノースが突然、裂けたシャツの隙間に指を滑り込ませ、
そのまま中指で傷のすぐ近くをサッと撫でた。
「っ?!」
山田の肩が一瞬ピクリと跳ねる。
そして視線が、鋭くノースを睨みつけた。
ノースはニヤニヤしながら、唇の端を上げて囁く。
「へへへ……ずいぶん敏感だねぇ、ミゲルは」
「このバカ犬……」
小声で毒を吐いた山田は、軽くノースの手をはたいた。
が、耳までほんのり赤く染まっていることに気づいていないふりをしているのが、また。
ジョシュは、そんな二人のやりとりを見ながら、
「こっちは心が死にかけてるのに……なにこの温度差……」とぼやいた。
ノースは振り返って笑う。
「よし、じゃあヘレンのとこ戻るぞ~!」
山田が歩き出すと、ノースがその背中を追いながら肩を組もうとする。
ジョシュはその数歩後ろを、まだ震え気味の足取りでついていく。
——戦場を後にしながら、彼らは静かに撤収を始めた。
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