#03後編 美味しい話には裏がある

日報:世界征服 #03‐02 初めてのおつかい


マップを確認しながらたどり着いたのは、打ち捨てられた解体工場だった。

壊れかけの車や、修理途中とも廃車ともつかないトラックが雑然と並んでいる。

明らかに“目くらまし”だ。

工場の大きな鉄扉は、人一人通れるほどの隙間を残して半開きになっていた。

その隙間に向かって、ノースがのんきな声を上げる。


「ちわ~! お届けものでぇ~す!」



……返事はない。

風の音だけが、がらんとした工場の中をすり抜けていく

「……無人、ですか?」

山田が声を潜めて呟く。

「いや……絶対なんかいる。なぁ山田、ちょっと臭くねぇか?」

「……臭いってあなた、匂いフェチでしたっけ?」

「違ぇよ!“血と鉄”と、それから“内臓”の匂い。ここ、下にあるぞ」

ノースがクンッと鼻を鳴らし、ズカズカと奥へ歩くと、コツンと何かを蹴った。

「ん、これだこれ。……ハッチ?」

床の鉄板を蹴り上げると、そこにはうっすら開いた地下への扉。

「……見つけましたね。“厨房”は地下にあったようです」

「へっへ、やっぱ俺様って野生のカン最強だわ~。」

「……野犬め」


地下空間は異様だった。



高い天井には、幾本もの太い冷却パイプが走っており、

その隙間からは白い霧のような冷気が漂っている。

天井に這う配線は乱雑で、一部は剥き出し。

だが、全体は明らかに“計画された設備”だ。

「腐らせたくないなら……冷気は合理的、ってか」

山田がぼそっと呟く。

そのとき、パイプの間から現れた数人の男たちが彼らを見つけた。

いずれも防寒仕様の分厚いオペ着にゴーグル、マスク姿。

「……なんだ、君たちは」

「お届けでぇ~す!」

ニッと笑いながら、ノースがチンピラを前に突き出した。



その奥——


簡易式の無菌処理室が仄暗く光っていた。

ビニールカーテンで区切られた中には、バイタルモニターと人工呼吸器。

ベッドには昏睡状態の人間が“保管”されている。

壁には、注文票と書かれたクリップボードが複数並び、



「AB型・健康・男性・30代」


「A型・女性・10代・臓器良好」



といった生々しい情報が赤字で記されていた。

山田の眼鏡が静かに光る。

ノースがチンピラの背中をぐいっと押し出して、台の方へ引きずっていく。

「はぁい、生きたままお届けぇ~!」

おっさんの一人がそれを受け止めながら無造作に言った。

「そこに寝かせてくれ。すぐ調理に入る。

……ちょうど綺麗な肺が欲しかったんだが、こいつはタバコ吸うのか?」

ノースは肩をすくめながらへらっと笑う。

「さぁ?知らねぇ~。見りゃわかんじゃね?お前、医者だろ?」

ノースの軽口に、場の空気が凍る。

白衣の男がピクリと眉を動かした。

「……なんで俺たちが医者“じゃない”って知ってる?」

山田が目を細める。

視線は男たちの手元、腰、足元へと素早く走った。

「“医者なら見りゃわかる”んじゃないですか?非喫煙者かどうかは」

その一言が、引き金になった。


バァン——ッ!!


鋭い銃声が空間を裂く。

即座に、ノースが目の前の“調理台”を蹴り飛ばす。

「ごめんな兄ちゃん、ちょい借りるぜぇ~!」

すぐにその身体を片手で引っつかみ、横にいたオペ着のおっさんに向けて——

「おりゃあッ!」

勢いよく投げつけた。

「うおっ!?」

投げられた兄ちゃんは空中で手足をばたつかせながら、おっさんに直撃。

その体の脇から、ノースが投げたナイフがスッと抜けて、

「ぎゃあああああああっ!!」

おっさんの腹に見事に刺さる。

「おぉ~ナイス軌道!……じっとしてたら刺さらねぇよ、兄ちゃん!」

にやりと笑ったノースが、投げた勢いのまま飛び込んで蹴り上げると、

今度はその“兄ちゃん”がバウンドして地面に転がる。


「ひぃ〜〜っ!!」


転がった兄ちゃんは、半泣きで四つん這いになって山田の方へ必死に逃げてくる。

山田は冷静に視線だけで確認し、後ろ手で彼を庇うようにさっと動いた。

「……無理に使わなくてもいいとは思いますがね。彼、あくまで“荷物持ち”ですので」

山田のその綺麗な指先を見ながら、チンピラ男は一瞬、安心してしまった。

冷たいはずのその指に、どこか“人間”を感じたのかもしれない。



——しかし。



次の瞬間、頭上すれすれを銃弾がかすめ、現実が引き戻される。

「ノース!」

山田が短く名を呼ぶと、ノースはすぐさま距離を詰めて戻ってきた。

「はいはい、ただいま~っと」

その声と同時に、山田は手にしていたUSPをチンピラ男に差し出した。

「持っててください。少し煙くなりますから」

「え、えっ!?えっ、これマジで!?」

言葉が出る前に、山田の指先はすでにポケットへ。

取り出したのは、超小型の筒、スモークグレネード。

ノースが「あー、それ出すってことは」と言いかけて、すぐに顔を腕で覆う。

「っなにすんっ……」

チンピラ男が言いかけた、その刹那——

カラン、コロン。

転がる音。そして——


ぼふん。


柔らかく破裂する音とともに、白煙が視界を埋め尽くした。


ノースはそのまま、笑いながら霧の中へ突っ込んでいった。


数秒遅れて、山田も静かにその煙の中へと姿を消す。


しばし、視界のない空間からは



「ドッ」



「ガッ」



「ぐっ……」



——そんな、鈍く低い音だけが断続的に響いていた。

そしてすぐに、音も、動きも、すべてが止まる。

スモークは徐々に薄れ、空間が再び光を取り戻していくと——

そこには、静かに首の角度を“不自然な方向”へ捻る山田と、

返り血に濡れたナイフを握ったまま、片足で倒れた男を踏みつけているノースの姿があった。

どちらも、一言も発しないまま。


ただ、完全に“片付いた”という空気だけが、重くその場に残っていた。


「マジで…なんなんだよぉ…。」

チンピラは、半泣きになりながらも必死で預かった銃を握りしめていた。

震えが銃に伝わってがちがちと鳴いている。

「さて、少し家探しさせて頂きましょうか。」

山田は、服の埃を払いながらあたりを見渡し手袋をはめる。

”調理器具”や”食材の情報”などの資料を手に取り軽く目を通して淡々と続ける。

「さすがにこの規模なら。どこかに”裏”も”金”もあるはずです。」

「さっきからなんなんだよ…マジでぇ…お前らだれなんだよ?!」

ノースは、足元に倒れている防寒服の男の袖でナイフをぬぐいながら、朗らかに言う。


「あぁ?俺らお掃除屋さんだよぉ~」


山田は無言で金庫の前に立ち、慎重にダイヤルを操作していく。


——カチッ。


音を立てて開いた金庫の中には……


「……空……?」

「はぁ?んだぁよ、金ねぇじゃ~ん!」

ノースが中を覗き込みながら、がっくりと肩を落とす。

「まぁ……あれだけやらせておいて“お小遣い”なしとは。

ひどい話ですね。」

山田は、軽く溜息をつきながら金庫の奥をもう一度確認する。

そこには紙一枚も残されていなかったが——

「……これは?」

山田の指先が、金庫の底に張り付くようにして置かれていた小さな金属端末を拾い上げる。

一見、ただの古い携帯機器のように見えるが、裏側に書かれたシンボルは明らかに“普通”ではなかった。


「チャイニーズマフィアの中枢と繋がっている、専用の通信端末……でしょうね」



「うぇ~い。大当たりじゃん?お宝発見~」

ノースは、気楽に笑いながら壁にもたれかかる。

チンピラ男はというと、未だに山田の近くでへたり込んだまま、銃を手に持ってガタガタ震えている。

「……とりあえず、今日のところはここまでですね。帰りましょう。疲れましたし」

「賛成~。

あー腹減ったぁさっきのかわいいねぇちゃんのとこで飯食ってかえろぉぜ~!!」

山田はスッと眼鏡を直して歩き出す。

背後ではノースが、ナイフを腰に収めながら口笛を吹いていた。

チンピラ男も、ほぼ無意識に彼らのあとをついて歩き出す。

こうして、“喜楽精肉店”から始まった小さな潜入作戦は、

思いがけず、大きな組織の核心に触れる“収穫”を手に入れて——

静かに幕を下ろした。




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その後の小話





夕暮れどきのチャイナタウンは、魅惑の香りに包まれていた。


空腹を誘惑するのは、料理だけではない。


ノースはその中でも、特に艶っぽい笑顔の屋台の姉ちゃんに吸い寄せられるように歩き出す。

「おねーちゃん、肉まん。めっちゃうまそうじゃん」

下品なニヤつきと一緒に席に着くと、山田がため息まじりに後ろへ続く。

例のチンピラ男ジョシュ・モンもついてきたが、ノースの隣に座るか山田の隣に座るかを散々迷った末、

最終的に山田の隣にストンと座った。

「何がうまいの?おすすめある? おねーちゃん以外でさ」

ノースの軽口に、姉ちゃんは柔らかく微笑み、無言でメニューを指す。


「……あんたら、よく食えますね……」

ペットボトルの水を握りしめながら、ジョシュがぽつりとつぶやいた。

「……“あんなこと”があったのに……」

「楽しかったなぁ。

でもよぉ、調理場も燃やしておけばよかったんじゃねぇの?」

ノースが椅子にもたれかかりながら笑う。

「今の手持ちでは、ちょっと燃えないかなと思いまして」

山田は淡々と答え、メニューに視線を落とす。




そこへ、“屋台の姉ちゃん”が次々と料理を運んできた。

いつの間にかノースが、ほぼ全部のメニューを注文していたようだ。

「へへへ、ちょっといってこようかなぁ、このあと」

姉ちゃんにさりげなく肩を撫でられてニヤけるノースを、

山田の鋭い蹴りが止める。

「調子に乗るな」

「……はいはい、女王様怖っ」

そのやりとりの横で、“屋台の姉ちゃん”が無言でテーブルを拭いていた。

ジョシュは、水をちびちび飲みながら目をそらす。


ふと、山田がネクタイをゆっくりほどく。

「……邪魔なので」

とだけ呟いて、丁寧にネクタイを外すと、シャツの第一ボタンを外し、

そのままネクタイを膝にかけるように置いた。

ふとした拍子に胸元が開き、汗ばんだ肌と、うっすら浮かぶ筋肉のラインが覗く。

箸を持った手が少し迎え舌気味に麺を啜り、熱で火照った頬に汗がつたう。

その姿にノースが一言。

「……なぁ、お前さ、マジで誰意識でそうなんの?」

山田は意味が分からないという顔で首を傾げる。

「……は?何言ってるんですか」

ジョシュは思わず水を噴きそうになり、ノースも一瞬言葉を失ってからニヤリと笑う。

「お前さあ……そっちが誘ってるって言われても文句言えねぇぞ?」

「は?」

ジョシュが震える声でツッコミを入れる。

「なんか……俺、今とんでもない空間に座ってる気がするんですけど……!?」

ノースはふっと肩をすくめ、からかうように笑う。

「おい、山田。ネクタイ持っててやろうか?喰いにくいだろ」

「触んな」



——夜の屋台に、いろんな意味で熱い空気が立ち込めていた。


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