第11話
目を覚ましたとき、ぼくは車の後部座席に横たわっていて、頭を美月にあずけていた。父さんが助手席に、母さんはハンドルを握っている。
貴士、気づいたよ! おい、わかるか貴士、俺のことが。……父さんの俺? 覚醒即賢い! 晴美わかるだろ、やっぱり子供の頃の俺だ! あなたが何をいってるのかはよくわかんないけどよかったーーーっ! 轢いちゃったかと思ったのよ。えーっと、……面倒くさいかもしれないけど貴士でいいよ。美月はそう呼んでくれてたよ。そういわれても、あたしの貴士はこの貴士だからなあ……ほんと、ややこしいわね。
ぼくはぼんやりした頭で外を見た。景色はゆっくり、母さんの運転するアウディと同じ速度で流れていた。なにも動いていなかった。
最初は焦ってみんなに乗ってもらったんだけど、この様子だと取り越し苦労みたいね。到着するまでヒヤヒヤしてたんだから。
何かあったの?
死人連中が、美月を取り戻すってこの世に乗り込んでこようとしてたの。
わーぉ……
Wow……
あたしはものすごく前のめりに死んだから、周りに集まった死者たちもやっぱ勢い!上等! って感じだったわ。死んでからすぐに美月が現れたのを知って、ちょくちょく様子を見に行ったりしてたんだけど歯がゆくてしょうがなかったわね。「貴士寝ろッ!」て何回叫んだことか……
あ、それ俺聞こえた気がしたんだよな、最近。ここ三日ずっと寝てたんだよ。
ええーっ、本当に? あやしいなあ。調子合わせてない? まあそんなこんなでわたしがふと「三人で暮らしたかったなあ」なんてこぼしたらあの人達ガッて連れてこい! って息巻くから引いちゃったわよ。そんなことしたらあたし怨霊じゃん。
まあ彼らは冗談交じりというか、わたしを元気づけようとしたのが大きいと思うけど、中には本気でいうやつらもいてね。わからなくはないわよ、あたしの骨がなかったことになって、一緒に死んだはずの子どもが生まれて。そんなことはおかしいっていうさ。あたしはいーじゃん貴士がひとりぼっちじゃなくなったんだしあーたら関係ないっしょと思ってたんだけど、だんだんこれはまずい、よろしくないって空気が強くなってきたの。死んでる人が生きてちゃ道理が通らない、連れ戻せ、と、そういう感じ。まー嫉妬ね嫉妬。ほんとやんなっちゃうわね死んでもダセえ連中ってのは。
ダセえよなあ、許せねえよなあ。なあ、貴士。
許せねえなあといえば、あなた、最後に喧嘩したとき自分がなんていったか覚えてる? 「誰が数字で食ってんのか俺はわかるか!?」なんだけど、あれなんだったの? 意味がわからなかったんだけど。
むちゃくちゃ細部を覚えてるなあ……
死人は暇なのよ。思い出す時間はたっぷりあったわ。それよりあたしたちまだ喧嘩したままなんですけど、その当たりはどうお考えなんでしょう?
母さん、母さん、とりあえず今はおさえて、運転に集中して……
あなたもわたしを煽ろうっていうの? たかしくん? 怖い怖い怖い! お母さん、喧嘩するなら一旦停めよう。そしてお父さんと心ゆくまで殴り合い、蹴り合い、貶め合い、傷つけ合おう。あたしと貴士が審判するから。いいでしょお父さん。
……はい。
なんでだよ美月……止めようよ……
スッキリしないのはよくない。そう思わない、貴士?
決まったわね。どこに停めよっかな〜♪ お母さん、でもその前に、あたし、せっかく家族みんなが揃ったんだから、いろいろ見て回りたいなって思うんだけど。ドライブドライブ! 賛成! お父さん賛成! あたしデパートに行きたい! 宝石! フカヒレスープ! 貴士、あたし財布持ってないわよ、死んだ人間には必要ないもんなんだから。……見せてやりましょう、大人の気合ってやつを。
でも、父さんが大人の気合をみせることはなかった。会場の親戚やお坊さん、カラス、街の人々だけじゃなくて、信号も、自動ドアも、電光掲示板も、すべてが凍りついて動かなかった。ぼくたちは強盗団じゃなかったから、デパートの自動ドアを突き破ろうとはしなかったし、たまたまドアの開いていたコンビニに入っても、商品たちは父さんが渾身の力を込めてさえぴくりとも動かなかった。模型のような街をぼくたちは走り続けた。都市には人が多すぎて、ずっとじりじりとしか進めなかったり、何回もUターンをする羽目になったから、母さんは郊外へ向かった。窓を開けて手を外に出すと、風の感覚が違った。なんというか、空気の粒子をひと粒ずつかき分けている感覚がした。ぼくたちは時間が止まるってことが、時間の外にいるってことがどういうことなのか、ようやくわかりはじめた。それでもぼくたちはがっかりしたりしない。悪いタイミングで止まってしまい、不細工な顔をさらしている俳優のCMを指さして美月はケラケラ笑い、入口を開け放していたアートギャラリ―にお邪魔して四人でワイワイ言い合いながら満足するまで絵を見た。車を停め、流れなくなった河のそばを歩いていているとき、橋桁の下で性行為にふけっている高校生のカップルを見つけた美月が目の色を変えてそちらへ向かって駆け出そうとした。ぼくが足に縋り付いて美月を止めようとするのを見て父さんはおろおろし、母さんはゲラゲラ笑った。車に跳ねられた瞬間に空中で静止してしまったイタチを見てしーんとしたり、T字路で二手に別れる小学生たちが、ばいばいってお互いに手を振っているのをみてじーんとしたりした。母さんの運転で、ぼくたちは再び走り始めた。
父さん、実はどこかでぼくの姿が見えたり、聞こえたりしてなかった?
いや、今日が初めてだと思うなあ。
ほんとに? ちょっと信じられないよ。
でも、頭の中でちょうど貴士の歳の頃の自分と会話することはよくあったから、貴士がこうしているのが分かったときもそんなに違和感はなかったな。
昔の自分と会話しまくってたの? 暗いわねえ。
いっつも怒られっぱなしでした。
切ないわねえ。
そういえば、会場から車出したとき、エントランスの前で固まってた男の子がいたわね。悟くんだっけ? えっ、父さん悟くんも呼んだの? いや。美月、呼んだのか。……うん。なんでまた悟くんを? ……あとで話すわ。ねえ。あたし海が見たい。ここから遠いわねえ。まず街から出られるかしら。歩行者信号が青だったところは人が一杯でまず轢いちゃうわね。だいぶかかるけどいい? 大丈夫だよ母さん。いまは時間が止まってるから。じゃあ、時間が止まってる間、おしゃべりよろしくね。そんな……みんな、喉乾いてないか。あたしは大丈夫。ぼくも。美月は? あたしも。そうか、ならいいんだけど。父さん、どっかで水飲む? あ……
すべての水は流れなかった。蛇口も自販機も塑像になり、スーパーの棚からは頑として動かず、水たまりは波打つものも、波打たないものも、飛沫も雫もそのままに凍っていた。
貴士、大丈夫だよ。つい楽しくて喋りすぎちゃったのかも。うーん……でもなんででしょうね。まあわたしは死んでるから別に喉が渇くとかないし、たかしくんはおとうさんの記憶なわけだからまあだいたい一緒でしょ。美月、あなた本当に喉乾いてないの? ……美月? 海についてから話すわ。お父さん、海まで我慢できる? あ、うん。
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