ダイヤモンド

西貞

ワンステップ

 18.44。

 それは、ぼくと、佐場くんの距離。

 つまりは、マウンドから、ホームベースまでの距離だ。


 ぼくは小学五年生。ジュニア野球のスポーツ少年団の、エースピッチャーだ。

 もちろん、六年生のピッチャーもいるけれど、それでもぼくはエースなんだ。

「よう、芳野よしの。調子はどうだい」

「ちょう、良い感じだよ」

「そりゃいい」

 ぼくとバッテリーを組んでるキャッチャーの佐場さばくんは、小学六年生。

 そばかすの浮いた、焼けて黒いはだをしている。だから、歯が余計白く見える。

「一発やっとくか?」

「やる」

「よっしきた」

「そういえば、吉北よしきたくん、元気かな」

「元気だったら休んでないだろー。ま、ずる休みかもしんないけどな」

 それだけの会話で、佐場くんは「だはは」と笑う。ぼくにはたいしておもしろいと感じないことでも、佐場くんは、世界の全てがおもしろい、とでもいうように、笑うのだ。

 佐場くんは、キャッチャー防具をさっさと身に着けて、キャッチャーミットを構えた。

「ばっちこーい」

 ふぅ、と息をつく。

 目を閉じる。周りは一面草原で、その中にぼくがいて、18.44メートル先には、佐場くんがいる。

 佐場くんのミットに思いっきり投げ込む自分を想像する。音を想像する。草の揺れを想像する。

 目を開ける。

 音は何も聞こえない。代わりに、視界はさえている。

 佐場くんのリードを見る。

 アウトコース、高め、ストレート。

 うなずく。

 ワンステップ、振りかぶる。

 ボールはぼくの手をはなれていって、パァン! と気持ちのいい音を立てて佐場くんのミットと音を鳴らした。

「ナイスピッチー」

 キャッチャーマスクをはずした佐場くんは笑って、グッドサインをつくった。

 ぼくはだまってうなずいた。息を吸いなおす。

 佐場くんはキャッチャーマスクを着けなおして、しゃがむ。

 次は。

 インコース、低め、チェンジアップ。

 うなずく。

 ワンステップ、振りかぶる。

 ボールは、ぼくの手からはなれていく。パァン、と、ストレートの時とはまた違った音がした。

「芳野くんに佐場くんじゃないかー。今日も早いね、ふたりとも」

姫田ひめだくん」

 ショートにセカンド、サードにファースト、キャッチャー、あと外野。やろうと思えばピッチャーも。どこでもできる、オールラウンダー。

 ぼくはエースピッチャーだけれど、やっぱりどこでもできるってのはかっこういいなあ、と思う。

「姫田、おまえ、また母ちゃんにやられたのか」

「そうだよ、またやられちったよ、かんべんしてくれって感じ」

 姫田くんは、いつでもぱっつん髪だ。『母ちゃんにやられた!』と髪を切られるたびにぼやいている。『今度こそイケてる髪型にするつもりだったのに』とも。

「そうそう、重大発表があるんだぜ」

 姫田くんは、にや、と笑ってぼくらに向き直った。

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