天邪鬼の話

空城祈志

天邪鬼の話

少し、昔のお話をしましょう。

   初恋のお話をしましょう。


 私がとても小さかった時。私はこの街でなく、ほんの小さな村に住んでいました。

両親がいないわたしは、おじいちゃんとおばあちゃんに引き取られて、この村に来たといいます。

山の奥にある小さな村だったものですから、近くに学校はなく、私と同じぐらいの歳の子供はいませんでした。だから友達は一人しかいませんでした。

 

 その友達はね、天邪鬼だったのです。


 初めて出会った時のことをよく覚えています。

「やあ、久しぶり。またあったね」

初対面なのにそういって、私の前に現れたのです。

天邪鬼は大変なうそつきだったのです。


 私が一人でおままごをして遊んでいると、いつのまにか私の側に来て、一緒に遊んでくれました。おままごとで、家に帰ってくる時は

「いってきます~」

といい、出て行くときには

「ただいま~」

なんていいました。

 私と逆のことをする天邪鬼は子供の私にとって、興味深くて、憧れのものだったのです。


 山で遊んだ帰り道、夕立に打たれてびしょ濡れになりながら

「みろよ、夕焼けがきれいだぞ」

と雨空を仰いでいたこともありました。

私は天邪鬼が何も言わないで渡してくれた、赤い傘を差しながら、おかしくて、うれしくて、笑っていました。


天邪鬼は本当に天邪鬼でした。

足が速いのに、ゆっくり歩きます。

頭がいいのに、バカなことをします。

うれしいときに泣いて、悲しい時に笑っていました。

そんな天邪鬼ですが、私には一人しかいない大切な友達でした。

きっと私は天邪鬼のことが好きだったのです。


 私が小学生になる時、おじいちゃんとおばあちゃんは私に町のほうに引っ越すことを伝えました。おじいちゃん達は私に友達がいないことを気にしていたのです。

「小学校じゃあな、友達がたくさんできるんだぞ」。

「これから寂しい思いをしなくていいんだよ」

おじいちゃんとおばあちゃんが私を抱き寄せていいました。

私はただ、天邪鬼も一緒に来るのかが気になりました。

「ねえ、あまのじゃくもくるの?」

おじいちゃん達は首を傾げるだけで、私の問いに答えてくれませんでした。


 次の日に、私は天邪鬼にいいました。もしかしたら別れの言葉となるかもしれません。私は慎重に言葉を選んで、天邪鬼に町へ引っ越すことを知らせました。

 あまのじゃくはただ黙って私の話を聞いていました。それから、私の顔をじっと見ました。私も天邪鬼の黒い瞳を覗き込みました。いつものいたずらっぽくキラキラ輝いている目で無く何かを決心したように、だけど迷っているような瞳でした。

天邪鬼はそれから何か言おうとして、だけどすぐに目をそらしました。

でもまた私の目を見て、今度はしっかりといいました。

「おまえなんか大ッ嫌いだ! もう顔も見たくないや」


パチン


 私は……私は思いっきり天邪鬼をはたいてしまいました。天邪鬼は赤くなったほおを押さえて、驚いたように私を見て、それからとてもとてもとてもとても、とても悲しそうに……笑ったのです。

「はじめまして、僕は天邪鬼、これからよろしくね」

 そういって、ササっと山の中逃げていってしまいました。

私はその時、大好きだった天邪鬼をはたいてしまった手を、不思議そうに見つめていたのです。だから山に帰る天邪鬼をひきとめることができませんでした。


 それから私はこの町に引っ越してきました。小学校で友達がたくさんできて、中学校で心から信頼できる親友ができて、高校生になった私には好きな人ができました。


でも、時々思い出します。

もしあの時私がもっと大人だったら。

天邪鬼がちっぽけな勇気をふるい立たせて、私に大切なことを伝えようとして、嘘をついたことに気付いたでしょう。

もしあの時、天邪鬼がもう少し素直だったら、あんな嘘なんてつかないで、正直に自分の気持ちを打ち明けたでしょう。


でもそれは「もし」の話

天邪鬼は今でもあの山で切り株に座って、一人で悲しそうに……笑っているのでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天邪鬼の話 空城祈志 @sorashiro-kishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ