会いたいの、おまじない。

希結

第1話

 

 私が前世を思い出したのは、つい最近。

 18歳の誕生日を迎えた夜、突然記憶が蘇ってきたのだ。


「……またね、大好き」


 私を1番近くで見守ってくれた人へ贈った、最後の言葉。

 ずっと隠していた私の本当の気持ち。

 最後だから、言っちゃおうって思った。


 聖女の力を使い果たす事で国を救った私は、深い眠りにつくような感覚で、その命を終えようとしていた。


「──リリアーナ様!」


 彼が私の名前を必死で呼ぶ声がした。もうそれに応えることはできなかったけど、上手に笑えていたらいいな。


 目を閉じるのは、不思議とあまり怖くはなかった。

 女神様との内緒の約束で、また生まれ変わるって教えてもらっていたからかなぁ……


 それでも彼とお別れするのだけは、心が苦しかった。


 だから、またねって言ったの。

 一緒に過ごした大切な思い出をなかったことにしたくなかったから。

 平和が訪れて、貴方とずっと一緒にいられるって分かったら、告白しようって決めてたから。


 私がいなくなっても幸せになってね、なんて綺麗事はどうしても言えなかったんだ。


 私の護衛騎士、ランフォード様。


 いつも無表情で必要以上の事は話さない。

 だけど、私の事を一番に考えて守ってくれる人。


 私がちょっと体調を崩せば、アイスグレイ色の貴方の瞳は心配そうに揺れるの。

 厳しい言葉の中にも実は優しさがあって、わかりづらい人。

 今だって、私の事を想ってくれてるの知ってるよ。


 薄れゆく意識の中、感じていたのは抱きしめてくれていた彼の温もり。それから、顔にぽとぽとと降り注ぐ雫。


「……す、……──から、……て」


 あぁ、あの時の彼は、なんて言ってくれていたんだろう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……元気に、してるのかな」


 あれから時代はどのくらい進んだのか。

 彼も生まれ変わって、どこかの世界線にいるのかな。何歳で、どんな姿でいるんだろう。


 なんの手がかりもない。だけど……


「会いたい、なぁ……」


 いっそ探しに行こうか。

 この春から大学生になり、入学式はまだこれからだけど一人暮らしも始まっているのだ。アルバイトも頑張って、ちょっと遠出したりしてみたらどうだろうか。


 何か当てがあるわけじゃなかったけれど、私は居ても立っても居られずに、おもむろにアパートを飛び出した。


「あ」


 開けたドアの隣から、声がした。

 びっくりして横を向けば、そこに立っていたのは私と同い年くらいの男の子。目が合った瞬間、ドクンと胸が弾んだ。


 だって、彼と同じ色の瞳だったから──……


「ラン、フォード……様……?」


 思わず口にしていた彼の名前に、彼の目が大きく見開いた。


「リリアーナ、様……」


 現代を生きる中で、ほぼ絶対と言ってもいいであろう、私達しか知りえない前世の名前。


 彼は立ちすくんだまま固まった私の事を、まっすぐに見つめた。


「……俺、女神様に祈りました。俺もリリアーナ様と同じ時を生きたいです、と。もう一度生まれ変われたその時は、貴女と同じ世界に生まれ変わりたいと」


「……っ!」


「今の貴女のお名前、教えてくれますか?」


「……莉亜っていうの」


「俺は蘭です」


「……ふふ、面白いね。2人とも名前、あんまり変わってない……」


 嬉しくて笑っていたはずなのに、私の目からは涙が溢れてきて止まらなかった。


「あ、あれ……? おかしいな、涙、止まらない……」


 涙を拭っていた私の腕がぐいと引っ張られて、気づけば彼の腕の中に包まれていた。

 体格も、着ている服だって何もかも違うのに。この感覚は不思議と前世の記憶と同じものだった。


「あの時、俺は……『俺も大好きです。生まれ変わっても絶対に貴女に会いに行くから、待っていてください』と言いました」


「そ、そうだったの……?」


「はい。貴女が最期にまたねと言ってくれたから、俺は希望を捨てずにいられたんです」


「そっかぁ……おまじない、してよかったなぁ……」


 私の呟きに、彼は不思議そうに問いかけた。


「おまじない……?」


「また会いたかったから、またねって言ったの」


 額をくっつけて、お互いに見つめ合いながら笑った。


「「また会え(まし)たね、大好き……!」」


 私たちは温もりを確かめるように。

 今、生きている証を感じるように、強く抱きしめ合ったんだ。

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