第4話:暴かれる祈り
「これは……っ、どういうこと……?」
王都第一貴族・マルゲリータ侯爵家の令嬢が、手にした瓶を落とした瞬間だった。
砕けたガラスとともに飛び散った透明な液体が、“祈りの水”に触れたそのとき――
青白い発光が広場に浮かび上がった。
「まさか……!? これは“魔力変性反応”じゃないか?」
魔術師団所属の見習いが思わず叫ぶ。
通常の聖属性魔力であれば、こんな反応は起きない。
だが、目の前の“祈りの水”は明らかに――何かを“混ぜられて”いた。
広場に、瞬時に広がる沈黙。
「おい……今の、見たか……?」
「聖女さまの……癒しの水が……魔力で――?」
「そんな馬鹿な……!」
群衆の中に混じっていたヴェイルは、控えめに震えながら言う。
「ひょ、表に出ちゃいましたね……。これは、相当まずいですな」
レティシアはその少し離れた影に身を潜め、様子を見ていた。
予想以上の反応だった。けれど――この“疑念”が、必要だった。
そのころ、ミリアは大聖堂内で神託の準備をしていた。
神前にひざまずき、祝福の言葉を口にしながらも、心の中は騒がしかった。
(……最近、効果が薄い? まさか、バレ始めてる?)
(でも大丈夫よ。少し配合を調整すればいい。ばれなければ、“奇跡”は続くんだから……!)
彼女の心は、もはや純粋な祈りとは遠く離れていた。
“信じさせること”が目的にすり替わり、結果がすべてとなっていたのだ。
そこへ、王国諜報局からの密使が駆け込む。
「聖女様、問題が……。マルゲリータ家の広場で、“水”に異常反応が」
「な……!」
(あの薬、見破られた? 違う、見せられた……!? 誰かが、わたしを――)
その瞬間、ミリアの顔から血の気が引いた。
(レティシア……貴女なの?)
誰にも聞こえない心の声が、大聖堂の冷たい石に反響する。
それは初めて、彼女が“敵の名前”をはっきりと思い浮かべた瞬間だった。
♢♢♢♢♢
「……これが、その現場の映像だな」
王城・第二謁見の間。
壁面の魔導鏡に映し出されたのは、広場で“祈りの水”が変質し、群衆がざわめく光景だった。
王の側に控える文官たちの顔には、一様に緊張の色が浮かんでいた。
その場に立つセドリック王子は、鏡の映像から視線をそらせずにいた。
「これが事実なら、聖女は民を欺いていたことになる……。父上は?」
「陛下は、“軽々しく動くな”と。聖女の信仰は、王国の柱の一つですからな」
老齢の宰相が答える声は、明らかに慎重すぎるほど慎重だった。
無理もない。聖女を疑うことは、王国の“神の庇護”そのものを否定しかねないからだ。
「……レティシアなら、この映像を見て、どう思うだろうな」
セドリックは、ふと口にした自分の言葉に苦笑する。
思えば、彼女は常に冷静だった。
目の前の光景がどれほど華やかであっても、真実を見極めようとしていた。
だが、それを“偽善”と決めつけたのは、ほかならぬ自分自身だった。
(――もしかして、あのときの判断は、間違っていたのか?)
王子の心に、静かに芽生える疑念。
一方、大聖堂の私室では、ミリアが鏡に向かっていた。
笑顔は完璧。だが、扉の向こうに立つ侍女たちが退室した瞬間――
(……全部、レティシアの仕業。あの女、やっぱり……!)
心の中では毒づくような声が渦巻いていた。
(民が混乱しようと、貴族が疑おうと、わたしは“聖女”。この地位さえ保てば、誰も何も言えないのよ)
(“神の声”を聞いているのは、わたしだけ。誰も、それを否定できるはずがない)
彼女の“信仰”は、もはや狂信と支配の道具と化していた。
そのころ――
レティシアは、古文書館で一冊の古い神学書を読み解いていた。
そこに記された、“聖女”に与えられた本来の試練と戒律。
「奇跡は、無償ではない。聖女は、“神の代弁者”ではなく、“人の痛みを引き受ける者”だったはずよ」
小さく、でも確かにそうつぶやいたレティシアの瞳に、静かな決意が灯る。
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