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  • 第1話への応援コメント

    初めまして、「哲学カフェ日記」を執筆しております。海月と申します。

    静かに始まる朝の描写に、胸を締め付けられるような切なさを感じました。日常の描写がとてもリアルで、主人公の「失った後の生」を読者自身の時間と重ねるように感じられます。

    この作品は、喪失と向き合いながら生きる「日常という名の哲学」を描いているのだと思いました。特別な出来事が描かれているわけではないのに、なぜこんなに胸を打たれるのか。それは、おそらくこの物語が「不在」と「記憶」という、私たちの存在そのものに関わる問いを静かに浮かび上がらせているからだと思います。

    ハイデガーが語ったように、人は「死に向かう存在(Sein zum Tode)」であり、だからこそ他者の不在は、私たち自身の生の在り方を問う契機となります。この作品では、「いってきます」がもう言えないこと、伝えられなかった言葉たち、すれ違い、そして「あなたは幸せでしたか」という問いが、まるで残された者自身の存在理由を探すかのように描かれていました。

    そして、私たちは本当に「他者を理解しきることができたのか?」という哲学的な問いも浮かんできます。感情のすれ違い、言葉にしきれなかった気持ち、そのすべてが「わかり合う」ということの限界を示しているようにも感じました。

    でも、だからこそ人は「伝えたかった言葉」を胸に抱きながら、それでも日々を歩いていくのだと思います。これは、喪失と共に生きる人間の尊厳の物語でもありました。

    素晴らしい作品を、ありがとうございました。

    作者からの返信

    ご観覧、コメントありがとうございます。
    「失った後の生」は間違いなくこの主軸です。
    隣にいる人は当たり前に要るわけではないのです。わがままを言えるのは幸せ。
    そしてそんな思いとは裏腹に時間は止まってはくれないもの。思いを抱きながら生きていかなければならないのです。