お互い様です、愛だから。

須藤淳

今日も盗聴日和

 同棲して3年。

 相良晃成さがら こうせい黒瀬志保くろせ しほの生活は、見た目には何の変哲もない平穏なものだった。


 仕事を終えた晃成が、いつものように帰宅すると、志保は笑顔で夕飯を並べていた。

「おかえり。今日はハンバーグだよ」

「うわ、志保のハンバーグってだけで、ご飯3杯いける」

「……ちゃんと味わって食べてね?」

「味わうよ!噛みしめる。志保の愛も一緒に」


 笑ってキッチンへ戻る志保の後ろ姿に、晃成はそっと手を伸ばす。

 背中にぴったり抱きついて、「今日も可愛い」と囁くのが、ふたりの“いつもの合図”。


 食後は手をつないでソファに座り、どちらかが寝落ちするまで甘えて甘やかして、

 朝はお互いの寝癖を直し合ってから出勤する。


 愛してる。世界で一番。

 そう信じているはずなのに――


(スマホ、ロック解除のパターン変えた……?)


 風呂上がりにスマホを隠すように操作する晃成の姿。

 夜中、ベランダで誰かと通話していたこと。

 “女の勘”が、首をもたげた。


(……まさか、誰かとやり取りしてる?)


 志保はふと、自分のスマホを開いて位置情報アプリを確認する。

 晃成の現在地は“在宅”。ちゃんとアイコンも自宅にいる。

 だがその情報は、彼女がこっそり相手のスマホに入れた監視アプリによるもの。


(でもアプリだけじゃ不安。通話履歴も見ないと……)


 志保は、隙をついて晃成のスマホをミラーリングしているタブレットで、通話履歴と画像フォルダ、SNSの下書きまでチェックする。

 愛しているから、知っていたい。全部。


 晃成のカバンの裏地には、自ら縫い付けた小型GPS発信機も仕込んである。


(……本当は信じてる。でも、見てない時に何してるかが、怖い)


 ――怪しい。もしかして浮気?


 不安と疑念に突き動かされるようにして、志保は行動を起こした。

 通販で盗聴器セットを購入し、リビング、寝室、そして仕事部屋にそれぞれ仕掛ける。


(……こんなことしたくない。でも、もし本当に裏切られてたら)


 録音を確認するのは、翌朝。

 緊張と期待を抱きつつ、スマホに転送された音声を再生した。


『……志保、今日も可愛かった』

『ほんと、好きだな。お前が好きだよ』

『どこにも行くなよ。ずっと俺の隣にいて』


 ……え?


 その日も、次の日も、そのまた次の日も。

 会話もなく、音もない部屋で、晃成は独り言のように呟いていた。


『好きだよ』

『お前だけだよ』

『志保、志保、志保……』


 不安は確信に変わることなく、逆に別の疑念へと姿を変えていく。


(……これ、ちょっと怖くない?)


 志保は迷った末、こっそり仕掛けた盗聴器を外そうとした。

 だが、テレビ台の裏に手を伸ばしたとき――別の機器が指先に触れた。


 見慣れない、まるで彼女のものとは型番もメーカーも違う盗聴器。


(……あれ? 私のじゃない)


 背中にぞわりと走る冷たい予感。

 急いで他の場所も確認すると、同じような“自分のじゃない盗聴器”が、すべての部屋にあった。


 その晩、晃成が帰宅するなり、志保は切り出した。

「ねぇ、晃成。話、あるんだけど」

「……うん。俺も実は言いたいことがあって」


 一瞬、沈黙が流れる。


「――志保、盗聴してるよね」

「――晃成、盗聴してるよね」


 まさかの、同時告白。

 志保の目が鋭くなり、晃成の頬がぴくりと動く。


「いつから……?」

「君が飲み会のあとに『男友達と二人きりで帰った』って言った日から」

「……あれ、タクシー呼んだだけで別れて帰ったって言ったでしょ」

「でも、気になって……気づいたら、通販でポチってた」

「……うん、分かる。私も似たようなもん」


 言い合いになるかと思いきや、互いに照れくさそうに苦笑する。


「っていうかさ」志保が言う。「なんで毎日『好きだよ』ってつぶやいてたの?」

「……俺の録音機器に、志保への思いを残したいじゃん」

「うん?」

「いや、ほら。そういうのって、記録として残しておきたくない?」

「何の記録?」

「結婚式のプロフィールムービーとか……?」

「参列者の家族や友たちに聞かせるってこと?……恥ずかしいよ!」


 志保が思わず吹き出す。晃成も、笑いながら首をすくめる。


「……でも、さ」志保がぽつりとつぶやく。「嬉しかったよ」

「え?」

「毎日、私のこと好きって思ってたって分かったし」

「……志保も毎日、俺のこと心配してくれてたんだなって分かったよ」


 沈黙。

 ふたりの間に、盗聴器よりも透明で、確かな“愛”が流れている気がした。


 ……と思ったその時。


「ねぇ」志保がそっと顔を寄せた。「次は、隠しカメラにしない?」


 晃成の目が輝く。

「志保、天才?」


 ふたりはその夜、新しい“愛の記録装置”を共同で注文した。


 好きで、好きで、好きで、好きで――

 たまらないほどに、魅力的で。

 たまらないほどに、不安になる。


 だから、見ていたい。

 知らずにいたくない。

 君が君であるすべてを、手元に残したい。


 少しだけ、狂ってる。

 でも、それが“わたしたち”の普通だ。


 ――愛のかたちは、今日も進化中♡


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お互い様です、愛だから。 須藤淳 @nyotyutyotye

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