わたしは幸せだったよ

梅竹松

第1話 とある田舎の病院にて

 山奥にある病院の一室。

 静まり返った小さな個室で、ピンク色の病衣を身にまとったわたしはベッドに座り、読書をしていた。


 現在は五月の中旬。

 窓の外には新緑が広がり、初夏の爽やかな風が時折病室に吹き込んでくる。

 個室なので周囲に他の患者はおらず、読書をするにはちょうどよい環境だった。


 ちなみにわたしは17歳だが、高校には通っていない。

 子どもの頃から病弱で入退院を繰り返していたためにろくに小学校や中学校にも通えず、高校も受験できなかったのだ。


 特に小学校高学年になってからは病気で倒れることが多くなり、その度に病院に運ばれ、入院生活を余儀なくされた。

 やはりこの病弱な体で普通に学校に通うのは難しかったのだろう。

 他の子どもたちのように勉強したり遊んだりすることはもう諦めていた。


 だけど、わたしは自分の運命を悲観したことはない。

 なぜならほとんど毎日のように面会に来てくれる同い年の男の子がいるからだ。


 その男の子の名前は蒼介そうすけ。近所に住んでいるわたしの幼馴染だ。


 彼は昔から優しく、わたしが入院すると頻繁に病室を訪れてはその日に起きたことや楽しかったことなどを話してくれた。

 わたしの好きそうな本を探して持ってきてくれたこともあったし、将棋やチェス、トランプなどを持ち込んで遊び相手になってくれたこともある。


 長い入院生活でも退屈しなかったのは蒼介のおかげと言えるだろう。 

 わたしは蒼介に心から感謝していたし、そんな彼のことが大好きだった。


 だけど、同時に申し訳ないという気持ちも抱いていた。

 なぜなら彼はあらゆるものを犠牲にして会いにきてくれるからだ。


 蒼介だって他にやりたいことはたくさんあるだろう。

 勉強したり部活動に専念したり友だちと遊んだり彼女を作ったり……。

 それらの青春と引き換えにしてまで面会にきてくれるのはもちろん嬉しいけど、少し複雑な気分でもあったのだ。


 おそらく今日も学校が終わったら蒼介は来てくれるだろう。


 いつまでその優しさに甘えていてもよいのかと思いつつも、わたしにとっては彼が面会にきてくれることが唯一の楽しみなので、なかなか「面会の頻度を減らしてもいいよ」と言い出すことができない。


 彼に「もっと自分の青春を優先してほしい」と言える日は訪れるのだろうか……。






 それからさらに半年以上が経過し、結局彼に「自分のことを優先してほしい」と言えないまま年が明けた。


 山奥なので気温は低く、外は雪が降りしきっている。


 そんな季節に、わたしの容態は突然悪化した。

 昨日までは何ともなかったのに、急に呼吸が困難になり、意識が朦朧とし始めたのだ。


 当然わたしはすぐに集中治療室に運ばれた。


 連絡を受けた両親と蒼介も仕事や学校を早退して病院に駆けつけてくれた。


 朦朧とする意識の中、医師たちが懸命にわたしを救おうとしていることが伝わってくる。

 だけど、わたしは薄々気づいてしまっていた――もう長くは生きられないということに。


 おそらくわたしの余命はだいぶ前からわかっていたのだろう。

 最近両親や蒼介が朝からやって来て、面会時間ギリギリまで病室に残ることが多かったので何となく察してはいたのだが……やはり予想していた通りだったようだ。


 もう意識はほとんど残っていない。あと数分でわたしの人生は幕を閉じる。


 覚悟はすでに決まっているが、それでもひとつだけ心残りがあるとするなら、それは蒼介の気持ちを確認できないことだ。


 青春を犠牲にしてまでわたしと過ごしてくれた蒼介。

 

 できることなら訊きたい。「きみは幸せでしたか?」と。


 そして伝えたい。「わたしは幸せだったよ」と。


 もちろんそれは叶わない願いだ。


 でも、蒼介なら「幸せだったよ」と答えてくれるような気がする。

 今わの際だというのに、脳裏には彼の眩しい笑顔がはっきりと浮かんでいた。


 そして、集中治療室に運ばれてから十五分ほどが経過しただろうか。


 わたしの意識は完全に消失し、医師によって心臓が止まったことが確認される。


 もっと生きたかったという気持ちもないわけではないが、それでも最後まで大好きな蒼介を近くに感じながら逝けたのは素直に嬉しい。

 自分の死に顔を見ることはできないが、きっと穏やかな表情をしているのだろう。


 こうして雪の降りしきる寒くて物悲しい季節に、わたしは夭折した。


 享年17歳だった。



 

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