無限旋律

凪咲 心音

《 無限旋律 》


この奇妙な感覚は、なんだろう。

夜空いっぱいに広がる星々に、それぞれ色をつけたような“無限旋律”が聴こえる。

ふと浮かぶ、蒼く美しい湖。

この感覚は、言葉では表せない。


この日を繰り返すのは、今日で100回目。

今日がダメなら、もうやめようと決めている。


僕は“過去の時間”をやり直すことができる。

けれど、何度繰り返しても失敗した。

この日だけが、どうしても越えられない。



「……今、会いたい。」

今日はいつもより冷静に、落ち着いて言えた。


「いきなりどうしたの?」

水たまりに映る夕焼け雲が、とても綺麗だった。


「なんとなくだよ。」

ここでいつも、僕は泣いてしまう。

でも今日は、泣きたくなる気持ちを必死にこらえ、平然を装った。


「じゃあ今日は天気もいいし、お花見でもする?」

いつもは僕の方から誘っていたのに、今日は君の方から、嬉しそうに誘ってくれた。


僕たちは桜を見に行った。

美しいまま、ずっと散らないでいてほしいと願った。



帰り道、僕は君を家まで送った。


「今日、夜まで一緒にいない?」

本音が思わずこぼれる。君から離れたくなかった。


「ごめん、今日はこれから家族と出かける約束があって…」

その言葉に、堪えきれなくなった。


少しだけ困った顔をしたあと、

「なんで泣いてるのよ。ごめんね、今日楽しかった。私も、もっと一緒にいたいよ」

照れくさそうに、そう言ってくれた。


「だって……だって……」

涙で喉がつまって、言葉が出てこない。

言いたいことが、たくさんあったのに。

涙が止まらなかった。


「ありがとう。また明日、連絡するね」

そう言って、君は僕を優しく抱きしめてくれた。

それは、今までで一番温かく感じた。



──明日は、来なかった。


交通事故だった。

僕はこうなることを知っていた。

だけど、止められなかった。


……いや、何度も“止めよう”としてきた。


「明日は危ないから、家を出ないで」

「絶対にその道は通らないで」

「お願い、行かないで」

何度も伝えた。


本当のことを話して、怖がられたこともある。

泣きながら怒鳴ったこともある。

けれど、運命は少しずつ姿を変えながらも、必ず“あの瞬間”へ向かっていった。


道を変えても、時間をずらしても、事故は別の形で君を奪っていった。

それでも、僕は何度も繰り返してきた。


そして今日。

僕は君を強く抱きしめ、

「また明日」というその言葉を、ただ黙って受け取った。



夜、一人で散歩していると、

どこからか、君が好きだった音楽が聴こえてきた。

旋律は、無限に続いていく。


夜空を見上げると、今まででいちばん美しく、星が煌めいていた。

僕は音の鳴る方へ、静かに歩き出した。


もう過去には戻れない。

でも、それでいいと思った。


奇妙な感覚のまま、時間は静かに止まる。


君と、二人。

蒼く、美しい湖に、たどり着いた。

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無限旋律 凪咲 心音 @cacao_02

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