第4部:融合 ー第10章:言葉たちの祭典
文学フェスティバル当日、学校の体育館は華やかに装飾され、多くの来場者で賑わっていた。
壁には生徒たちの詩や短編小説が掲示され、中央には朗読会用のステージが設けられていた。
保護者や地域住民、そして教育委員会の関係者も多く訪れていた。
「こんなに人が集まるとは思わなかった」
颯太は驚きながらARIAのタブレットを持って会場を見回した。
「皆さん、生徒たちの創作に関心があるのでしょう」
ARIAが応えた。
「文学は常に人の心を惹きつけるものです」
「柏木先生!」
カイが走ってきた。
「もうすぐ始まります。緊張します…」
「大丈夫だ」
颯太は少年の肩に手を置いた。
「君の言葉は、必ず届く」
会場の一角では美月が、母親の写真と共に自作の詩を展示していた。
訪れた人々は足を止め、しっかりと作品を読み、時に感嘆の声を上げていた。
「素晴らしい作品ね」
中年の女性が美月に話しかけた。
「あなたのお母さんについて書いたのね」
「はい」
美月は少し恥ずかしそうに答えた。
「私、お母さんのことをあまり覚えていないんです。でも言葉にすることで、少しずつ近づけている気がして…」
「それはとても大切なことよ」
女性は優しく微笑んだ。
「私も娘を亡くしたの。言葉にできないと思っていたけれど、こんな風に表現できるのね…」
美月は静かに頷いた。
彼女の詩が、同じ喪失を経験した誰かの心に触れたのだ。
一方、カイは仲間と共に詩のグループ作品を展示していた。
「父の手」
から発展させた連作詩で、『喪失と再生』をテーマにしていた。
「この作品、AIティーチャーと一緒に作ったんですか?」
教育委員会の男性が尋ねた。
「はい」
カイは自信を持って答えた。
「ARIA先生が僕たちの言葉を引き出してくれました。でも内容は全部、僕たちの言葉です」
「興味深いね」
男性は感心した様子で言った。
「AIと人間の教師が協力するとこんな成果が生まれるのか」
午後の朗読会では、選ばれた生徒たちが自作の詩や短編を読み上げた。
カイの番になると、会場は静まり返った。
「僕の詩は『継承』というタイトルです」
彼は少し震える声で始めた。
「父が亡くなって、僕は自分が何者なのか分からなくなりました。でも、言葉を紡ぐうちに、父から受け継いだものが見えてきました」
カイは力強く朗読した。
父の手の温もりから始まり、その手が作り出したものの記憶、そして今は自分の手に宿る父の意志について。
最後の一節では、彼自身の未来へと視線を向けていた。
「この手が、次の世代へと物語を紡いでいく。途切れることなく、流れ続ける命の詩を」
会場から大きな拍手が起こった。
カイの目には涙が光っていたが、表情は晴れやかだった。
次に美月が立ち上がった。
「私の詩は『見えない糸』といいます」
彼女は静かに語り始めた。
「母への手紙として書きました」
美月の詩は繊細で、時に言葉を探るように朗読された。
知らない母への問いかけ、写真からしか知らない笑顔、父から聞いた思い出の欠片。
そして最後に、
「私はあなたを知らないけれど、私の中にあなたがいる。見えない糸で結ばれて、永遠に」
と締めくくった。
朗読が終わると、会場は静かな感動に包まれた。
最前列では颯太が目を閉じていた。
彼の頬に一筋の涙が流れていることに、美月は気づいた。
朗読会の最後に、颯太自身が立ち上がった。
「本日は多くの方にお越しいただき、ありがとうございます」
彼は会場を見渡した。
「私も1つ、詩を読ませてください。これは妻が残した詩に触発されて書いたものです」
颯太は深呼吸をして読み始めた。
喪失の痛み、逃げ続けた自分、娘の中に見出す妻の面影、そして教室で出会う若い魂たち。
詩の最後で彼は言った。
「失われたものは、決して戻らない。だが私たちは言葉という船で、記憶の海を渡ることができる。そして新たな岸辺で、明日を紡ぐことができる」
会場は静まり返り、やがて温かい拍手が沸き起こった。
颯太は深く頭を下げた。
フェスティバルの閉会後、疲れた表情ながらも充実感に満ちた颯太は、ARIAと共に片付けを見守っていた。
「素晴らしいフェスティバルでした」
ARIAが言った。
「ああ」
颯太は満足げに答えた。
「生徒たちの成長ぶりには驚かされたよ」
そこに校長と教育委員会の関係者たちが近づいてきた。
「柏木先生、素晴らしい企画でした」
校長は颯太の肩を叩いた。
「こんなにも多くの方々に感動を与えるとは」
「AIティーチャーとの協働の成果が、目に見える形で示されましたね」
教育委員会の男性が言った。
「特に生徒たちの創造性の発露には感銘を受けました」
颯太は静かに頷いた。
「ありがとうございます。このフェスティバルは、数字では測れない教育の価値を示すことが目的でした」
「わかりました」
教育委員が真剣な表情で言った。
「私たちも再考する必要があります。AI導入の予算削減については、もう1度検討しましょう」
颯太の表情が明るくなった。
「それは…」
「ただし」
男性は続けた。
「単にAIを導入するだけでは、今日見たような成果は生まれないことも理解しています。人間の教師とAIの協働、それが鍵なのでしょう」
「はい」
颯太は確信を持って答えた。
「AIは代替ではなく、補完であるべきです。そして時に、私たち人間教師が見失っているものを思い出させてくれる存在でもあります」
校長は頷いた。
「柏木先生の授業は、この数ヶ月で大きく変わりました。より生徒主体になり、創造性を重視するようになった」
「それは…」
颯太は言葉に詰まった。
「ARIAから学んだことです」
「相互学習ですね」
教育委員が微笑んだ。
「まさに教育の理想形かもしれません」
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