自分はこれまで何回死んだのか
島尾
精神
精神的に死ぬことを定義できないし、精神的に生きていることも定義できない。ただ感覚として生死があると思った。悪いことをして悪い状態に陥って、何も具体的なことを考えられない又は自分が悪いと分かっていながら他のもののせいにする時点で精神は死ぬと、なんとなく決めてみた。そしてその状態にあっては、自分のやりたいことができない。代わりに他者の生産物又は廃棄物をハゲワシのように貪る。しかも自分のやりたいことはその際もできていないので、お腹いっぱいになることもない。自分という悪霊が行く当てもなくこの世に留まって他者を困らせ、他者の一部が新しい悪霊となる……。逆に悪霊という発想が生まれた経緯は、精神的死滅状態が多くの人にも起きていて、それすなわち多くの人が悪いことをしていながらその罪を無視、または視界に入っていない、または罪の内容を誤認し、自分の犯している罪それ自体に自分自身が犯されているということだろうか。ならば、一旦死滅した自分を捨てて、人間界から這い出し、自然界の空や山、海、野生動物の運動を見ることを私の生きる目的に据える。もちろんそんなことを目的として生きる人間はいないので、何かしら別の目的を探る必要性に迫られる。しかもその目的とは、川の流れに身を任せたときに最終的に辿り着く地点Pであり、どうやっても予測できない。ただ確率的に、自分の罪という低エネルギー領域に至ることが予想される。もしそうだとしたら、今までとは違う場所・視点から罪と向き合うこととなり、行き詰まった日々から脱却できるかもしれない。いや、よく考えると罪領域の内部に入ってしまったら再び罪に犯されることとなるので、なんとか罪の外側の領域にとどまるほうがよい(距離は近い場合と遠い場合の両方が良いので、何度か人間から遠ざかることが必要だろうか)。……
自分はこれまで何回死んだのか 島尾 @shimaoshimao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
むぅさんの、たぶん駄文/頑田むぅ
★48 エッセイ・ノンフィクション 連載中 47話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます