最終話

 時は流れ、謹慎が明け2週間の準備期間を経て……生徒会の実施するクシェルの魔装兵科、転科――では無く試験の当日。


 レントがクシェルのグダグダ言っていた文句を全て生徒会に伝えた結果、もし仮に自分達の用意するテストに合格出来るようならそれぐらいの条件は安いと判断された事でクシェルはこのテストに合格すれば特例として技工科の生徒、兼ねて魔装兵科の生徒としても在籍出来るようになる。


 場所は生徒会施設内にある生徒会役員のみが使用できる特別闘技場。

 広さは同じだが観客席は上の階から入れるガラスで覆われた6畳一間ほどの省スペースのみ。


 そこには声を闘技場内にいる人達に声を届かせるための音声入力魔導具が備え付けられており、アドバイスをしたり白熱し過ぎている人を諫める役割がある。


 スペースには責任者である4年生のマイク、3年のユースとアンの他に発案者としてレントがそこに立って固唾を飲んで見守っていた。


 そしてその視線の先にいる闘技場内には少し緊張した面持ちをしているクシェルの姿が。

 恰好はいつもと変わらない技巧科の制服だが首には見慣れぬネックレスを帯びていた。


 マイクが音声入力魔導具に顔を近づける。


「クシェル君、入力の合図をもう一度確認します。」

「えー、『セイバー』からの『装着』です。」

「はい合ってます。」


 今回もしきたりとして試合開始と同時に魔導機装を装着するというルールに則る。

 セイバーはポピュラーな魔導機装のおかげで予備として置かれていたのは幸いだった。前にお試しに一度装着した時に確認したが結構真新しく、見た目重視で白く塗装されていて関節部も問題無かった。


 一応身体に合うように調整はしたが、やはり身に着けた時に若干の違和感を感じ取れてはしまったが。しかし文句は言えない。別のモデルの魔導機装であれば、それ以上の違和感を感じ取っていただろう。

 だったら元の魔導機装で勝負を…とクシェルも言いたい所ではあったが、それも出来ない。


 というのも今まで用心しながら使って来た長年の相棒も、前のレントとの試合でついつい加減を間違えたせいで完全に関節部のパーツが壊れたため使い物にならない。

 思い入れもあるから直そうにも機械というのは不思議な物で、一部の壊れたパーツを元の通りに戻そうとするぐらいなら買い替えた方が安いと来た。


 直せるのであればとっくのとうに直している。

 もし本気で直そうと思ったら一般売りされていない工業用の半端なく高い魔導機装用の装甲を買って壊れた箇所を綿密に計算し尽くし学園でも用意出来ない産業機器を導入するしかない。簡単に纏めると、という事だ。


「私も準備出来てるよ~!」


 と観客席にいる人に向けて快活に手を振るのは今回のクシェルの対戦相手。


 サラリと枝毛が見当たらない手入れされたロングヘアが良く似合う長身の女性。手足も長く武器に何を使うのかは分からないが身体的にはクシェルが劣っている。

 そして実はクシェルは口には出していないがどこか見覚えがあるなとずっと感じていた。しかし外したら照れ臭いので確信があるまでは胸に秘めておく事にしている。


 マイクがその言葉を受け取るといよいよ準備が整ったのか真面目な表情になりながら音響魔導具越しにクシェルへと今回の内容を説明する。


「それではクシェル君にルールの説明をします。試合形式は通常の試合と同じ。ただクシェル君の勝利条件は彼女に『一度でも攻撃を当てたら』、です。尚、判断の基準は生身で受けた場合に致命的な怪我になるか否かです。」


 もし補足が無ければ行ってしまえば砂を投げるだけでも全部の砂を防ぐ事は難しく『攻撃が命中した』と言い張られる可能性もある。

 そんな姑息な事はしないと9割9分9厘思っているが、そういう人は後で判断基準について疑問を投げかけて来ると予想していたマイクは予め伝えておいた。


「変更点として制限時間は5分とさせて頂きます。何か質問はありますか?」

「ありません。」


 制限時間5分の間に相手に一太刀でも浴びせる。それだけ分かれば十分だった。それが簡単ではないという事も。


 お茶らけてただの消化試合のように軽いストレッチをしながら緩い態度の目の前の女性。しかし、その視線からは自分を常に観察し一つの塵すらも見逃さないようにという意思を感じる。それだけでも油断の出来ない相手だと分かる。

 加えてその立ち居振る舞い。隙だらけのように見えても、しっかりとそこを狙われたら反撃出来るような無意識な身体の動きをしている。実力も相当高い事が伺えて一本取るだけでも普通の生徒では可能性が限りなく低いだろう。


 既視感があるようなないような…そんな微妙な感覚をしながらもマイクが続いて彼女についての補足説明に入る。


「対戦相手の彼女は4年生で学園の順位39位。ミレナーラ・ケトッツォさん。生徒会の中でも屈指の実力者です。」

「よろしくね~。」


 素敵な笑顔で挨拶をされる。


「よろしくお願いします。…随分と俺の方が有利な試合ですけど油断はしません。」

「止してよ。私としては新入生の攻撃を受けるだけでも威信に関わるんだから。こっちだって本気で行くよ!」


 互いに意気込みを伝えあい試合を開始するための準備は整った。


 このテストは勝ちを決めるのではなく価値を決める事を重視している。

 クシェルが果たして本当に魔装兵科に入れるだけの価値があるのか否か。新入生が学園トップクラスの生徒を相手に攻撃を当てる事が出来れば、それが証明されるという事は逆を言えば本来はそれだけ難しいという証でもある。


 たった一度のテスト、これを落せばチャンスは無い。

 クシェルは手に汗握る緊張感と同時に表現の難しい高揚感も感じていた。正式な試合ではないが自分の全力をぶつけられる相手を前に興奮が収まらない。


 そしてふと観客にいるレントに目を合わせた。

 レントは自分で試合をする時よりも緊張して顔が青ざめていて不安が見ているだけで伝わって来る。


(ありがとな、レント。)


 クシェルは心の底で感謝した。ここに立てているのはレントが正に決死の思いで己を奮い立たせてくれたからだ。

 とはいえそれを口に出せば、やれクシェルが助けてくれたからだの。やれレントが助けてくれと勇気を出したからだの。やれクシェルがその場に居てくれたからだの。鶏が先が卵が先かと似たような会話に発展するので口に出す事は無いが。


 感謝の押し売りはしない。だが感謝は絶やさない。

 クシェルはレントに対して真の友情を確かに感じ取っていた。


「では始めましょう。位置は二人ともその地点で。私が『始め』と言ったら、そこから試合開始です。よろしいですね。」

「はい。」

「了解~。」


 マイクが2人からの返事を受け取ってカウントダウンを始める。


「3...2...1...」


 数秒の間に二人は神経を極限まで高めさせる。


「始め。」


 ワードが聞こえた瞬間に二人は魔導機装を装着した。


「身を包め【イグニス】!」

「『【セイバー】、装着』」


 先に装着したのはコンマ何ミリ秒の差をつけてミレナーラという4年生の女生徒。

 本番の試合ではこの有利を産む誤差はなるべく活かさなければならないのが当たり前だが今回はなるべく条件を同じにするために行動を起こさなかった。


 というのも黙ってはいたが試合前に試合を決定づけるような攻撃は止めてくれとお達しが来たためだ。今回のテスト内容は5分の間にミレナーラに攻撃出来るかどうかなので、その前に決着がついてしまえばテストの趣旨とはズレてしまう。

 そのためミレナーラは普段の攻撃的なスタイルから少し守備的なスタイルに変えていた。しかしそれも守りの練習になるため不満には思わない。


 ミレナーラの装着する【イグニス】は流石の生徒会役員の持つ魔導機装だ。

 赤というよりも紅。紅というよりも深紅。ギラギラとせず上品な雰囲気の出す色と洗練されたデザイン。そのスペックは圧倒的でレントの持つ【スケイル】と比べると安い分性能も低いため数値は盛られるが総合的な能力の差は1.7倍に当たる。

 そこにミレナーラ自身の実力も合わさる事を考えると実力は如何ほどか。


 武器は鞭という珍しい武器だ。形のある武器とは違い無軌道な攻撃が可能で難度は高いが使いこなせば敵の背後からも攻撃が出来る特殊な戦い方が出来る。


 そしてクシェルが装着したのは【セイバー】。

 機種の名前自体は変わらないものの塗装は新しく白塗りされ、造形は一緒だがパーツも持っていた物とは比べ物にならないぐらい新しく基本の性能も向上している。

 それによって前よりも戦い安くはなったが、小さな所が調整が行き届いておらず引っ掛かっておりこれが試合にどう影響するか。

 武器は以前に使っていた剣をそのまま流用している。


 ミレナーラが少し動きを止めた所を狙い前に詰める。

 鞭はその特性から遠くを狙うのを得意としており、近づかれると自分をも巻き込む可能性があるためだ。


 前よりも早いスピードにまだ目が追い付いていないながらもタイミングを測って丁度いい間合いから剣を振り下ろす。


 ミレナーラはそれを視認しながら余裕をもって後ろに下がり躱すと鞭を使って一度ぐらいは攻撃を入れないと怪しまれるため攻撃を加えようとした。


 鞭の先端を手に持っている部分だけで望む場所に配置し、その後勢いよく腕をスナップさせる事で部分的に衝撃を発生させる打撃武器。

 それを知っているレントは剣で攻撃を発生する鞭の先端を斬り上げて攻撃を強引にキャンセルさせた。

 ミレナーラは1年生が冷静に対応した事に驚きつつもすぐに別の個所を狙おうと鞭を動かすが思うように動かせない。

 自分のミスとは思えないため鞭の先端に視線を移すと強い力で捻じ曲がっていた。


 クシェルはただ弾き飛ばしたのではなく、鞭の先端部の平面になっている端を狙い回転させる事で次の攻撃を遅らせる狙いがあった。


 ミレナーラもその狙いに瞬時に気付いて手首を回転させ修正するが、このままでは相手の身体に当てるのは難しいと判断して今から自分を狙ってくる上からの剣へと狙いを変えて剣を弾いて対応。

 そして押されている状況をリセットするためにミレナーラの方が距離を取った。


「おお。」


 観客席にいるマイクだけでなく後ろの二人も大きく感心を示した。


 今の束の間の攻防だけでもクシェルの実力の高さが示されている。今すぐにでも合格を与えても構わないほどだった。しかしテストはテスト、それにもっと見てみたいという気持ちも少なからずあったため今少し様子を見守ろうと考えた。


(やるねぇ!こんだけの逸材がよく眠ってたもんだ。)


 ミレナーラも感心し、この場でクシェルの実力を疑う人は完全に消え失せた。


 ―――だが、まだ終わりではない。

 クシェルは確かに手は抜いていなかったが、この魔導機装がどれだけ動けるのかという感覚を掴むために気を払っていた。

 それももう完了した。


 クシェルは静かに集中し足に力を溜める。

 太ももとふくらはぎが太くなり、このまま破裂するのではと思うほど筋肉と血管が浮き出る。

 やがてその力が一定水準高まると明らかに気配が変わった。


 それは観客席にいる4人にも伝わるほどで一番その気配を感じ取っているのは相対しているミレナーラだろう。

 全身がゾクゾクと毛が逆立ち、本能が警戒音を超えて退避命令を訴えかけてくる。

 だがミレナーラは逃げなかった。


 顔には笑みを浮かべて次に来る攻撃を今か今かと心待ちにする。この攻撃を見切れたら自分はもっと強くなるという漠然とした感覚があるからだ。


 クシェルは遂に足を踏み出した。同時に強固なステージの地面に足跡が残る。


 ミレナーラは極限の集中状態で加速し引き延ばされた時間の中でクシェルの動きを視認した。しかし動けない。

 理由は単純にそれだけクシェルの動きが速すぎるからだ。


 人間は身体を動かそうと思った際に僅かながらに実行するまでに誤差が生まれる。それは1秒にも満たない世界だがクシェルはそこに既に足を踏み入れていた。


 とはいえかなりの溜めの時間が必要になり普段は出来ないがミレナーラがかなり受け身な戦い方をしている事を知っているクシェル。今回は戦いを楽しむよりもテストに合格する事を優先させたが故のこの技だ。

 レントに見せた『不可視の斬撃』を超えた『不可避の斬撃』。


 クシェルが距離を詰め自分の目の前で剣を振り下ろす直前にようやくミレナーラの身体は脳からの指令を受けて腕を動かす。

 退避は間に合わない。鞭を限界まで引き延ばしそこで受けようとするミレナーラ。

 鞭の素材は特別製でしなやかさよ頑丈さを併せ持っている。切断はされないと祈りながら何とかギリギリで鞭で受け止めた。


 その瞬間、会場に轟音が響く。

 観客席に張られたガラスもビリビリと響き、すぐに落ち着き静けさが戻る。


 そしてマイクが魔導具へと近づいて。


「試合終了です。お疲れ様でした。」


 試合はまだ5分を経過しておらず、ミレナーラは防戦を貫いているためミレナーラから勝ちをもぎ取る事は無い。という事は―――クシェルの勝利だ。


 ミレナーラの鞭はクシェルの剣に触れる事に成功したが僅かに遅く、右首筋に剣が突き立てられていた。


 クシェルは剣を引いて代わりに左手を差し出す。


「ありがとうございました。」

「ふー、強いねぇ。」


 クシェルは勝利こそしたがあまり実感は伴わなかった。

 若干のぎこちなさから普段とは違うと分かっていたしルールもクシェル側が圧倒的に有利。勝ったというよりも無事に合格出来て良かったと言った感じだ。


 握手を交わしてミレナーラの顔を近くで改めて見るとようやく既視感の正体に辿り着いた。


 あの良く通う飲食店のウェイトレスだ。あの店の定員は可愛らしい制服をしているため学園の制服とは印象がまるで違う。


「あ、ようやく思い出した?私はとっくに気付いてたんだけどなぁ~。」

「す、すみません…。」


 少し意地悪な言い方をしながらも揶揄う以上の意味を持たせない屈託ない表情で笑うミレナーラ。


 観客席にいるレントは安堵と喜びで号泣しており、クシェルもまた涙を堪えて天井を仰ぎ目を強く閉じる。

 この日…クシェルはただの技巧科の生徒から魔装兵科の生徒としても活動出来るようになった。


 幼い頃に一度は泣く泣く諦めたはずの夢。それが今になって叶えられるとは思ってもみなかった。

 こんな数奇な運命を呪い―――祝い―――感謝しながらクシェルの新たな人生が幕を開ける。








 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


【魔導機装の一般技工士】の物語はこれにて終いです。

 とはいえ後日エピローグでその先どうなっているのかというのを少し書きますが、物語の本質自体は終わるので間違いではないと思っています。


 本来はもっと長く連載するつもりでしたが、全ては自分の力不足のためキリの良い所で終了させて頂きました。


 元々、主人公であるクシェルがレントとの出会いを経て一度は失った夢を再び取り戻す流れは既定路線だったので強引に終わらせた訳ではありません。

 ただもっと設定を練るべきだったりとか構成力が足りなかったりとか文章力が足りなかったとか…まぁ全部ですね。やり直すために作った世界を壊す訳には行かないのでこのような形になりました。


 読んでくださった方々はありがとうございます。

 後半は文章を書くのが難しいと感じたり、ここ数日は体調不良でまともに書く時間が無かったりで更新が遅れるのが常になってしまいましたが見てくれていると思えば辞めようとは思いませんでした。

 このまま続けるという選択肢もありましたが、恥ずかしながら自己顕示欲を満たしたいという欲もあります。それに他にも書きたい設定があるのでそのためにも終わらせなければなりません。


 長くなって申し訳ないですが、しかし頭では諦めても心までは諦められなかったクシェルが無事に魔装兵科に所属する事が出来た所まで書けたので悔いは無いです。


 設定をしっかり練り直すために期間は空くと思いますが、2作同時に連載を考えています。もし良ければ読みに来てくれると嬉しいです。


【魔導機装の一般技工士】を読んでくださって誠にありがとうございました!

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