第18話
「まぁ生まれはド田舎の小さな村でして。しかも土地の質が悪いので農業をしても取れる作物が少なくて村の特産みたいなのも無くて、とにかく貧乏だったんですよ。あぁ地元愛は結構強かったですね。国が好条件で移住を提案しても誰一人頷かないぐらいには。…なんというかのどかで綺麗な所でした。」
「へぇ行ってみたいなぁ。僕の所は何も無かったから。」
「機会があったたらな。フィヨナ先輩もどうです?」
「あ、僕は田舎行くの好きじゃないのでパスです。」
「そ、そうですか。」
確かに趣味からして田舎みたいな色んな物はあるけど刺激は無い場所は好きじゃないだろうなと思い、話を戻す。
「んで。そんな場所なんですけど俺の家の蔵に古い魔導機装がありましてね。何でも
少し長く喋り過ぎて照れ臭そうにクシェルは自分の頭を撫でた。
「やっぱり師匠は最初、魔導機装士目指してたんだ。どおりで強い訳だ。」
「でも特待枠取ろうとは思わなかったんですか?あの事前の実績が認められると無料で学校に通えるようになる奴です。」
「それは知ってましたけど確実じゃないですから…。基準が曖昧な物よりも点数っていう分かりやすい方が楽じゃないですか将来設計。」
特待枠というのはこの学園だけではない学校にもあるが、この学園は魔導機装士を育成しているという特殊性からその基準は勉学よりも才能に重きを置かれている。
例えば魔導機装の子供の大きな大会で優勝したりという分かりやすい物だったり、有名な人に弟子入りし箔を付けたり。ただその基準はクシェルが言ったように曖昧で学園側から才能があると思われなければどれだけ実績を積んだ所で意味は無い。
更には例年では多くても3人ほどしか取らないため余程の特別じゃない限りはその恩恵に預かる事は難しいだろう。
「…なんかレント納得いってないって顔してるな。」
レントが不服そうな顔で黙っていたのでクシェルは声をかけてみた。
「だってよくよく考えれば途中から切り替えたのに今でも鍛えてる訳だから…何か言ってない所があるんじゃないの?」
ちょっと図星を突かれて「うっ」と変な声が漏れてしまったがクシェルには更に考えがあったので問題ない。
「そんな事言ったらレントだって監禁中、色々大変な事があっただろうし。フィヨナ先輩も軽く言ってますけど入学まで簡単じゃなかったですよね?」
フィヨナは短い間だけ考えこんでから。
「うーむ個人的にはレント君を応援したい気持ちですけど僕達も詳しく言ってないのでこれ以上は無理矢理になっちゃいますねぇ。」
「そうですよ。別に端的にでしたけど、ちゃんと嘘偽りなく言いましたし。そんな裏切り者みたいに言われても…。大体レントが思うようなきっかけなんて無いぞ?1日なんて寝てる以外は16時間もあるのに全部を勉強に費やしてたら疲れるだけで気分転換に練習してただけだから。」
「そういうもんか…ごめん変な事聞いて。」
「いやいや、いいよ。レントの場合はでっかいきっかけがあったからな。他の人も同じように考えてもしょうがないし。…ちょっと湿っぽくなりましたね。フィヨナ先輩もう一度お願いします。」
フィヨナは二ヤリと笑い、ガラスのコップを手に持つ。
「クシェル君は先輩を立てるのが相変わらず上手いですね。それではぁ、もう一度レント君の勝利を祝って…乾杯!」
「「乾杯!」」
コップ同士は当てずに三人はまだ飲料が入ったガラス製のコップを空中に掲げた。
それからはテーブルの上に置かれた料理を食べながらのんびりと談笑する時間を過ごし、テーブルの料理が無くなった頃に解散となった。
その少し前…負けてしまったプロイロ、マオニ、オーウェンの三人は沈黙を保ったまま大通りを横一列になって歩いていた。
オーウェンはあれから気絶から起き上がりランキング戦の運営委員から一か月の出場停止措置を受けて、その帰り道の事だった。
周囲はまだ日が出ているため多くの生徒が暇つぶし、気晴らし、授業終わりの一杯を求めて各店を訪問したり道端で談笑して各々ゆっくりと過ごしている。
そんな中で3人の表情は暗い。やはり問題は自分達が漏れなく入学したばかりの1年生に負けてしまった事実。
油断もあった。余裕もあった。隙もあった。
だけどそれは負けた言い訳にもならないというのは三人とも知っている。本来であれば勝って当たり前。負ける事は許されない相手。
それなのに負けてしまったショックは心を大きく抉っていた。
「…おい。俺達も一週間後レントの野郎に三連戦もう一度させるぞ。俺達が受けてやったんだ。文句は言えねぇだろ。」
発言者はオーウェン。苛立ちが最高潮に達して額に血管まで浮き上がっている。
それも無理は無い。
何せ今回レントに負けたせいで順位が4472位から4734位にまで落ちてしまったのだから。決して楽とまでは言えなかった道のりがたった一回負けただけで水の泡になる事を許せる人間はそう多くはない。
それにマオニも同調した。
腕を頭の後ろに組みながら店先の看板を蹴っ飛ばす。
「ほんとだよなぁ。手ぇ抜いてやってた恩忘れてマジになってさぁ。」
「とにかく…ポイントは取り返さなきゃなんねぇ…俺が最初でいいよなぁ?」
「あ…あぁ。」
オーウェンは笑顔を作ってマオニに話しかけたが傍から見れば威圧するようにしか見えず、マオニは少しビクっとしながら頷いた。
このグループにも
一番上がオーウェンで他二人はオーウェンのやる事にただついていく。 友達のように気安く話もするが、その根本は揺るがない。
元々オーウェンが誘ったから出来たグループというのもあるが、オーウェンがこの中で一番腕っぷしが強いというのもある。
喧嘩をすれば間違いなくオーウェンが勝つため一度関わってしまえば後には戻れないと薄々分かっていた。
オーウェンの提案は完全に自分だけが得をする物だ。
相手の順位が低ければ低いほど勝った時のポイントは低く、高いほどに当然高くなる。だから自分が一番ポイントを貰うために、一番順位が高い状態のレントと戦える、提案という形の命令を下した。マオニもそれが分かってて逆らえずにただ頷く以外の選択肢は無かった。
「おいプロイロ。お前もそれでいいよな。」
さっきからずっと黙っていたプロイロに向かってオーウェンが話しかける。
オーウェンはすぐに了解の言葉が帰って来ると思っていたが、そこに亀裂が入った。
「俺、ここで抜けるわ。」
「…は?」
予想外の言葉にオーウェンの表情が険しく固まる。
だがプロイロはまるで挨拶を交わす程度の普通の表情のまま動揺を一切見せない。それを見てマオニはハラハラしながら見守る。
顔を近づけ視線で殺すつもりで眼を合わせるがプロイロは怯えず見つめ返すだけだった。それは明らかな反抗であり更にオーウェンは腹を立てる。
「情けねぇなぁレントにたかが一回負けた程度で降参かよ。」
「は?お前も負けてんじゃん。」
「お前と一緒にすんじゃねぇよ!あの最後の意味分かんねぇ力さえなきゃ俺は勝ってたわ!ただ一番最初に戦った癖に簡単にやられたお前と違ってなぁ!」
「…そうだなぁ。自分でも俺の弱さにビックリだわ…。だから抜けて自分で順位上げるんだよ。ここにいたところで成長出来ないって分かったしな。」
それに対してオーウェンは口を塞いでプロイロの身体を手のひらで押して、距離を取ると中背になりながら身体を震わせる。
「…はは。ははは!今更⁉もう3年だぞ?今から頑張った所で間に合わねぇよ!」
オーウェンは盛大に笑い、その声に周囲の人間も何事かと群がりを作り始める。
だがプロイロは気にせず話を続けた。
「確かに今更努力しても意味とか無いのかもしれないけどさぁ。…あいつに負けて『もし頑張ってたら勝てたんじゃないか』って思ってな。…それがスッゴイ悔しくて…同じ気持ちになるぐらいなら頑張って負けようと思ったんだよ。…お前はなんか思わなかったの?」
「俺か?思う訳ねぇだろ、次やったら絶対に勝てる相手だぞ。ってか俺は負けてねぇっ!」
このオーウェンの意地が最後の決め手となりプロイロは完全にこのグループから離れる事を決意する。
「悪いけどやっぱ抜ける。お前らといて楽だったけど…楽しくは無かったなぁ。」
「っ!簡単に抜けさせる訳ねぇだろ!」
去ろうとするプロイロへとオーウェンは腕を振りプロイロの顎を捉えようとしたが、プロイロは完全に見切り皮一枚の差でその腕を躱した。
その後一つ溜息を吐いてから後ろを向きオーウェンへと背中を向ける。
「速さなら俺の方が上なんだ。お互い疲れるのは無しにしようや。じゃ。」
そう言い残してプロイロは反対側の通りを歩いていき、やがてその後ろ姿も見えなくなった。
追いかけた所で逃げ足は向こうの方が上のためむしゃくしゃした気持ちを抑えながらオーウェンは進もうとしていた方向に身体の向きを変えた。
「チッ!」
「…どうするんだ?」
そんなオーウェンに機嫌を伺いながらマオニが尋ねる。
「あいつはもう知らね。レントももう捨てていいだろ。収支で言やぁ、ちょいマイナスだけどあの変な力は厄介だ。リスクが高い。それに、まだまだ入ったばっかの餌はうじゃうじゃいるしなぁ…。」
オーウェンは下卑た笑みを浮かべる。
オーウェンは今回の負けを反省する事無く早々に見切りを付けた。
判断力の速さだけは評価されてもいいかもしれないが下した判断の方はというと変わらず自分に勝つ可能性のある相手は避けるという逃げの姿勢。
確かにレントは恰好の餌だったけれど1年生は他にも沢山いる。ここで負けるリスクを背負って他のアタリを付けて今までと同じように脅して勝負を申請させて勝てばポイントは上げられるのは間違いでは無い。
…が。そこに成長は無い。延々と自分よりも遥かに弱い相手と戦っていれば勝てる勝負も勝てなくなる。レントとの試合が良い例だ。
プロイロはすぐさま自分の失敗を認めて、レントの勇気に看過されて前に進む事を決意したがオーウェンの方は薄々分かっているのにも関わらず見ない振りをして問題を棚上げ。
唯一残った舎弟のマオニも同じような考えで残った二人は次の餌となる生徒の目星をつけるために歩き出した。
少し日が暮れて黄色よりも赤みが強くなった空。
この時刻から段々と生徒達は自分達の部屋に戻るために寮の区域まで足を運ぶ生徒が多く、一人で帰る人もいれば仲の良い友達と一緒に帰る人もいる。
中にはカップルで男女手を繋ぎながら帰る羨ましい二人もいた。
レントもその内の一人…隣には誰もいない。
フィヨナは自分の部屋にいたため当然、居ないがクシェルはあれから日課のトレーニングを積むために演習場へと行くと言いレントも付いていきたかったが流石に疲れているから今日は休めという師匠の言葉を受けて一人で帰路についていた。
慣れた光景だがどこか爽やかな気分になる。
今まではどこかのあの3人が隠れていないかとビクビクしていたけれど自信がついた事で堂々と帰る事が出来た。
入学当初の期待と夢に満ち溢れていた日と同じような気持ちだとレントは感じていた。
そんなレントの所へ一人の男性が足音を鳴らしながら近づいて来た。
一瞬レントは警戒したがあの3人の内の誰でもないという事で身構えるのを止めた。
男性はピチッと整った黒味がかった茶髪。背は高くネクタイからして金色の4年生。バッジは銀だがその隣には勲章のような豪華な飾りが取り付けられている。
あれは【生徒会】の一員である証。
生徒会は総勢300名からなるランキング戦上位者だけが入れるこの学園を管理、運営している特別な組織。
大雑把に6000人の内、5%の人しか入れない事から全生徒の憧れの対象でもあり多くの生徒が目指す目標でもある。
生徒会は一般生徒よりも広くて豪華な寮が専用に用意されていて、寮に帰るだけならここにいる理由にはならない。
あるとすれば友人がここの寮なのか、それとも誰かに用事があったのか。
レントもそう考えたが目線が真っ直ぐ向けられていて確実に自分に用事があるのだと理解したが理由が分からない。
彼はレントから4歩程度離れた所で立ち止まる。
一体自分に何の用があるのかと心臓をバクバクと鳴らしながら次の挙動を待っていると生徒会の彼は自身の内胸ポケットに手を入れると一枚の紙きれを持ち出した。
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