第8話 魔法破壊の続行

 俺は、魔法陣の部屋に戻ると、アマンダ女史を起こした。

 女史は、椅子の背もたれに手をかけ、フラフラしながら立ち上がった。あくびをし、だるそうにしながらも歩きだしたが、頭を細かく前後にふり、視点が定まっていない。数歩進んだだけでよろめいたので、あわててささえた。


「――大丈夫。今日は、体調が悪いから、また明日来てちょうだい……」

 女史は、壁に手を突きながら歩き、廊下の向こうにある休憩室に姿を消した。


 翌日になっても、アマンダ女史は王宮に姿を現さなかった。

 労務局の召喚室で待っていた俺は、昼を知らせる鐘が鳴るまでそこにいて、これ以上待っても出勤してこないだろうと判断し、召喚室を出た。


 労務局の受付で訊くと、病気で休む旨、連絡があったとのことだった。

「アマンダ女史は、どうなってる?」

 俺は、管理人に確認した。

『仮病よ! 朝、起きたら、魔法が使えなくなっているから、驚いてる。いまのところ一時的なもので、少し休めば元に戻ると思ってる』


 俺は、魔法を使えぬことに気づいた女史を想像した。動揺し、混乱しているのにちがいなかった。魔法が使えないとなれば、王宮のなかでの、いまの地位を維持するのはむずかしい。


 その翌日も、アマンダ女子は姿を現さなかった。


 俺は、別の担当者の転移の仕事にまわされた。そこの担当者は、かなり高齢の魔術師で、召喚の魔法陣を描くのに、かなり時間がかかっていた。


 魔法陣の図表の資料を持つのが、体力的に厳しいらしく、俺がたずねたときは、絵を描くときに使用するイーゼル(画架)のような三脚の台に、目いっぱい大きく描かれた魔法陣の図を置き、それをみては、かがんで図や線を描き、また立ってみて描き、を繰り返していた。


 俺が声をかけると、腰をたたきながら、よっこらしょと立ち上がり、よたよたとこちらに歩いてきた。

「……手伝いか?」

「そうです。ここに行くようにいわれて――」

 高齢の魔術師は、ふらついて、俺によりかかった。


 ――おっと。

 俺は、あわてて魔術師の身体をささえた。

つかんだ腕が枯れ木の枝のように細い。足腰が弱っているのか、ほぼ体重の全部が、俺のささえた腕にかかってきた。

 俺も、力のあるほうではないので、一緒に倒れそうになったが、かろうじて踏みこたえた。


「……すまんの。わしは、アルスという。……お前の名は?」

 アルスという魔術師は、髪もあご髭もくすんだ灰色。首から上が高齢によるしわでおおわれ、顔の大きさにしては小さな眼や口が、しわのなかにもれ、目を開けているのかいないのか、口を開けているのかいないのか、よくわからなかった。

 俺がベルという名前だとこたえると、すぐに魔法陣の図を持って、手伝うようにいわれた。


「図表台を移動するのが、大変での。あれでも、けっこうな重さがあるのじゃ」

 アルスは背を向けると、片手を伸ばし、ついてこいというように、手のひらを下に向けてふった。


 魔法陣を描いていたところに戻ると、俺に図表台を持たせ、次の描く場所までついてこさせた。


「この図の続きは、あの台にのせてある。あれも、持ってきてくれるか」

 俺は、かかえていた台をそこに下ろし、指さされた先にある別の図表がのった台を、持ってきた。いわれたとおり、図表台は重く、少し移動させるだけで息切れした。数回運んだだけなのに、肩が痛くなった。


 みまわすと、あと数台、図表ののった台が部屋の四方のすみに置いてある。ああいう大きな図でないと、この魔術師の老いた眼では、正確に把握できないのだろう。

 

『その老人は、放っておいて! ほかの魔術師を優先して! このヒト、魔法陣を描くのが遅いうえに、描いた図にまちがいが多いの。ここ半年ぐらい、家畜用の魔法動物しか召喚できてないわ。人間の召喚をしている魔術師を先にして!』

 ふいに、管理人が呼びかけてきた。いちいち断りもしない。

「そうなんだ……わかった」


 俺は、アルス老人の手伝いをしながら、労務院内の召喚室を、こっそりとまわり、働いている魔術師を確認した。

 そのあと、通路ですれ違ったときなどに、不注意でぶつかったようにみせかけて、わざと相手の身体に触れた。

 数日のうちに、ほぼ全員の魔力エンジンを破壊できた。

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異世界人がいっぱい ― 召喚禁止! 異世界人が多すぎる ― ブルージャム @kick01043

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