第4話 覚醒

 眼を開けると、ベッドに寝ていた。ドッと記憶が蘇ってきた。

 そうだ、ここは、俺の部屋だった。


 俺は、下級魔術師の家に生まれた。

 下級魔術師は、召喚魔術を行う上級魔術師の補佐をするのが、主な役目だ。朝から晩まで、上級、中級魔術師にこき使われ、奴隷のように働かされる。


「ベル! 起きてるの? 早く下りてきて、食事をしなさい!」

 母親の声が聞こえた。


 上下ともグレーの下着をつけ、その上から暗緑色のズボンと、やはりグレーの、ひもで前を締める形の上着を着る。

 今は、この世界の冬だ。少し肌寒い。前生の地球での気候でいえば、この辺りは、亜熱帯性気候に近い。夏は暑く、冬も、それほど寒くならない。それでも、日によっては冷えこむときがあり、衣服での調整が欠かせない。


「いま、下りるから」

 もう一枚、上に着込むと、ゆっくりと階段を下りた。


 頭のなかで、よみがえってきた転生時の記憶と、十六歳までの今生での記憶がせめぎあい、ごちゃまぜになって、ぐるぐる回っている。

 壁に手をついて下りないと、ふらついて、一階に転げ落ちそうだった。


 階段を下り、すわって食事を始める頃に、ようやく整理がついて、頭と気持ちが落ちついてきた。

 目の前の母親をみる。前世の母よりも、老けてみえた。確か、歳は30代後半で、前世の母と、そうは変わらなかったはず……。

 が、倍の年齢ぐらいにみえた。医療や化粧の技術が未発達のせいだろう。アンチエイジングという概念など、存在さえしないかもしれない。


 食事を終え、外に出ると、父のマシューが早朝の務めからかえってきたところだった。

「今、起きたのか? ドレイク様がお呼びだ」

 疲れた声でいうと、俺と入れ替わるようにうちに入った。物心ついたときから、いつも疲れた顔をしている。眼にくまのない顔を見たことがない。


 父だけでなく、下級魔術師は、みな疲れた顔をして、一日中働いている。父も、短い朝食をとったら、同じ下級魔術師の母とともに、また王城内に戻り、家政魔術師として貴族につかえなければならない。


 魔術師は、みな魔術師試験に受かったとき、王族、貴族、軍属者に従う魔法契約を結んでいるので、魔法が使えない貴族にも、黙々と従うしかない。逆らえば、契約時のペナルティで、全身に痛みが発生する。場合によっては、生命を失う場合もある。


 この世界は、貴族を頂点とした階級社会であり、強力な処罰規定のついた契約社会でもある。最下層が奴隷で、それより上位の階層も、さらに上の階層に、奴隷に近いペナルティ付きの労働契約で縛られている。


 俺は、契約は気にしていない。契約魔法の使い手は、なかなか居ないので、契約用の魔道具が安く売られている。

 俺のような下級魔術師の契約は、一番安い魔道具で行うため、魔力の強い人間なら、たやすく契約をペナルティのないものに変更し、解除できる。

 

                  *

 

「およびでしょうか」

 俺は、執務室に入った。 


「遅いぞ! もっと早く来い」

 上級魔術師のドレイク卿が、正面の机から鋭い眼でにらんでくる。


 父から伝えられてすぐに来たから、遅いはずがない。ドレイク卿は、どんなに急いで来ても、必ず、遅いという。身分の低い者は、怒鳴りつけて従わせるのが、当たり前だと思っているのだ。


 頭をさげる俺を無視して、

「――見習い期間は、終わってるな?」

 事前に調べて、知っているだろうことを、わざわざ訊いてくる。


 俺は、早く解放されるよう、唯々諾々と従った。

「――はい、……終わっております」


「よし! 早急に、アマンダを手伝ってくれ!」

 上級魔術師のアマンダ女史を手伝ってやれとは……俺は、どう返答しようか、迷った。

 アマンダ女史は、いま何をやっているのだろう?

「アマンダ様は、どこに、おられるのでしょう?」

「労務院だ。行けばわかる! 早くいけ!」

 ドレイク卿は、まるで、犬か猫を追い払うように、手を激しく前方に振る。


 俺は、ムッとしたが、言いつけにしたがって部屋を出た。前世の記憶を取り戻す前の俺は、言い返したりせず、素直にいうことを聞いていたらしい。急に態度を変えると、怪しまれてしまうだろう。


 俺は、この世界に生まれてからの記憶をたどった。ドレイク卿に関しては、会うたびに怒鳴られるので、おびえの感情が強かったようだ。だが、それも、前世の記憶を取り戻したことで解消されたようだ。


 記憶を取り戻すと同時に、抑制されていた各属性のスキルレベルが、一気にあがった。光属性魔法の精神強化スキルのレベルもあがり、少々の精神攻撃、圧迫は、受け付けなくなった。

 ドレイク卿は、怒鳴りつける際、精神抑圧魔法を付加していた。いままでの俺は、魔法をかけられたことに、少しも気づいていなかったのだ。


 俺は、王国労務院に向かった。

 そこにいるはずの、アマンダ女史を手伝わなければならない。

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