第28話 不穏な音、モールドの決意

日が変わり、モールドたちは再び森の中に入っていくことになった。


前回と同じように森の中を闊歩していくが、討伐が進んでいるおかげかほとんど猪と出くわすことがなかった。


「もう全部狩り尽くしたのか?これなら修復作業のほうがよかったぜ」


ガヴがあくびをしながらそうつぶやいた。


ただの何もない空間で当たり障りのない木々とすれ違うだけの作業よりかは、いろんな人がいる力仕事のほうがいくらかマシだろうな。


「そうかな?あんな重い荷物を運ぶのはもう嫌だよ」


モールドは気だるそうに背を丸めた。


力仕事が向いていないモールドにとってはかなり酷な作業だっただろう。


それにしても退屈が過ぎる。


俺だって普段何もしてはいないが、森の中を歩くだけはさすがに退屈だ。


こうしてさまよっている間に、あっという間に空がオレンジ色になってきた。


なんと遭遇数はゼロ。


あの殺伐としていた森が、今では驚くほど閑散としている。


たった一日空いただけで、こんなにいなくなるもんなのか?


「おかしいな。本当になにもいねえ」


「これでこの森も安全になったってことだよ。もう暗くなってきたし早く帰ろうよ」


「まあいいだろう。今日はこの辺にしとくか」


ガヴは納得していない様子だったが、仕方なくそのまま帰ることにした。


村での点呼を終え、街行きの馬車に乗り込む。


「腹減ったな。今日はなに食べようか」


馬車を降り、背伸びしながらモールドに話しかける。


「ここのごはんおいしいから迷っちゃうね。マーリンはどう?」


「私は別に何でもいいわよ」


「うーん、決められないし、回りながら考えようよ」


「それもそうだな」


三人が食事処を探しに行こうとした瞬間、遠くから地鳴りのような音が。


「今のなに?」


みんな辺りを見渡し、音の原因を探していると、さらに大きな音が。


「おい、まさかあっちじゃないよな?」


ガヴが指差したのは馬車の後ろ。


俺たちが帰ってきた方角。


「これはまずいな…みんなは街にいろ。私が見てくる」


そう言うと馬にまたがり、颯爽と村に向かって走り出した。


生徒たちはざわめきながらも街の中に入っていく。


ただ、モールドだけは村のほうを見つめたまま動こうとしなかった。


「モールド。村が心配なのはわかるが、あんな大ごと、俺たちにできることはない。先生が行ったんだ。大丈夫だろ」


「でも、着くまでは時間がかかるよ。そうしてる間にも村の人が…」


また一つ、大きな音が轟く。


モールドのこぶしは強く握られていた。


「だったらなおさら、今俺らが行ってもすぐに助けられないことには変わりないだろ。マーリンは瞬間移動の魔法とか使えないのか?」


「使えてたらとっくに使ってるわ。そもそもそういう系の魔法は難しいから先生レベルじゃないと無理よ。そういうのはほとんど魔道具に頼られてるわ」


「魔道具…そうだ」


モールドがポケットの中を漁り、取り出したのは帰還石だ。


「これ、村の入り口に行けるんだよね?これを使えばすぐに助けに行けるよ」


「確かにこれならすぐだが…本当に行くのか?」


「もちろんだよ。みんなを守らなきゃ」


モールドの目からは強い意志が感じられる。


あのモールドが自ら危険な場所に行こうとしている。


「だったら俺も行く。一人より二人だ。一緒にやってやろうぜ」


「ほんと⁉ありがとう!」


ガヴもポケットから帰還石を取り出した。


「ちょっと、向こうの状況はまだわからないのよ?なにが起こっているか、どんな危険が待ってるのかわからないわ」


「だから行くんだよ。そんな危ない状況だからこそ助けなきゃ」


モールドの発言にマーリンは言葉を詰まらせた。


そして言葉の代わりに大きなため息を吐き出した。


「仕方ないわね。私も行くわ。でも、無理はしないことね。死にかけても帰還石には頼られないわよ」


「うん、わかった」


モールドは唾を飲み込むと強くうなずいた。


「よし、準備はいいな。みんなを助けに行くぞ!」


「おおっ!」


三人は帰還石を振り上げ、同時に地面にたたきつける。


すると三人は白い光に包まれ、姿を消した。


…しまった!おいてかれてしまった!


帰還石なんて持ってないぞ!


モールドがあんな危険な場所に行ってるというのに俺はどうすればいいんだ!


「アル!こっちよ!」


頭を抱えていたところに、マーリンの声が聞こえてきた。


さっき一緒に消えていったはず。


辺りを見渡しても誰もいない。


「マーリンか?どこだ!」


「こっちよ!早く来て!」


なんだ?体が宙に浮いている。


上を見ると、頭上に魔法陣が出来上がっていた。


吸い込まれる!


次第に地面が離れていく。


と思った次の瞬間、今度は地面が近づいてくる。


そしてそのまま地面に衝突した。


「いたた…何が起こったんだ?」


「私が呼んだの」


顔を上げるとそこにはマーリンがいた。


「お前、そんなことできたのか?」


「幽霊の召喚なんて朝飯前よ。そんなことより、二人はもう先に行ったわよ」


村を見ると、大量の白い猪が縦横無尽に駆け回っている。


森には全然いなかったはずなのに。


そしてその奥、家の陰からはみ出る白い巨体。


あれがこの猪たちの親玉だろう。


にしてもでかすぎじゃないか?


あの巨体を大きく揺らし、家を破壊している。


こうしちゃおれない、早く向かわなければ。


「モールドはどっちに行った」


「あっちよ。ついてきて!」


マーリンと共に走り出す。


地鳴りと悲鳴の中へ。

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息子を思うと死んでも死に切れん! 雨蛙/あまかわず @amakawazu1182

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