第20話 悔し涙、モールドの心の奥
モールドは屋上にいた。
屋上の端っこに丸くなって座っていた。
こういう時は大抵、思い悩んで泣いている。
さっきの戦いがよほど悔しかったのだろう。
モールドの隣に座り、肩に手を回す。
それと同時に風がモールドを包み込むように通り過ぎていく。
「ここにいたか」
俺と同様に追いかけてきたパスヴァルがモールドの背中に声をかけた。
モールドは何も反応せず、そのままうずくまっている。
その様子にパスヴァルは何も言わず俺と反対側のモールドの隣に座った。
「実は止める少し前から君たちの戦いを見ていてね。なかなかいい戦いだったぞ。だからそんなに落ち込むな」
パスヴァルはいつもの厳格な雰囲気とは打って変わって優しく声をかけたが、モールドは無反応のままだ。
励ましの言葉はモールドの心には届かなかったようだ。
「しかし、あの時なぜ攻撃したんだ?ロットの言う通り、勝つことはできないかもしれんが、負けるよりましだったろう」
その問いかけに、モールドはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「僕のせいでお父さんが弱いことになることが嫌だったんだ。お父さんが積み上げてきた名声に傷をつけたくなかった。だから何としても勝ちたかったんだ」
モールド、そんなことを考えていたのか。
知らないうちに重いものを背負わせていたようだな。
「そうか。結果はどうあれ、その想いはきっと父さんに届いているはずだ」
その通りだ。
俺はその想いで心が乱舞している。
今すぐ全力で胴上げしたいくらいだ。
「先生はお父さんは生きてると思う?」
「アルのことか?生きているとは信じたいが…」
パスヴァルは口ごもりながら曖昧な回答をした。
その曖昧さが逆に正確な答えになっている。
「僕も生きてるって信じてる。なにがあっても帰ってくるって約束したから。でもロットはお父さんは死んでるって言ったんだ」
「まあ、そういう考えの人もいると思うが、気にすることはないさ」
パスヴァルはモールドに微笑んで見せた。
だがモールドの顔に笑顔は戻らなかった。
「絶対に生きてるって信じてる。信じてるんだ……」
モールドはまた大粒の涙を流し、うつむいた。
そして抱えていた膝を強く握った。
「でも、ロットがお父さんは死んだって言った時、僕は完全に否定できなかったんだ。お父さんのことを信じているのに、心のどこかで、僕は……」
その場にモールドのすすり泣く声だけが響いた。
俺もパスヴァルも何も言い出せなかった。
俺が死んでると感じていても、へこたれずにずっと信じてくれてたんだな。
俺とパスヴァルは一緒にモールドの頭を撫でていた。
「君は強くて優しいな」
「そんな、僕なんかじゃ誰にも勝てないし、みんなに比べたら誰よりも弱いよ」
「君は君なりの強さがある。それを磨いていけばいいんだ。人によってできることは違うんだから、自分にできることをやればいい」
「僕にできること…うん、わかった」
モールドは泣きながらも、小さくうなずいた。
「しかしあれだな。君は父親に似ず、人のことをよく考えるいい子に育ったな」
「お父さんのこと知ってるの?」
「ああ。昔一緒に仕事をしていてな。よく手を焼いていたもんだ」
パスヴァルは空に過去を見て、苦笑いをした。
「あいつは強さこそあったが、どうも一人で突っ走るところがあってな。こっちが作戦を考えているうちにいつの間にかいなくなってるなんてことがざらだった。まるで負けるということが頭にないように。おかげでうまく立ち回るのに苦労したもんだ」
パスヴァルは昔俺にしていたようにため息をついた。
「そうなんだ。お父さん、やっぱりすごかったんだね」
「どうだかな。世間はアルは最強だなんだと言っているが、死にかけることも稀じゃなかった。私たちが助けなかったら、何回死んでいたことか」
黙って聞いてりゃ、ずいぶんとバカにした言い方だな?
くそ、俺が生きてりゃ、今すぐ武勇伝に直してやるのに。
「お父さんのそんな話、初めて聞いた」
モールドはいつの間にか泣き止み、目を丸くして聞いていた。
「そうだろう。あいつ自身、大げさに話すところがあるからな。その話が独り歩きしていき、いつの間にか最強の騎士が出来上がったんだろうな」
「お父さんは先生やみんなに支えられたから最強になれたんだね」
「ああそうだ。人にはそれぞれ長所と短所がある。君はこれから自分の長所を伸ばし、人の短所を補っていくんだ。一人じゃなく、みんなで勝つんだ」
「みんなで勝つ…わかった!」
モールドはパスヴァルの助言のおかげで元気を取り戻し、悩みを吹っ飛ばすように笑った。
パスヴァルは昔から人の相談に乗るのがうまかった。
俺だとこんな相談に乗ることなんてできなかっただろう。
パスヴァルが先生でよかった。
騎士よりこっちのほうが天職なんじゃないか?
「これから自分の得意なことを磨いてもいいし、増やしてもいい。ここは学校だから強くなるためのことは何でもできる。好きにするといい」
「はい!」
モールドは元気よく返事すると、スッと立ち上がり、屋上からの階段を駆け下りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます