第14話 理解せよ!幽霊の仕組み

「よく見りゃお前も幽霊じゃないか。まったく、なんなんだ君たちは」


俺が思ってることをそっくりそのまま返された。


老人は一つ大きなため息をついた。


「それで、話はなんだ?どうせわしの財産を奪いに来たんだろ」


「違う!俺は幽霊としてなにができるかを教えてほしいんだ」


「そんなこと聞くために戦ったのか?」


「あんたが聞く耳を持たなかったから落ち着かせるためにな」


「その割には殺す気で来てたよな?」


「いやあ、久しぶりの戦闘でつい熱が入ってしまった。すまない」


「すまないじゃ済まないだろ!わしの腕切られたんだぞ!」


老人は押し付けるように切られた腕を俺に見せてきた。


「確かにそれはちょっとやりすぎたな」


「そうだろう。罪悪感が芽生えてきただろう。これくらい自力で治せるけどな」


そういうと老人の腕がにゅるにゅる生えてきた。


「そんなこともできるのか。気持ち悪いけどすごいな」


「気持ち悪いとはなんだ。いい加減にしないと拗ねるぞ」


「わかった悪かったって」


「まあいい。話は中でしよう。ついてきな」


老人は少し不服そうだったが、俺たちを館の中に案内した。


そしてさっき俺たちが入っていった部屋のドアを開けた。


「ちょっと待て!何であんたはドアを開けれるんだ?」


「なんだそんなことも知らないのか。それも教えてやるから早く入れ」


部屋に入ると、本の山に埋もれた椅子が二つ宙に浮き、俺たちの前に置かれた。


マーリンはそこに静かに座った。


「あの、俺は座れないんだが」


「そんなことはわかってる。そう慌てるな」


老人は机の前に立ち大きく咳払いをした。


「わしの名はマハウス。魔法を愛し、魔法に愛された男だ。さて、お前さんは何も知らないようだから初めから教えてやる。まずはこの体についてだ」


意気揚々と語りだした老人は両手を広げ、その体を隅々まで見せつけてきた。


「お前さん、この体についてどう思う?」


「どうって、ただのスケスケの体だろ」


「ではその体を形作っているものは何だと思う?」


形作るもの?


考えたことなかった。


生前で言えば肉体とかなんだろうが…。


「なかなか難しいだろう。そう、それはつまり、魔力だ!生前持っていた魔力が肉体から離れ、独立したのがこの体だ」


「なるほど!って俺は一切魔法が使えないんだぞ。俺に魔力なんてあるわけがない」


「魔法に詳しくないやつはそう思いがちだが、魔力というのはどんなものにも存在している。生まれたての赤ちゃんでも、そこらにある石でもな」


「うーむ…よくわからん」


「だろうな。戦った感じ、お前さんは頭ではなく感覚で生きているだろう」


確かに昔、いろんな人から『もっと考えて行動しろ!』って言われていたな。


考えるのは疲れるから嫌なんだよな。


「形のない魔力の体のおかげで物をすり抜けたり、新しく体を形成させたりすることができるのだ」


「そうだ、体がすり抜けるのにあんたはドアを開けたよな?それはどうなんだ」


「我々のこの魔力で出来た体は、実体ではなく魔力をとらえることはできるのだ。ほとんどのものはすり抜けていくのに、お前さんが歩いているこの床、すり抜けないことに疑問を感じたことはないか?」


そう言われてみればそうだ。


この部屋があるのは三階。


すり抜けて下まで落ちてもおかしくないのに、俺はこの床の上に立っている。


「いや、だったら俺がドアとか椅子とかすり抜けるのはなんでなんだよ」


「いい質問だ。それは動くたびに魔力が分散し、とらえにくくなっているからだ。だからそういうものに触れるためにはコツがいる。では、さっき用意したこの椅子で練習してみようか」


マハウスはさっき飛んできた椅子を指さした。


「このようにこの椅子の魔力をとらえることができれば座ることもできる」


マハウスは俺の目の前で普通に座って見せた。


「なるほど。それで、どうすればいいんだ?」


「どうということはない。ちょっとだけ椅子を意識すればいいんだ。簡単だ。やってみろ」


マハウスは再び立ち上がり、俺の目の前に椅子を置いた。


何の変哲のないただの椅子。


その椅子にゆっくりと腰を下ろす。


椅子とお尻が静かに触れ合う。


かと思いきやそのまますり抜け、代わりに硬い床が俺の尻を出迎えた。


「おかしいのう。これくらいできると思ったんだが」


「おい、もっとわかりやすく説明してくれ」


「そんなこと言われてもなあ。魔法と同じでイメージするだけだぞ」


「だから俺は魔法は使えないんだって」


「これ以上のことは何とも言えない。自分で練習するんだな」


まだなにもつかめてないが、情報を知れただけでありがたいか。


「それともう一つ、教えてやろう。自分の魔力を分散、凝縮させる方法だ。これによって普通じゃ通り抜けられないところを通り抜け、自分の体を実体化させてものに触れることができる」


「前者はわかるんだが、後者は椅子のやつと一緒じゃないのか?」


「そうだな。他の魔力を掴むことと自分が実体化することが違うだけで、使いようは同じだな。だがこっちはより動きが激しく、魔力が掴みにくい時に有効だ。戦闘の時がそうだ。後は普通のやつでも姿が見えるようになる。後は生きているやつに視認させることができることだな」


「どうせそれも難しいんだろ?」


「魔力を扱う以上、魔法が使えないときついかもしれんな。魔法とはイメージの世界。自分の体、持っているものをより強くイメージしろとしか言いようがないな」


「そんなイメージイメージ言われてもなぁ…」


「そう思うかもしれんが、実はお前さんは一度使えておるぞ」


「俺が?いつ?」


「お前さんが剣を振った時だ。あの瞬間お前さんの剣は実体化されていた。自覚がないのなら、それだけ鍛錬と実績を積んで剣のイメージが無意識にできていたということだろう。それに、お前さんが身に着けている鎧も、腰に下げている剣も、イメージ出来ているからそこにあるんだ。日常的に身に着けているから無意識に再現できているんだろう」


「そういうもんなのか」


「それができたんだから不可能ではないということだ。わしの腕は切れてはいたが、実態のあるものはまだだろう。だからあきらめずに練習することだ」


「なんもわからんがわかった!ありがとう」


「さあ、これくらいでいいだろ。早く帰ってくれ」


「ちょっと、私の話が終わってないわよ」


おとなしく座っていたマーリンが、解散の流れを断ち切るように口をはさんだ。


「はあ?もうだいぶ話しただろ」


「私の目的はその人とは違うの。私はあなたの討伐依頼を受けてここに来たんだから」


そういうとマーリンは杖をマハウスに向けた。


「ちょっと待て!わしは悪霊でも何でもない!ただ魔法の研究をしているだけなんだ。見逃してくれよ…!」


マハウスは今にも泣きそうな顔で膝をついて懇願している。


悪いやつではなさそうではあるが、依頼失敗で報告するのもマーリンがかわいそうだ。


ここで見逃してもほかのやつがまた依頼を受けてくるかもしれないし、どうしたものか。


「だったら、私に考えがあるわ。あなたの持っているその本たちを私にも読ませてくれるなら、何とかしてあげる」


「ほんとか!本なんか好きに読んでくれて構わない。だから成仏だけは勘弁してくれ!」


「わかったから、そんなに泣きわめかないの!」


マハウスの顔は一度丸めた紙みたいにぐしゃぐしゃになっていた。


「それで、具体的になにをするんだ?」


「依頼主はここの買い取り手がいなくて困っていたの。だから私がここを買い取るの。そうすればマハウスを討伐するやつは来なくなるでしょ」


「そんなことをしてくれるのか?本当にありがとう!」


一通り泣いたマハウスは俺たちに何度も頭を下げた。


「なんだかんだあったが、お前さんたちが来てくれてよかった。また何かあったら来るといい。そういえばおぬし、名前はなんだ?」


「俺か?俺はアルだ」


「そうか。自分の名前だけは忘れるんじゃないぞ。自分の名前を忘れた時、悪霊化している証拠だからな」


「ああ、わかった」


陽気な爺さんに見送られながら、館を後にした。

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