舐めんな小娘が!
「一人のようだけれど……」
皮を剥いで作ったらしき簡単な服に腰には研いだ石を木の棒に括り付けた簡易的なナタのような武器が備わっている。
もともとここに住んでいる魔人のようね。
ただ彼女の姿を見る限り、服はところどころ裂けたり傷ついたりしてボロボロ。肌に土がこびりついてあちこち血を流している。——見ているだけで痛々しい。
「にゃー⁈ にゃ!(お前、助ける。代わり、飯)」
そう言って彼女は腰のナタの持ち手部分を口にくわえ、両手を上げた。
その動作になんの意味があるのかははっきりとは分からないけれど、敵対の意志があるわけではないのは確かのようだ。
「ふむむ……どうしたものか」
まずは状況を聞きたいところだけどどうもそんな悠長なことを言っている場合ではないみたい。
わざわざ言葉の通じなさそうな私に対して助けを求めているのだからよっぽどお腹が空いているのだろう。
しかし、そこまでするくらいなら普通に私を襲った方が早いような?
どうして襲ってこないんだろ?
「にゃ、にゃあ⁉ (殺さないで!)」
とりあえず私はそう言ってみた。
今まで何年翻訳家をやっていたと思っているんだ。当然この言語も知っている。
「にゃ——にゃにゃーんにゃ! (殺さない、絶対、約束。嘘、嫌い。お前、好き)」
「にゃ? (私を襲わないの?)」
「にゃん! (エルフ、天才! 料理、得意、知っている)」
「ほほう。にゃ? (あなたの名前は?)」
「にゃんなにゃにゃ! (ヘルシス)」
おやおや。
どうやらヘルシスさん、あなたはずば抜けて審美眼が素晴らしいみたい。どこぞの魔王とは天と地の差があるわ。
「とは言え、今すぐに何かあげられる食べ物ね? なにせ今住処を作り終えたばかりだから何もないような気がするけど——あ、そう言えば」
確か川で魔魚を三匹も手に入れていた。
アレをあげよう。
別にここにさえいれば食べ物にはあまり困らなさそうだし。
私は先ほど手に入れた魔魚を見せてみた。
「ふふん! どう? これあげるわ! お返しは気にしなくていいから」
ドヤァっとする私。
三匹とも全部持って行っていいわ。私はエルフだから天才なの。
どうせすぐに手に入れられるから。
しかし——?
「…………」
反応がない?
無表情。
猫のような耳をピコピコさせるだけでヘルシスさんは何の興味も示さない。
ま、まさか足りないって言うの⁈
「にゃにゃ? (調理、忘れてる?)」
「は?」
な、なななな、なんで私が調理してあげなきゃいけないのよ?
おかしいじゃない。譲ってあげた側よ? 私は。
生で行きなさい生で!
私が悶々としていると突然、目の前でヘルシスさんはどさりと倒れ込んだ。
そこまで空腹なのか! と思った矢先、こんな言葉が飛んできた。
「——にゃふ……! (こいつ、外れのエルフ……前のエルフ、やっぱり神)」
「な、なななんですって?」
前にエルフがいた⁈
いや、そんなことより——私が外れのエルフですってー?
この私が? いや、待って!
王都で一番有名なエルフと言えばこの私なのよ!
舐めやがってるな、こいつ!
「出来るわよ! これくらい!」
私は両手をかざして——いや、私レベルになると片手でも十分だ。
魔力を込める。
次の瞬間——バフっと炎が燃え上がる。
焼き魚の完成だ!
「どう⁈」
私はヘルシスに差し出す。
「……にゃーん (焼けばいいと思っている、馬鹿だ)」
「ぐっ! にゃにゃん? (もうあげないよ?)」
「にゃにゃーん! (そんなもん、いらなーい)」
そう言うとそっぽを向いて欠伸をし始めた。
こいつ、もう絶対にあげないから!
「ほーん、じゃあもう私が食べるから!」
私は焼き魚にかぶり付いた。
美味し……苦いな。
脂もそんなにのっていないし、普通にまずい。
え、ここら辺ってこういうのしかないの? もしかして。
流石に食べられない……。
「にゃ、にゃあ (あ、私の!)」
ちらりと視線を戻すとヘルシスさんは少しよだれを垂らしていた。
こいつ、いらないって言い切ったじゃんか……。さてはアホなのか? アホの子?
「にゃ? (いらないんじゃ?)」
「にゃ……にゃあ (ごめんなさい)」
「……プライドないのか」
馬鹿なんて言ったこいつに返すのは癪に障るが、流石に食べきれる自信がない。
だから別にあげちゃってもいいんだけど……。
「にゃ(駄目。私が食べる)」
「にゃあー!! (え! 駄目駄目駄目!)」
そう言って私が無理やり噛みつこうとした時だった。
ドシン!——っと地響きが鳴る。
ヘルシスさんは何か知っているのか、急に青ざめた表情に変わった。
そう言えばどうしてここまで怪我していたのだろうか。
その答えは次の瞬間に分かった。
背後に視線を向けると——
私の五倍はある体躯、その辺に生える木よりも巨大なこん棒、そして極め付けは牙丸出し舌を出して生暖かい息を零す赤い顔。そこからギョロっとこちらを覗く眼。
そいつは……鬼だった!
翻訳家エルフ、魔王都を追放されたので田舎でカフェ開いたら、言葉が通じない魔物たちに囲まれました ケチュ @Kenyon_ch
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます