7-1-2.

 神樹に到着したわたしたちは、思わず息を飲んだ。

 木々は焼け焦げ、地面には真っ黒な染みがいくつも、ぶすぶすと煙をあげている。

 肝心の神樹はまだ無事だけど、神樹を背にしたエアさんとソルトは苦しそうだ。

 エアさんとソルトを囲んでいるのは、黒いローブをまとった数人の魔法使いと、赤いローブ、緑のローブを着た魔法使いがひとりずつだ。

「クリスお嬢様、どうされますか? おふたりが囲まれていては、迂闊に手出しできません」

「ローブの人たち、まだこっちに気付いてなさそうだから、全員後ろからやっつける!」

「ええ!? クリスお嬢様!? ちょっと待ってえっ!?」

 ソニアの慌てた声に、ローブの数人が振り向く。

 しかし、遅い。わたしはすでに、加速して跳躍している。

「止まれ、神樹と精霊がどうなってもがあっ!?」

「どうなってもいいわけないでしょ! だから止まらない!」

 ロッドの先から石の弾丸を発射して一気に数人を蹴散らし、すぐに地面を蹴る。

「こいつ知ってるぞ、クレイマスターのばはっ!?」

「は、速すぎふぅっ!?」

 残るは三人だ。小さく息を吐いて、ロッドの先から魔法式を躍らせる。

「サディアス様、お逃げくだざびっ!」

 これで、残っているのはレイジングフレアとハリケーンの公爵ふたりだけだ。

 パキ、と小さな音を立てて、腕輪にはめた速度アップの結晶が砕け散る。やっぱり、腕輪の結晶は消費が激しい。

 すかさず、腰のきんちゃくから新しい結晶を取り出して、腕輪にはめ込んだ。

「黒き炎よ!」

 赤いローブを着たサディアス・レイジングフレアが、真っ黒な炎の球を投げてくる。

 ちらりと後ろに視線を向ける。避けたら、まだ燃えていない木に当たってしまう。

「クリスタルバレット!」

 嫌な予感がして、魔力をだいぶ多めに込めたのに、炎の球を相殺するのが精一杯だった。

 本当は、炎を貫いてサディアスに結晶の弾を当てようと思ったのに。

「クリスさん、気をつけてくださいっす。その炎、精霊由来の魔法との相性が最悪っす!」

 エアさんの言葉に、こくりと頷く。

「これこそは古い魔法に変わる新しい魔法。世界を手中に収める、我らレイジングフレアのみに許された力だ!」

 うわ、世界を手中に収めるって言っちゃった。それこそ、国家反逆の疑いありなのでは?

「援護しろ、ハリケーン! 逆賊と、逆賊に操られた精霊をやむなく退治しようではないか」

「精霊まで倒しちゃって、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「なに、神樹さえ残っていれば精霊はまた沸いてくる」

 ふたりのやり取りに、ふつふつと怒りがこみあげてきた。精霊をなんだと思っているの。

 こんな人たちに、エアさんやソルトを傷つけさせてたまるものですか。

「クリスタルランス!」

「黒き炎よ! 壁となれ!」

 炎の壁に当たった鉱石の槍が、一瞬にして溶けて消える。

「そのまま走りなさい、黒き炎よ!」

 ドリスが、黒い炎の後ろから風魔法をぶつける。

 ドリスが使った魔法は、精霊由来の魔法のはずだ。火と風の相性がいいのか、黒い炎にぶつかっても消えるようなことはなく、黒い炎をサポートするような形にしているみたいだ。

 走るというほど速くはないけど、風に煽られて勢いを増した黒い炎の壁が迫ってくる。

 今のわたしの速さなら、避けるのは簡単だ。簡単だけど、後ろにはソニアがいるし、黒いローブの人たちも倒れている。

 わたしとソニアがうまく避けたら、どうするつもりなのだろう。

 味方ごとなんて、本当に信じられない。

「ストーンウォールを結晶化……ストーンバレットを結晶化……!」

 片手ずつ別の魔法を結晶化させて握りしめ、両手をあわせた。

「ストーン・ウォール・バレット!」

 とってもそのままな、わたしの残念なネーミングセンスはともかく、魔法自体はイメージどおりに発動してくれた。

 バギャギャゴ、と耳障りの悪い音を立てて、黒い炎の向こう側、火と風のふたりの左右に打ち立てられた石壁から、大量の石つぶてが発射される。

「きゃああ!」

「くっ……うおおおお!」

 どうやら命中したようで、迫ってきていた炎の壁がふいと消える。

 今ので、ドリス・ハリケーンは気絶したみたいだ。

 サディアスも膝をついて、脇腹を押さえている。

「二種類の魔法を重ね合わせた上に、離れたところで自由に発動できるというのか!? そんなばかなことがあるものか!」

「そういえば出せたね! やったあ!」

「おのれえ……やってから気付いただと!?」

 エアさんも、信じられないといった表情でぽかんとしているから、これはこれで結構すごいことだったのかも?

 ソニアは例によって、大粒の涙をぼろぼろこぼして「ご立派になられて」なんて言ってくれている。

「ばけものめ……貴様だけはなんとしてもここで!」

 サディアスが地面を蹴って、こちらに駆けてくる。

 全身を覆うように黒い炎をまとい、瞳もめらめらと燃えているようだ。

 ただし、息は荒く、あまり健康的ではない汗をかいている。

 やっぱりあの黒い魔法、身体によくないのだと思う。

 精霊魔法と別のところから生まれた、術者の身体を蝕む魔法……そんなものに頼って、味方もお構いなしに暴れてまで、この人が何をしたいのか、わたしにはわからない。。

 次の魔法を頭の中で組み立てながら、サディアスが振った腕をひらりとかわす。

 ものすごい熱気が頬をかすめて、思わず顔をしかめた。

「クリスタルバレット!」

 肩口を狙った鉱石の弾は、さっき炎の壁にぶつかった時と同じように、一瞬にして溶けて消えてしまった。

「効かない!? それなら……!」

 正解なんてわからない。それでもわたしは、ひらめいたアイデアを即座に実行に移す。

 いくつかの魔法を頭の中で紡いで、右手に集中させていく。

「クリスタル……バレット!」

「ははは、また同じ魔法か! 芸がない……があっ!?」

 今度は、わたしが放った弾丸は黒い炎には溶けず、サディアスを弾き飛ばした。

「この炎は、精霊魔法などには負けぬはず……いったいどうやって!?」

 右肩を押さえて絶叫するサディアスから、いったん距離をとる。

 肩口以外の炎が消えたわけではないし、制御が乱れているのか、無差別に火の粉が飛んできて、危ない状態だ。

「はあ……はあ……もういい」

「あきらめてくれるの?」

「神樹など、もういらん!」

「どういう意味!?」

「はは、そうだ……最初からこうすればよかったのだ。この俺の、この魔法以外の魔法がすべて消えれば、解決するではないか!」

「ちょっと待って、何を言っているの!?」

「くはは、わからんか?」

 サディアスが両手を真上に掲げた。

 全身を覆っていたすべての炎が、両手に集中し、巨大な火球へと姿を変える。

 真っ黒な、禍々しい炎の球を満足そうにうっとりと眺めて、サディアスが両手をゆっくりと前に出した。

 サディアスが狙いを定めた先には、神樹があった。

「こういう……ことだ! 消えてなくなれ!」

 待ってとか止めてとか、なんてことをとか、みんなの叫びをすべてかき消して、撃ち出された黒い炎の塊が、ゆっくりと神樹に向かっていく。

 エアさんとソルトが、力の限りを振り絞って精霊魔法をぶつけても、びくともしない。

「この命に代えても、神樹は守ってみせるっす!」

「みい!」

 魔法を撃ち続けながら、エアさんとソルトが、炎の塊と神樹の間に立ちはだかる。

「クリスタルウォール!」

 わたしが打ち立てた最大硬度の鉱石の壁も、バターのように溶けて消えてしまった。

「ははは、無駄なことを! さっきの炎の壁とはわけが違う! 例えこの場でこの俺の意識を奪ったとしても、そいつは止まらんぞ! ははははは!」

「無駄かどうかなんてわからないでしょ! ウォール! シールド! ランス! バレット! ウォール・バレット! エアさん、ソルト、お願いだから避けて!」

 エアさんとソルトの魔法に比べて、わたしの魔法は真っ黒な炎の塊を揺らしてはいる。しかし、悔しいけど全然足りない。

 鉱石の壁をどれだけ溶かしても、石の槍やつぶてをどれだけぶつけても、複合魔法をぶつけてみても、炎の塊をかき消すにはほど遠い。

「クリスさんこそ、早く逃げた方がいいっすよ。あれはきっと、対象に当たれば爆ぜる邪悪な炎……この場にいれば、無事じゃ済まないっす」

 エアさんたちは本当に、命を懸けて止めようとしている。そんなのダメ、嫌だよ。

 サディアスは、炎の塊を見つめたまま高笑いしている。

 とても正気とは思えないし、本人が言っていた通り、サディアス自身にも、あの炎を止め力はないのだろう。

 すう、はあ、と大きく深呼吸した。

「やだ、逃げない」

「クリスさん!? やだ、じゃないっすよ! 駄々っ子っすか!」

「わたし、エアさんもソルトも大好きだから。それに、こんなところで爆発させたら、ソニアも、クレイマスターもどうなるかわからないでしょ?」

 エアさんやソルトの魔法と違って、わたしの魔法は、わずかながら黒い炎に効いている。

 それなら、できるはずだ。

 黒い炎の塊の目の前に立って、両手を広げた。

 熱風にあてられて、目を閉じそうになるのを、歯をくいしばって必死にこらえた。

「みい!」

 ソルトが、黒い炎に向けていた魔法を止めて、わたしにバフ魔法をかけてくれた。

 魔法防御力アップのバフで、少しだけ熱さがやわらぐ。

「ソルト、ありがと」

 にっこり笑ってお礼を言うと、わたしは炎の塊に突進して、両手で受け止めた。

「クリスお嬢様! いやああああ!」

 後ろでソニアの悲痛な叫びが聞こえる。ごめんね、心配かけて。

「自分から突っ込むとはな! 燃え尽きるがいい! ははははは……はあ!?」

 サディアスが、高笑いの途中で目を見開いた。

 わたしが広げた両手に、黒い炎が吸い込まれていく。

「まさか、黒い炎を結晶化させているんすか!? なんて無茶を!」

 エアさんが叫ぶ。

「だい……じょうぶ……!」

 すごく熱いし、両手に集まった黒い炎は、今にも弾けそうに暴れている。

 でも、大切な人をこれ以上、誰も傷つけさせないために、やってみせる。制御してみせる。

「大人しく……しなさああああああああい!」

 わたしの両手と、黒い炎が、まばゆい光に包まれた。

 わん、とすべての音が小さくなり、意識が遠くなる。

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