ポジティブな余命宣告

星乃かなた

不治の病

 ひどい無気力感に悩まされた俺は、数年ぶりに医者の元へ。


「残念だけど、もう手遅れだね」


 医者はひとっつも残念ではなさそうに呟いた。

 無免許だが、腕は立つとウワサの闇医者である。


「えっ」


 その時の俺は、さぞ驚いた表情をしていただろう。

 なんとかしてくれるという期待を抱いてこの医者を頼ったのだから。


「君は不治の病に侵されている」


 不治の病。

 その言葉が脳内に反響し、絶望が頭の中を白く満たしていく。


「あと何年かは分からんが、せいぜい余生を楽しむことだね」


 かけらの同情もなく医者は言った。


「このヤブ医者がっ」


 腹が立った俺の口から、思わず汚い言葉が飛び出した。

 しかし、「たしかに、私はヤブ医者だよ」と、医者、もとい、ヤブ医者は気にも留めない。


 そのうえ、


「ただし、ちゃんとしたヤブ医者だ」


 だのと、意味不明なことを言いながら、メガネをくいっと動かしたので、俺は余計に腹を立てながら、病院を飛び出した。



 その後俺は、ヤブ医者の言ったことを一応は信用し、余生を楽しむことに。

 手始めに会社を辞め、やりたいことをやることにした。

 とはいえ、金がない。


「そうだ」と思いついた俺は、ダメもとでクラウドファンディングで金を募ることに。


 余命わずかなので世界一周旅行をする。

 そのために、資金をください。

 そんな企画で金を集めようとした。


「まあ、こんなことで金が集まるなんていい話はねえよな」


 と、ひとりごちた数分後には通知が鳴った。

 スマホを見れば、資金を出してくれるという人からの出資の知らせだった。


「まじか」


 と驚いたのもつかの間、通知はひっきりなしに鳴り続け、やがて大金が集まった。

 世界一周どころか、世界三周くらいできそうな金額だ。


 だから、せっかくなので、宇宙旅行に行くことにした。


 宇宙に行くために体を鍛え、健康になり、精神も整えた。

 結果、無気力感に悩まされていたのが嘘のように回復した。


「いよいよ、来週は宇宙へ出発だ」


 ウキウキわくわくしながら、宇宙旅行を翌週に控えた頃。

 ショックなニュースが飛び込んでくる。


「宇宙旅行が、中止?」


 なんでもスペースシャトルに致命的な欠陥が見つかったらしい。

 旅行を予定していた人々には全額が返金された。


 せっかく、人生最後のいい思い出にしようと思ったのに。

 

 残念な気持ちになりながらも、はっとさせられる。


 そういえば、俺ってもうすぐ死ぬんだっけ?


 例のヤブ医者は不治の病だと言っていたが、今の健康状態からどうやって死に向かっていくのか、よく分からなかった。

 気になった俺は、もう一度、ヤブ医者の元をたずねることに。


「あの、俺ってもうすぐ死ぬんですよね」

「えっ」


 俺が問いかけると、ヤブ医者に二度見された。


「なんですか、その、初めて聞きましたみたいな顔」

「いや、君ってもうすぐ死ぬの?」

「えっ」


 ヤブ医者に問い返され、今度は俺がヤブ医者を二度見した。


「だって、不治の病って」

「ああ、アレね」あっけらかんとした表情で医者は言う。「君の先延ばし癖のことだよ。アレはふつう、一生治らない。明日やろうはバカ野郎ってね」


 ヤブ医者は小指で耳をほじりながら言う。


「だから君の明日を切除する手術をした。やるだろう、私」

「ふざけるな!」


 俺は机を叩く。


「嘘ついたのか? 余生を楽しめ、って」

「嘘ではないよ。人間、誰だって遅かれ早かれいつか死ぬし。今から死ぬまでの期間のことを、私は余生と呼んでいるよ」


 俺の剣幕に物おじせず、ヤブ医者は続ける。


「実際問題、健康体になったしいい結果だったろう。手術は大成功だ。君はあと五十年くらいは余裕で生きられると思うよ」


 ぐぬぬ。そう言われると、確かにそれは嘘ではない。

 しかしどうしよう。

 余命いくばくもないどころか、長寿をまっとうするとなると一つ問題が。


 クラウドファンディングで集めた資金である。

 あれはあくまでも余命わずかだった俺のために、みんなが出資してくれたお金だ。


 今更、「やっぱり難病でも何でもありませんでした、てへ」では済まされない。


「ふふ、困っているようだね」


 眉間をさすり沈黙していると、俺の内心を見透かしたように、ヤブ医者が言う。


「まったく別人になれる整形手術ってのがあるよ、けっこう高額だけどね。それから、自分の死を偽装することもできる」

「なんだと。いくらだ」

「丁度、どっかの誰かがクラファンで集めた金額の半分くらい」


 ヤブ医者は、にやにやしながら俺の足元を見てくる。

 集めた金額の半分の出費は痛いが、残りの半分があれば、これからの余生も問題なく生きられるだろう。

 やり口は気にくわないが、やっぱりこいつはちゃんとしたヤブ医者、いや、名医らしい。


「それで、どんな方法でやるんだ」


 俺がたずねると、ヤブ医者は視線を逸らし、他人事のように言った。

 

「まあ、整形手術も偽装工作も、私じゃなくて、私の知り合いを頼ることになるんだけどね」


 前言撤回。

 やっぱりヤブ医者だった。

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ポジティブな余命宣告 星乃かなた @anima369

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