メモリーピース ~最強チート彼と探し旅~

飛燕 つばさ

第1話 開幕

 この世界は、理不尽が支配する。


 富と権力が正義を名乗り、命の価値は紙片より軽く、風に舞う羽根のごとくあっけなく地に堕ちる。

 

 死は常に隣り合わせで、誰にとっても他人事ではない。もちろん──私にとっても。


 運命の悪意は、選り好みなどしないのだから。


   * * *


「…盗賊が二十人だって?そんな話、聞いてないぞ!」


 荒れ果てた渓谷の手前、荒くれ者の声が地面に反響する。

 

 冒険者パーティ“アカシア“は、Dランクへの昇格を果たした。


 ようやく"一人前"と呼ばれるようになった私たちの元に届いた最初の依頼──それは、あまりにも過酷すぎた。


「ドスクン、どうする?相手は二十人。こっちはたったの五人よ。」

「どうするって言われてもな…勝算なんか、あると思うか?」

「ないわね。」


 ケイラの即答に、沈黙が落ちる。

 

 だが、その沈黙はすぐに不敵な笑みに変わった。魔法使いケイラが私の方を見て、薄く唇を歪める。


「でも、ひとつだけ方法はあるわ。」

「えっ…?」


 戸惑う私を見据え、彼女は冷酷な声で言い放つ。


「シルファ。無能なアンタにも、ようやく使い道ができたのよ。」


「そうそう。アンタのおかげで、アタイら助かるんだ。」


 戦士のミケラがニヤリと笑い、ケイラと目を合わせる。そして、何かを確信するように頷いた瞬間──


《ドカッ!》


「ぎゃっ…!」


 乾いた音が響き、私はミケラの蹴りによって地面へと叩きつけられた。

 

 身体中に走る鈍い痛みと、荒れた息。呼吸すら苦しい。


「へへっ、足止めは任せたぜ。」

「あらら、かわいそうに。」

「元気でね、シルファ。」

「俺たちは先に行くぜ。ああ、女ってこえぇな…。」


 信じていた仲間たちは、振り返ることなく私を置き去りにした。

 

 そう、私は──売られたのだ。仲間の命の代わりに。


「ま、待ってよ! みんなっ!」


 懇願にも似た叫びは、風にかき消される。


 振り向けば、地を踏み鳴らす足音がこちらに迫っていた。


「嘘でしょ…?許せないわ…!」


 怒りが喉の奥で燻る。しかし、現実は非情だった。


「追いついたぞ!」

「女一人かよ、拍子抜けだな。」

「仲間に捨てられたか。哀れなモンだ。」

「でもまあ、ツラはいい。遊び相手には十分だな。」


 下卑けびた笑い声に囲まれ、私は剣を抜いた。

 

 命を繋ぐには、戦うしかない──!


「冗談じゃないわよ!」


 しかし…。


《ガンッ!》


「…ガハッ!」


 背後から首筋に走る激痛。目の前が暗転し、全身の力が抜け落ちていく。


「素人め。背中がガラ空きなんだよ!」


 最後に聞こえたその声が、怒りと屈辱に塗れて頭の中に焼き付いた。


(ケイラ…ミケラ…そして、あいつらも絶対に許さない…。)


 視界は閉ざされ、意識が闇に沈んでいった…。

 

   * * *


 風の囁きが耳をくすぐる。


 葉擦れの音。優しく揺れる木々。私は──生きていた。


 街道沿いに根を張るカナの木の下。寝かされていたらしい私の身体が、やや重くきしむ。


「う…あれ…?」


 上体を起こしながら、記憶の断片が戻ってくる。


(確か私は…仲間に裏切られ、盗賊に囲まれて──)


 咄嗟に体を確認する。首筋に鈍い痛みはあるものの、致命傷はなさそうだった。


「目が覚めたようだね。無理をせず、もう少し休んでいたまえ。」


 その声に、私は振り返った。


 そこには、一人の男が立っていた。

 

 洗練された立ち姿。品のある装い。鋭利な印象を与える黒縁眼鏡。そして、この辺りでは珍しい黒髪。その姿は、まるで絵画から抜け出してきた貴族のようだった。


(誰…?)


「あなたが助けてくださったんですか?」


「ああ…。盗賊どもは、追い払っておいたから安心するといい。」


「えっ、たった一人で…ですか? たしか、二十人はいたはずでは?」


「見ての通りだ。まあ、大した相手ではないから気にするな。」


 そう言って、彼は眼鏡を指で持ち上げた。その仕草に、思わず鼓動が跳ねる。


「ん?…なにか、変かね?」


「い、いえっ!あの…おじさん、助けていただいてありがとうございます!」


「おじさん?」


 彼は苦笑を浮かべた。


「無礼な。私はまだ二十五だぞ。君と八つしか違わないんだが…。」


「え…何故私の年齢を?あなたには教えてませんけど?」


「ふっ…それは年の功、というやつだよ。」


(あれ?はぐらかされた?)


「では、“お兄さん”と呼ばせてもらいますね。」


「それはむず痒いから勘弁してくれないか。私はレオ。レオ・キサラギという。よろしく、シルファ君。」


「今度は私の名前を…。レオさん!私はまだ名乗っていませんよ!」


「まあまあ、気にしないことだ。ところで──」


 彼は軽く微笑みながら、手を差し出してきた。私は手を掴んで立ち上がる。


「私はこの辺りに来たばかりなんだ。もし良かったら街まで案内してくれないか?」


(何か独特な雰囲気の方よね。でも、悪い人ではなさそうだし、恩には報いなくちゃね。)


「わかりました。行きましょう。」

 

 仲間たちに裏切られ、死の淵に立たされた私。そんな絶望の中で現れたのが、レオと名乗るの謎めいた男性だった。


 彼は、私が意識を失っている所に現れて、盗賊たちを追い払ってくれたという。

 

 恩人である彼への感謝を胸に抱き、私は彼を宿へ案内することにしたのであった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る