第13話 魔法少女の契約

「警察だ! 動くな!!」


 背後から聞こえた怒声が、俺に向けられたものだと理解するのは簡単だった。

 俺が蹴り破った倉庫の入口から、複数の警察官が流れ込んできた。

 

「え……なに……」

「お前だな! 女子中学生を誘拐したコスプレの変態はっ!」

 

 彼らは俺を取り囲んだ。

 待ってくれ。なんで俺が敵意を向けられないといけないんだ。俺は舞ちゃんを守るためここまで来たんだぞ。ここまでしたんだぞ。

 そうだよね? ねぇ、舞ちゃん……! 


「怖かったね。こっちへおいで。もう大丈夫だから」

「……」


 視線を向けると、舞ちゃんは同時に倉庫へ入ってきた女性警官に保護されていた。

 乱れたブレザーの上から毛布をかけられ、優しく声をかけられている。

 舞ちゃんの肩は、震えていた。泣いているのだと分かった。

 

「いや……違う……」


 俺も泣いていた。


「未成年監禁の疑いで現行犯逮捕する! 大人しくしろ!」

「違う、違うんだよぉぉお」 

「ここまでしておいて! 見苦しいぞ!!」


 いつぶりだろうか。声をあげて、人前で号泣するなんて。

 

「違うんだよぉおお!! 舞ちゃん、舞ちゃぁぁん!!」

「田中さん……」


 舞ちゃんが何かを話そうとするも、女性警官がそれを制する。警察官たちは、とにかく彼女をこの場から離そうとしていた。そして、とにかく俺を取り押さえるつもりでいた。

 そこに俺の弁明を聞くつもりなんて、微塵もなかった。


「舞ぢゃぁあん!!」


 それでも叫んだ。

 気がついたら変身は解けていて、俺は全裸になっていた。

 魔法がない俺は呆気なく、いとも簡単に、取り押さえられた。


   ●


 この部屋に来るのは何度目だろうか。

 手錠をかけられたのは初めてだが、取り調べ室自体は慣れたものだった。

 いつもなら毅然と無実を説明していたが、今日は違う。消し炭になった部長、拒絶するような舞ちゃんの眼差し。何がいけなかったのかと、自分の行いを反芻しているうちに、心が折れてしまっていた。

 刑事から訊かれる内容は形を変え、同じものの繰り返しだった。


「中学校の生徒達は、コスプレをした中年男性が教室に入ってきて、小鳥遊舞を拐ったと言っている」


 字面だけを見れば、刑事の言っていることは真実だった。しかし、そのコスプレ野郎は俺じゃない。


「私ではありません。すべて部長の仕業なんです……。そもそも、部長が部長室から飛んでいったから……」

「会社の人たちは、言い合ってる怒鳴り声が聞こえた後、窓が壊された音がしたと。そして、部屋に入ってみたら君がまたコスプレをしていて、いきなり窓から飛び降りたと言っている。そこに部長の姿はなかったと」

「みんなが入ってきたのは、部長が窓から出ていった後です……。僕は、舞ちゃんを助けに向かったんです……」


 刑事は俺と対話するつもりはない。俺が真実を話しても、聞く耳を持たずに続ける。


「舞ちゃん舞ちゃんって言うけど、君はあの子の何?」

「……ともだち。いや……仲間、です」

「なんの?」

「魔法少女……」

「ふざけてんのか?」


真剣な大人の怒りを浴びたのは、小学校以来だったかもしれない。こんな風に言われたら、身が萎縮して何も言えなくなる。


「お前、そろそろ本当のこと言えよ? 全裸のまま、あの子に何した? 被害者の口から言わせるつもりか?」

「え、それってどういう……いや、いやいやいや、マジ、俺やってないですよっ」


 それだけは神に誓って本当だった。それだけではないが、それだけはどうか信じてほしかった。

 俺の切実な思いを、だが刑事は一蹴する。


「お前以外にいないんだよ。今まで、何回、不審者で通報されて、職質うけて、連行されてきたんだ?」

「ぶ、部長……なんです。……誰でもいい。誰か、黄色い魔法少女の姿をしたおっさんが空を飛んでいたのを、目撃していないんですかっ。それが部長で、部長が舞ちゃんを学校から誘拐して、あんなことになっていたんだ!」


 刑事は机を叩きつけ、俺から視線を逸らした。

 一呼吸おいてから、それまでと違う口調で言った。

 

「まぁ、いいですよ。もう今日は休んでください。明日もありますんで、ゆっくり考えておいてください」


 何だそれ。何を考えとけって言いたいんだ。

 俺は、やっていないぞ。

 俺は部長と違う。舞ちゃんにそんなことはしない。頭の中では色んな妄想はするかもしれないが、いつも実行に移すことはしてこなかった。

 すべて脳内完結。俺は精神世界で満たされていた。

 俺はずっと、頭の中でそんな弁明をしていた。誰も聞いてくれない俺の声。それは朝になるまで続いて、俺は一睡もできなかった。

 そんな寝不足と疲労で打ちひしがれてる俺に、部長がザビエルと呼んだ猫の淫獣が顔を見せた。


「満身創痍だね」

「貴様は……」


 どうやって入ってきたのか分からないが、留置場にいるはずの俺の目の前に、そいつはいた。


「お前ら、部長に何をした」

「何って……。聞かれたから、質問に答えただけだよ? 僕らは隠し事はしないからね」

「よく言う……」

「ニコライもそうだったろ? 君の質問には誠実に答えている。そのおかげで、君は魔力を増強できたろ?」


 人外との問答は時間の無駄だ。

 知りたいことを、単刀直入に聞くことにした。


「部長は、どうしてああなった? 寿命があと1年ってどういうことだ?」


 散り際に、部長は泣きながらそう叫んでいた。想像するに、自分の余命を知って絶望したのだと思う。そして、それは魔法でもどうにもならなくて、部長は自暴自棄になった。


「無限のエネルギーなんて、この世にはないだろ? それは魔法少女も同じだ。魔力も使えば使うほど、消耗していく」

「それが命だと」

「マジカル・ストーンのおかけで君達は魔法少女でいるわけなんだけど、君も知っている通り、それは君達の魂だからね。魔法を使えば消耗していくなんてこと、普通に考えれば分かるでしょう? それが強力な魔法であるほど、消耗も早い。なのに、それを知った途端、彼は変わってしまった」


 俺はアニメを観ていたから知っていただけで、部長は知らなかっただろう。

 それに、その設定がそんなに深刻なものだと、俺も知らなかった。アニメではそんな重い描写はない。


「それを知っていたら、部長は契約をしなかった」

「魂をマジカル・ストーンに変換する、と言ったさ。それでも、彼には叶えたい夢があったんだろう。気にする様子もなく、契約したんだ。現に、彼は自分の夢を叶えるために行動に出た。魔法少女の力を使ってね」

「詐欺師め。一番の不利益を伏せて、さも魅力的な提案のように話をして……。部長はあんなことがしたくて、魔法少女になった訳じゃない」


 想像通りだったためか、さほど驚きはしなかった。そして、こいつらの思考回路は理解していたということと、取り調べの疲れのせいか、不思議と怒りもこみ上げなかった。


「聞かせてよ。君には、どんな夢があったんだい?」


 俺の夢……か。

 俺は、魔法少女になりたかったんだ。

 アニメみたいに、可愛い女の子が戦う姿を見て、俺も一緒にそこへ行きたかった。何なら自分がそうなりたかった。

 だから契約した。酔った勢いとは言っても、なれるものならと思った。それが幻覚かもしれないと思いつつも、まぁいいか、程度の気持ちだった。

 だけど、こんなことになるくらいなら、俺は大人しく会社で課長をし続けて、誰にも趣味を話さないまま1人で楽しんでいたさ。


「今となっては、元に戻りたい……」


 ただ、1つだけ諦めきれないことがあった。


「けど、ずっと考えてた……。俺はどうやったら、舞ちゃんを助けることができたのかな……」


 留置場のなか、自分に語りかけていたこと。

 後悔というより、舞ちゃんへの罪悪感だった。

 こんな気持ちのまま、あの傷つけられた天使を置いて、俺は元の生活には戻れない。


「うーん、契約時の話なんだけど」

「舞ちゃんに嫌われたくない……舞ちゃん、舞ちゃぁん……」


 言葉にすると涙がこみ上げてきて、俺は嗚咽した。


「困ったなぁ。泣かせるつもりはなかったんだけど……」


 困惑する淫獣は、「じゃあ」と続けた。


「今の君の夢はなんだい?」

「夢……ですか。こんな姿で、こんな所に捕まって……。もうきっと会社にも戻れない。ニュースになって顔が晒されて、その前からSNSで晒されてて……。夢どころか、もう希望もねぇよ」


 今の俺は魔力も低下して、変身する程度のことしかできない。せっかく恥を捨てて魔力を高めたのに、全てが水の泡だ。

 魔法少女になる、という願いも、もう叶う気がしない。

 こんな事件になった以上、もう二度と舞ちゃんにもう会えないかもしれない。

 本当に夢も希望もない。でも……


「……俺は、舞ちゃんにもっと必要とされたい。やり直して、今度はもっとうまくやりたい」


 それは願いであり、願望だった。

 やっぱり可愛い女の子になって、舞ちゃんと一緒に魔法少女したい。舞ちゃんと、もっと舞ちゃんと……

 そのために、もう一度やり直したい。

 

「わかった。いいよ」

「……え?」

「君の夢を叶えてあげるよ。だから――僕と契約して、魔法少女になってよ」


 こいつが何を言ってるのか、課長の俺でも分からなかった。もう既に他と契約済みなんですけど。魔法少女なんですけど。

 疑問を口にする前に、俺はチャンスを逃したくなくて、頷いた。


「じゃあ、契約成立だね」

 

 俺の全身が、変身時のように光を放つ。

 眩しい、しかし温かい光。俺は目を瞑って、流れてくる魔力を受け入れた。

 また俺は、深く聞きもせず、契約した。

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