第362話 離反

 また、トライゾンとしてはもう一人信用ならない者がいた。

 今回の内乱でブレヴァン侯爵軍がユルトラガルド侯爵領に容易に侵攻できるきっかけを作った、元ユルトラガルド家の家臣にして4将軍の一人であるボルツ伯爵――――彼は、ブレヴァン侯爵家につ仕えれば今まで以上に厚遇するという約束で引き抜いたわけだが、そうした経緯がある以上、もう一度利益に釣られて敵に寝返る可能性があると考えられた。


 ボルツ自身は、欲に釣られて、譜代の貴族であるにもかかわらずユルトラガルド家を裏切ったことが後ろめたいからか、ブレヴァン侯爵家の信用を得ようとリヴォリ城攻めでは積極的に血を流したわけであるが…………


「ボルツ、そなたにはセダン城奪還の先陣を命じる」

「わ、わたくしめが先陣でございますと!?」


 先陣を命じられたボルツは、後退気味の頭髪にしたたる汗をぬぐいながら、トライゾンに聞き返した。

 先陣とはつまり、最も危険な任務であり、一番槍の功名を得る機会でもあるが……同時に、真っ先に死ぬ危険も孕んでいるのだ。

 普通ならここは猛将のドヴォルザークが適任なのだが、敢えてボルツが命じられたということは、彼が逃げ出さないようトライゾンの本隊が後ろで目を光らせているということに他ならない。


(ぐ……今更後悔してももう遅いか! こうなれば、毒を食らわば皿までだ!)


 内心、ユルトラガルド家を裏切ったのは大きな過ちだったと大いに後悔するボルツだったが、ここでユルトラガルド家に再び寝返ったところで、ユルトラガルド侯爵ランツフートは非常に厳しい人物なので、許してもらえるとは到底思えない。

 であるならば、今はトライゾンに最後まで付き従い、生き残ることを優先するのが得策だろうと考えた彼は、渋々危険な先陣を担うことに承諾したのだった。


 こうして、5日間かけて撤退の準備を完了したブレヴァン侯爵軍は、大急ぎで来た道を引き返し、アルトイリス軍に奪われた本国の奪還に向かった。

 傭兵の脱走したことで兵が減り、更に城に籠っていた敵からの追撃を警戒してロパルツの部隊を後方に残したことにより、最盛期には40000人いたブレヴァン侯爵軍は今や25000人以下にまでその数を減らすことになるが、それでも兵数差で言えばリクレール率いるアルトイリス軍の5倍は残っていた。

 これだけの人数がいれば、そう簡単には負けはしないだろうとブレヴァン侯爵軍のほとんどが思っていたのだが………ブレヴァン侯爵軍が戦場を去ってすぐ、想定外の事態が発生した。


「もはや落ち目のブレヴァン侯爵家にはこれ以上従えない。ニゼロール伯爵ロパルツは、ユルトラガルド侯爵家に降る。異論がある者は立ち去るがいい」


 なんと、殿を任されたはずのロパルツ将軍が、本隊が去った隙に離反したのだ。

 彼は自分の部下たちの前で、ブレヴァン侯爵家からユルトラガルド家に寝返ることを伝えると、兵士に白旗を掲げさせて、ユルトラガルド侯爵ランツフートに降伏の書簡を送った。


 また、ブレヴァン侯爵軍が撤退の準備をしていることを察知した、シャルンホルスト率いるアルトイリス軍別働部隊も、すぐに背後を襲えるよう再びマコンクール田園地帯に歩みを進めて来たので、こちらに対してもこれ以上戦う意思はないことを書簡で伝えたのだった。

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