オカルトデバッガー 〜その怪異、バグ技で攻略します〜

風名拾

第1章 赤い女の怪

第1話 遭遇

 夜風が梢を揺らし、枝葉がざわめいた。

 足元で小石が転がる音が、不気味に響く。


 Y市郊外。街の光が届かない、薄暗い林道。

 昼間なら普通の散策路かもしれないが、夜の帳が降りると、そこはまるで異界と地続きのように感じられた。


 私は恐る恐る、前を行く玖珂くが燐華りんかの背中を追う。


 ――そのとき。

 燐華の歩みが、ふっと止まった。


 私も反射的に足を止める。

 耳を澄ますと、遠くで鳥の鳴く声がした。

 ……いや、違う。

 それとは別の――もっと異質な気配が、この林の奥から滲み出ている。


「……霧宮さん」


 燐華が私の名を呼んだ。


「はい」

「ねぇ、夢じゃないよね」

「……恐らくは」


 燐華は拳を握りしめ、かすかに唇を震わせる。


 視線の先。月明かりも届かぬ薄闇の中に、それは立っていた。


 ――"赤"。


 それは、女のカタチをしていた。

 しかしその姿は、明らかにヒトのそれではない。

 血のような深紅のワンピースが、闇の中でゆらりと揺れている。


 噂話は本当だった。

 思わず喉がごくりと鳴る。


 隣を見ると、燐華の肩が震えていた。

 しかし、それは恐怖によるものではない。


「本当に……会えるなんて! もう泣きそう!」


 歓喜に満ちた声が夜に響く。

 瞳を潤ませながら、燐華は両手で口を覆った。


 その恍惚とした横顔は、明らかに常軌を逸している。


 ……私の知らない、玖珂燐華。

 それが、きっと彼女の素顔なのだろう。


 ――その刹那。


 ひたり。


 赤い女は、こちらへ一歩を踏み出した。

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