掛谷と恋バナ
カキンと小気味のいい音と共に白いボールが空へと飛んでいく。結弦と掛谷はそれをぼーっと視線で追う。
今は体育の授業でソフトボールの試合中である、2人のチームは攻撃側で、ベンチに座って打順を待っていた。
2人とも打順はまだ先で、この分では攻守交代になる確率も低そうだ。結弦は今のうちに掛谷の好きなものを探ろうと試みた。
「掛谷ってさ」
「なんだ?」
「女性のどんな瞬間にドキドキする?」
「ハットトリック決めた瞬間とか?」
「いや、確かにすごいけども。熱くなる瞬間だけども」
「一度見てみたいよな。三分切るところ」
「しかも世界新記録を待ち望んでいる」
果たして女子サッカーにそれは可能なのか、と言う疑問を抱きながらも妙な方向にこじれた話の軌道修正を試みた。
「そうじゃなくて、恋バナ的な話だ」
「わりい、俺巨人ファンなんだ」
「広島東洋カープの話を『コイバナ』と称するのは無理がないか?」
話の方向が再びこじれる。今後「コイバナ」と言う単語はこの学校で使わないと心に決めた瞬間だった。
結弦は切り口を変えてみる。
「最近、会長の勧めでラブコメというジャンルの漫画に手を出したんだが、存外面白くてな。ラブコメへの見識を深めようと思って」
「そんな堅苦しい表現でラブコメ談義を始めることあんの? いや、別にいいけどよ」
「好きなシチュエーションとかある?」
「そうだなぁ、幼馴染に朝起こしてもらうやつとかかな」
会長から借りた作品でも見た覚えがある。ラブコメでは定番とも言えるシチュエーションだ。掛谷の好みという情報は手に入ったが、アンリの恋愛を叶えるという意味では『幼馴染』というキーワードは役に立たない。どう足掻いても今からアンリと掛谷を幼馴染の関係にすることはできないのだ。
「どんなヒロインが好き?」
「幼馴染だな」
「へぇー……」
アンリの恋路を応援するにあたって不利な情報ばかりが集まり、結弦の返事がうわずる。
「ま、まあ定番だよな……」
「そういう高木は?」
「僕? そうだな……」
結弦は答えに詰まる。依頼解決のアイデア探しとしか思っていなかったので、これと言って好きなヒロインもシチュエーションもないのだ。だが、こちらから談義を持ちかけた以上何か答えなければ不自然だ。
どうにか話の方向を誘導できそうな答えはないだろうかと模索した結弦は「黒髪ロング、かな」と答えた。
「黒髪ロングか」
いいねえ、とでも言いたげな若干気持ち悪い笑みを掛谷は浮かべる。
「俺はフワッとした波がかかったキャラが好みかな~」
目論見通りに情報を引き出すことができた。結弦は掛谷の反対側の足の側に置いた携帯電話でメモを取る。
「見た目もいいけどさ、ラブコメヒロインの可愛いさって行動にもあらわれると思ったんだ。例えば……そう、クーデレっていうんだっけ」
「ツンデレより先にクーデレが出てくるの珍しいな。だがまあ、見た目だけじゃないってのは同意だ。大事だよなあ。俺はなんていうか、にへらって情けない笑い顔とかが好きだね。最高に」
「にへら……?」
掛谷の発した擬音の示すところがわからなかったので、結弦は携帯電話で調べてみる。画像検索の結果を見てなんとなく概要を理解した。
「後は、美味しそうに食べる姿を見るとかがいいよなあ、なんか心の中をくすぐられるものがある」
「ほうほう、なるほどね。僕が読んだ作品にはなかった属性だ」
ウェーブのかかった髪、にへらと笑う、美味しそうに食べる。掛谷の好みを並べてみると一人の少女の顔が浮かんだ。結弦はあまりにも特徴がその人物と共通しているものだから、
「なんというか、蜂須賀みたいな女性が好きなんだな」
と、冗談のつもりで言った。
「…………」
「掛谷? 」
掛谷の顔は熟したトマトのように真っ赤に染まっていた。結弦の頭の中に最悪の可能性が浮上する。
「なあ、まさかとは思うけどさ」
確信を得ようとしたとき、ちょうど掛谷の打順が回ってきた。
「さて、そろそろ俺の番だなあ~! 俺に任せろ! ホームラン決めてきてやる!」
掛谷は助かったという表情でバッターボックスに向かう。しかし、掛谷は一度もバットに当てることができず三振に終わった。
答えは得られなかったが、運動神経がいいはずの掛谷が無様な空振りする姿を見て確信した。
(まずいことになったな……)
続く結弦の打席はデッドボールだった。
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