第2章

反響

 結弦が入った途端、教室は無音状態になった。廊下まで聞こえるような声で話していたクラスメイトたちは一斉に話すのを止め、全員が結弦の方を見ている。異様な雰囲気の中で自席へ向かうと、隣に掛谷が座ってきた。

「聞いたぞ!」

 他の生徒に聞こえないよう声量は抑えているが興奮を抑えきれていない。

「生徒会に入ったんだってな。今朝のはそういうことか?」

「もう知ってるんだ」

 なぜか自分より先に着いていたことには触れないことにした。

「掲示板に書いてあったしな。ん? それだと"聞いた"というより"見た"といった方が正しいのか?

「"聞いた"の方が語感がいいからそっちでいいんじゃない?」

「で、いったい何があって高木が生徒会に入ったんだ?」

「まあ、意味不明な人事だよな。あんまいい家柄でもないし」

 真実を話すわけにもいかず、結弦は話の方向性をはぐらかした。

「いや、そもそも3人目を加入させるつもりがあったことが意外だ」

「掛谷も生徒会室を愛の巣説を推していたのか」

「2人がそういう関係だとまでは言わないが、俺は何かを隠したい事があるから2人だけで生徒会をやっていたと思っていたんだよ」

 結弦は顔が強張るのを感じた。

「そんな中、高木という3人目が加入した。考えられる理由は2つ。隠す必要がなくなったか」

 掛谷はジリジリと距離を詰めてくる。

「高木がその理由を知った、とか」

「……近い」

「お! いい線いってるか?」

「そういう意味じゃない。距離が近い」

 気づけば掛谷は鼻とは鼻が触れそうな距離まで結弦の顔に迫っていた。

「なんてな」

 掛谷は顔をくしゃっとさせて笑った。

「冷静に考えたら、単に二人での限界を感じただけなんだろう。どういう理由で二人でやろうとしたかは知らないが、やるべきことはやってるし、俺は文句はないさ」

 大変かもしれないが、頑張れよ。と言って掛谷は自分の席に戻ろうとする。その時、結弦は要件を思い出して掛谷を引き止めた。

「あ、掛谷」

「ん?」

「自転車の鍵。ありがとう」

 結弦は円香から預かっていた鍵をポケットから取り出し、掛谷に手渡した。



 二人きりの生徒会が崩壊した事実の反響は結弦の想像をはるかに超えていた。

 手始めはクラスメイトである。一限の終わりとともに結弦の席は話したこともないクラスメイトに囲まれ、

「どうやって入ったの?」

「やっぱりあの二人ってそういう関係なの?」

「ルレブツ・タシア社の株ってやっぱ買いかな?」

 といった質問責めにあう。廊下を歩けば面識のない生徒から好奇の目を向けられたり、わざわざ引き留めてまで根ほり葉ほり聞いてくる者までいて、午前中は一瞬たりとも気の休まる暇がなかった。

 特に酷かったのは昼休みだ。掛谷がトイレから出てくるのを待っていると、突然、手を掴まれ、空き教室に引きずり込まれたのである。引きずり込まれた後、結弦は3人の女子生徒が逃げ道を塞ぐように囲い込まれた。彼女らは「新聞部です」と名乗った。

「どうもー。ちょっとお時間よろしいですか」

「よくないな」

 そう言って、入口をふさぐ女子生徒をどけようと手を伸ばした瞬間、フラッシュがたかれた。

「……」

 入口をふさぐ女子生徒をよく見ると制服がはだけてる。フラッシュを感じた方向を確認すると、カメラを持った女子生徒がしたり顔でこちらを見ていた。ご丁寧に、カメラを指さしながら。

「事情が変わったな」

 あまりの手際の良さに感心すら覚えた結弦は観念して新聞部のインタビューを受けることにした。

「高木くんが生徒会に加入したと言うことは、生徒会長と関副会長は破局したと言うことなのでしょうか!?」

「いや、別にあの2人はそういう関係じゃ……っていうか会長は名前を付けてあげないんだ」

「会長の名前、知らないので」

「それで大丈夫なのか。新聞部」

 (……言われてみれば僕も会長の名前を知らないな)

 掛谷が助けにきてくれるまで結弦は芸能人の不倫相手にでも聞くような質問を延々と問いただされるのであった。



 食堂では追求の手が千鶴にまで及んでいることを知ることになる。結弦と接点があるという理由だけで蜂須賀も同級生から追っかけ回されたらしい。

「もーほんと、大変でしたよ」

 疲労の滲んだ顔の千鶴は食堂の机に突っ伏する。

「学校着いたら事情も知らされないまま“高木先輩ってかっこいいの?“とか“どんな人なの?“って質問攻めにされて疲れました。あ、先輩を責めてるわけじゃないんですけどね」

「生徒会の影響力ってすごいんだな……」

「気持ちはわかりますけどね。美男美女の愛の巣たる生徒会室に第3のメンバーが加入するとなったらゴシップ大好きな生徒は色めき立ちますよ」

「すまん。迷惑をかけた」

「あ、でも安心してください。写真見せたら“そこまでイケメンじゃないね“ってあっと言う間に興味なくしてくれましたよ!」

「それは喜んでいいのかい?」

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