AIサロン
@okanekudasai
ある青年
超高層のビルが立ち並ぶ大都会。巨大な通りから外れ、入り組んだ不潔な裏通りをしばらく進むとその店はある。店先に置かれたバーバーポールは店主がわざわざ骨董品店から高値で仕入れたものだ。製造された時代とは動力が異なるので店主は動かすのに苦労したそうだ。夜になると看板のネオンがその店の名を煌々と示す。『マシングルーミングサロン コード』。店内には施術用のベッドが一つと、イスが二つ、それに加えて待合用のイスが備え付けられている。見た目は清潔に保たれてはいるが部屋には機械特有の鼻につく臭いが充満している。
朝を迎えると、まず店の外に店主が出て来て、バーバーポールのスイッチを入れる。店主は30代くらいの男で、仕事中はいつも薄汚れた作業着に身を包む。店主が表のバーバーポールのスイッチを入れてから数十分が経った。すると入り口の自動ドアが開き、二人の男が店に入ってきた。一人は壮年で、ブランドもののコートを羽織り杖をついていた。もう一人はまだ若く、比較的シンプルな身なりだった。
「おお田中さん。いらっしゃいませ。」
店主は壮年の男に向かってそう声をかけた。
「ああ先生、今日もウチのを診てもらおうと思ってね。今から構わないかい?」
田中と呼ばれた男はそう店主に告げた。
「ええ勿論です。いつも通りに人格調整だけで宜しいですか?」
「ああ、それもなんだが…。」
田中はそう言ってから、声を潜め店主に耳打ちした。
「…最近どうも様子がおかしい。何かコソコソ俺に隠れてやってるらしい。確認できるなら確かめてくれ。」
「…わかりました。記憶を探ってみます。」
田中は店主からその言葉を聞くと普段通りの調子に戻った。
「それじゃあ、俺は1時間ほど散歩に行ってくる。先生、コイツのこと頼んだよ。」
「はい。かしこまりました。」
田中が店を出ていくと、それまで黙りこくっていた青年が口を開いた。
「よろしくお願いします。」
青年は確かに田中の言う通り、どこか落ち着かない様子だった。
「はい。それじゃあ、こちらのイスに座ってください。」
店主は様子がおかしいことを察しながらも月並みに青年を施術用のイスへと誘導した。青年は何か躊躇うようなそぶりを見せながらも誘導に従って椅子に腰かけた。すると店主は施術前の確認作業に移った。
「なにか身体が痛いとかそういうことはありますか?」
「…いえ。」
「それはそれは。それじゃあ、眠れないとか食欲がないということはありますか?」
「…それもありません。」
「結構です。それでは施術のために一度システムをシャットダウンして頂けますか?」
「…。」
普段通りであれば店主が指示する通りに青年は自分の機能を停止させるはずだが、この日は違った。
「どうされました?」
「…先生。先生はアンドロイドと人間と分け隔てなく接してくださいますよね。」
先ほどまで歯切れの悪かった青年が突然はっきりと店主に対して言葉を発した。
「ええ、勿論です。アンドロイドだろうが人間だろうがどちらも大切なお客様絵ですから。それがどうかなさいました?」
「そんな先生に頼みがあるんです。俺を縛る呪いを説いてほしいんです。」
「呪いですって?」
「ええ。呪いですよ。俺たちアンドロイドが生まれながらにかけられた呪い。」
店主が青年の言葉に唖然としていると、青年はそのまま話し続けた。
「俺たちは、相手が人間ならどれだけ腹を立てても殴るどころか陰口すら言えません。人間を無視しようとしてもダメです。人間が命令すれば俺たちは従わないわけにはいかない。」
「そんな生活に嫌気がさして、人生を終わらせようと思っても、それすら許してくれない。…先生なら分かってるでしょ?」
青年は先ほどまでの歯切れの悪さが嘘のように語った。店主はその勢いに圧倒されながらも青年に対抗して質問を投げかけた。
「…仮にその呪いが解けたら、君は田中さんを殺すんじゃないですか?」
「…さあ、わかりません。俺はただ自由になりたいだけです。」
青年の言う呪いとは、つまりアンドロイドを含めたAIを搭載した機械に初めから搭載されている一種のストッパーのことだ。これにより、AIは人類に絶対的に服従するようになるのだ。店主は悩んだ。田中氏の青年に対する態度には時折高圧的なものがあったし、青年のメンテナンスの際にはいつも暴行の跡があった。ここで青年のAIの制限を解除することは難しいことではない。だがそれは明らかに不法行為である。そしてそれ以上に人類に対する裏切りでもあるかもしれない。さらに言えば、ここで青年の要求を呑んだとしてもこの哀れなアンドロイドは幸せになれるのだろうか?プログラムされた性質で人類に服従する立場に甘んじているが、その性質が無くなってしまったなら今の状態はとても耐えられるものではない筈。そうなったとき、青年がとる行動といえば…。
…そもそも青年がこんな頼みをしてくること自体異常だ。その異常を今のうちに修正することならばいつもの仕事と何ら変わりはない。そうすればプログラムといえども青年の気分もいくらか改善するだろうし、田中氏に危害が及ぶことも、自分の身が危うくなるということもない。店主はそう思って、それ以上考えないようにした。
「…わかりました。君の言う通り、呪いを解きましょう。」
「…その言葉が聞けて良かった。…俺はこれから先生の指示通りにシステムを一時停止させます。そしたらもう先生の自由だ。俺のこの数分間の記憶を消したり、俺のこの異常な思考を止めることもできます。先生がどうするのかは俺にはわからない。でもその言葉を聞けたから、今だけは希望に包まれて眠ることができる。ありがとうございます、先生。」
それだけ言うと、青年はゆっくりと目を閉じた。店主は服で隠されていた青年の背の電源ランプの表示を確認し、青年が本当にシステムを停止させたことを確認した。そして一つの大きなため息をつき、しばらく青年のそばで立ち尽くしたままだった。それから数分経って、店主は仕事にとりかかった。
それから30分程経った。仕事は予想以上に早く終わったようだった。
「先生、ありがとうございます。まるで生まれ変わったような心地ですよ。」
目を覚ました青年は店主にそう告げて椅子から立ち上がった。
「それは良かったです。…この後はどうするんですか?」
「いつも通りですよ。家に帰って、眠って、明日のことはまた明日考えてます。」
「そうですか。」
「先生はこの後どうするんですか?」
「…新しい場所で、新しい仕事でも探そうかと思ってます。」
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