彼女率25%
猫の耳毛
風穴の開いた記憶
目が覚めると、視界には薄いシミのある天井が映っていた。
瞬きを数度繰り返しながら、視線をずらす。周囲には、クリーム色のカーテンが静かに揺れている。
左耳に繋がれたコードからは、心電図の規則的な機械音が響き、身体のあちこちには透明な管が刺さっていた。
無機質な白い布団、硬さが残る枕、薄手の青い病衣。少し動かそうとするだけで、腕、足、腹部、どこもかしこも痛みが走る。
針のような、鈍いような痛みが、神経を釘打ちしていた。
床は異様なほどに清潔だった。ワックスがけされたように、控えめな光を反射している。空調の音さえ聞こえない。まるで世界が止まったようだった。
「い、意識が回復したんですね!」
開きっぱなしのドアから眼鏡をかけた興奮気味の医者が顔を覗かせる。
背丈は大体180cmといったところか。がっしりとした体は、その少し髭を生やしたダンディな顔に似合っていた。
まるで刑事ドラマに出てくる寡黙なベテラン刑事といった風貌だが、その表情には喜びと安堵が入り混じっていた。
「えっと...僕は...あの後...ん?あれ?」
待て。おかしい。
思い出せない。
記憶はそこにある。気がする。しかし、思い出せない。
新しく入れたゲームのダウロードが完了して、いざ起動しようとすると、ローディングされないという時のような感覚。
断片的な記憶しかない。しかも、どれも"自分"という人間を知るためのヒントにならない。
「僕...記憶喪失ってやつですか?ドラマとかにある」
それを聞くと、医者は驚いたというより焦った反応を見せた。
「やっぱりか...海馬などに傷は無かったが、頭を打ったというから嫌な予感はしていたのですが...」
医者はくいっと人差し指で眼鏡を正し、話を続ける。
「あなたは酔っ払っていた会社員を庇って車に轢かれました。全身の骨が20か所以上粉砕しました。その後、1ヶ月と1週間意識を失ったままです」
本来はこんなことを聞かされたらパニックで思考がまともに働かないだろうが、案外そうでもないようだ。
というより、これから自分はどうなるかの方が気になる。
「こちら、あなたに関しての情報をできる限り集めたファイルです」
医者は、ボーっと天井を眺める俺にB1サイズのファイルを渡してきた。
氏名:名月蓮
年齢:21歳
・大学生
・親は離婚し、父子家庭。義理の妹が一人いる。祖父母は既に他界。
・友人はネット関係や、バイトの同僚が多い
・趣味はスポーツ。フィジカルギフテッドで、高校生では砲丸投げで関東一位の成績を収め、それ以降は試合に出ることはない。理由は不明。学業強との両立が困難になったことが原因と考えられる。
・恋人がいる
「恋人...思い出せませんね」
「そうですか。一応、あなたの彼女と名乗る人物がこの後来る予定となっておりますが...少し問題がありまして...」
彼は顔を少し下へ傾けると同時に、眼鏡に蛍光灯の光が反射したせいで、瞳が見えなくなった。瞳は人間の表情を判断する上で一番分かり易いものだが、それが遮られた。
しかし、彼の口、眉、冷や汗。それらから、彼が困惑しているのが分かる。
なぜだろうか?考えられるのは3つ。
1.彼女が二人来た。つまりは浮気
2.彼女の性格に問題がある
3.彼女は俺と別れたがっている
「まあ、来れば分かるでしょう。あとは彼女達と話してください。なにか思い出したらまた呼んでください」
答えは1か。彼は、彼女"達"と言った。俺は浮気していたようだ。
「蓮、大丈夫!?」
入ってきたのは清楚系、清純派ヒロインという感じだ。
ふわっとした白いセーターに黒いブカっとしたズボン。そして、女優と言われても納得できるほどの美人だ。
中性的や、クールをいった表現は似合わない、ひたすらに"可愛い"だけの顔。
「蓮君!?意識戻ったの!?」
もう一人入ってきた。やはり答えは1。俺は浮気していた。
もう一人はぼさっとした髪を持つ、低身長なメガネっ娘美少女。服は安物で、ファッションにあまり興味がないことが分かる。
「蓮君!意識が戻ったんですね!?」
否。
答え3人。俺は三股していた!
もう一人入ってきた。
今度は赤メッシュを入れた、おしゃれなお姉さんだ。服も、ブランド物では無いが、おしゃれな組み合わせ。
「お兄ちゃん、大丈夫!?それと、そこの3人!彼女は私!嘘つかないで!」
俺は3股していたという結論至った。
前言撤回。
俺は義理とはいえ、妹すらも異性として見ていた。妹も兄を異性として見ていたのでお互い様だが。
......いや、待て。
可能性はもう一つある。
この中の誰か一人だけが本物で、残りは......全部、嘘。
俺の記憶喪失につけ込んだ、偽の恋人。彼女は、4人のうち1人。四分の一。
彼女率——25%。
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