最終作業工程 愛と喜びの多摩川梨

第49話 つー訳で、ボク達はこれで!!


 高らかに勝利宣言をしたカワイイAIが蒼天を泳ぐ。

川崎市多摩区の空は晴れ渡っていた。


 枡形山をはじめ、黒い枯れ木に覆われた山々にも

よく見ればちらほらと緑色の芽吹きが認められた。

その最大の功労者である5人の特務清掃員は、

年長者である白鳥響司の

「さて…我々が今、作業装甲を着込んでいる理由はなんだろうね?」

という言葉をきっかけに全員が作業装甲を解除した途端、

一人残らずドッと地べたに倒れ込んだ。疲労のためだ。

 

作業装甲を解除したアキラと翔吉は、

どちらもカジュアルな装いの見目のよい青年だった。

清掃力の影響で髪や目の色に特徴があったが。


「うぅ~…。つ、疲れた……」

「き、筋肉痛が…」

「久々だよ…酒でも紛れそうにない疲れなんて…」

「え~ん…立てないよぉ」

「ハラ減ったぁ……」


 口々に疲れを訴える彼らだったが、しばらく寝転んで

青空を見上げる内に、心身が軽くなってゆくのを感じていた。

清潔をモットーとするデブルス清掃員ではあるが、

今日この時ばかりは砂埃に汚れる自分を許した。


「あ~…百年に一人の美男が砂だらけに…」

「うるせェ。いいだろ。今くらいはよ…」

「そうだね…それに汚れてなんぼじゃないか、我々の仕事は」


 清掃員とは元々、汚れることから逃れられない職業だ。

汚れを落とすために自らの手を汚す。

誰もが厭うことに手を染め報酬を得る。

その事実に、一般清掃員もデブルス清掃員も大きな違いはない。


「…なんか聞こえない?」


 アキラが上半身を起こし言った。

耳をすますと、遠くから自動車の駆動音が聞こえた。

4人が立ち上がってアキラの差し示す方向を見ると、

角ばったシルエットが近づいて来る。


「ありゃあ…陸自か?」

「高機動車で間違いないね」


 見立ての通り、5人の前に停まったのは

陸上自衛隊・高機動車だった。

しかし車内から真っ先に降り立ったのは、精悍な自衛隊員ではなく

小さく可憐なシルエット。

秋村郁実だった。


「い、郁実いっちゃん?!!」


 翔吉は裏返った声で愛しい従姉妹の名を呼んだ。

郁実は翔吉を見て、黙って目を見開いた。

驚いて声が出ないといった様子だ。


「郁実?どうした?」


 続いて高機動車から降り立ったのは長十郎だった。

翔吉を見た長十郎の驚きぶりは郁実のように静かなものではなく

「ギャー!」とも「あー!」ともつかぬ叫び声を上げた後、孫息子の名を呼んだ。


「翔吉ぃぃぃぃぃぃ????!!!!」


郁実と長十郎は翔吉に身も世もなく駆け寄り、抱き着いた。


「じ、じいちゃん…いっちゃん…」


オロオロする翔吉に、郁実と長十郎は涙ながらに詫びる。


「本当にショーちん…?夢じゃないの?!ショーちん…!!」

「夢でも幽霊でもなんでもいい!!翔吉!!おかえり翔吉…!!」

「ショーちん、ごめんね…本当にごめんね…!!」

「…じいちゃん…いっちゃん……」


 翔吉は子供のように泣きじゃくる祖父と従姉妹を、

その逞しい胸に抱き包んだ。


「し、心配かけてごめんね…!でも俺元気だから、

元気に…帰って来たから…!」


 そう言って、翔吉もこらえきれずに泣き崩れた。

秋村家の祖父と孫たちがひしと抱き合い、喜びと安堵の涙にくれる姿を

浄・鐵也・響司は感慨深く見守った。

事情を知らぬ分隊長を始めとする陸自防疫隊員達も、ついもらい泣きした。

詳しい経緯を知らず、精神的に幼いアキラはきょとんとしている。


 

ビコビコン!

 電子音と共にテントウムシ型のカワイイAIがどこからともなく飛来した。

「ハカセ!!」

アキラが嬉しそうに叫ぶ。


『ガルーダくんに悪いからねぇ。新しいカワイイAIを作ったんだよ!』

「お気遣いどうも。集積所のデータから、新たな発見でも?」


響司の問いに、博士は少しだけ黙り。声のトーンを落とした。


『なぜこれほどの貴重なデータを長年多摩区に埋もれるにまかせ、

公にされなかったのか…それがよく理解できたよ』

「と言うと?」


博士は重々しく応えた。


『なんとなく想像はつくだろう?

……人体実験だよ。数えきれないほどのね……』


おぞましい事実に、一同は黙り込んだ。


「……ああ、それで」


浄がぽつりと重く呟くのを、鐵也は聞き逃さなかった。


「なんかあんのか」

「うん…まぁ、ちょっとね」


浄は言葉を濁したが時すでに遅し。

テントウムシ型カワイイAIが蛍光グリーンのカメラアイを強烈に光らせ

浄・鐵也・響司に詰め寄った。


 『むむっ!キミたち常人にあらざる能力を持つ人間にしか

知覚し得ない情報があるのかもしれないねっ!実に興味深い!

さあさあもっとくわしく聞』

 

シュッ!

響司は胸ポケットから白絹の大判ハンカチーフを取り出すと、

ハカセのカワイイAIをさっと包んだ。

風呂敷ですいかを包むような早業であった。


『えぇ~!?見えない!何するの??ちょっとぉ!!』

 

「それはさておき皆神くん、金城くん」


響司は後輩二人に向き合い、ひそひそと言った。


「我々、人目が増える前に失礼しないと面倒なことになるのでは?」

「あっ!そうだった!そうでした!」

「よし…とっととズラかるか」


浄・鐵也・響司はすかさず翔吉とアキラを褒め称える。


「翔吉くん!アキラくん!頑張ったな!多摩区を救ったのはキミたちだ!」

「アキラくん、初仕事なのにすげェな!」

「秋村翔吉くんもデビュー1年目の新人とは思えないよ!

これでデブルス清掃界の未来も安泰だね!いや~結構結構!」


ギュイイッ!!


 3台のライドポリッシャーがライトを光らせ三人のそばで停まった。

その姿は見る見るバイク形態に変形した。

浄・鐵也・響司は軽く目配せすると、各々の愛機に跨った。


「つー訳で、ボク達はこれで!!」


颯爽と去ろうとする先輩清掃員達を、翔吉は慌てて引き留めようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!

今回の手柄も報酬もみんなセンパイ達のものじゃ…」

「ごめんなショーちん。色々あるんだよ…。簡単に言うと、

俺ら着工申出書もないのに勝手に清掃作業しちゃってたんだ…」

「え…えぇ?!」

「まァ落ち着いたら改めて侘びに行くからよ…」

「君も大変な思いをしたんだ。その埋め合わせとしては足りないくらいだが、

気にせず報酬その他の余禄を受け取ってくれたまえ」

「えぇ?!いやその、そんな訳には!」


 翔吉は先輩たちが自分に手柄を譲ってくれているものと恐縮しているが、

それは半分当たりで半分ハズレだ。先輩達は清掃庁に呼び出され、

長々とした事情聴取を受けるのが死ぬほど面倒くさいだけなのである。

浄は翔吉に微笑みかけた。

 

「胸を張れよ。多摩川梨で向ヶ丘2型にトドメを刺した勇者様は誰だ?」

「…は、はい!!」

 

今にもバイクで走り去ろうとする浄を引き留める者がもう一人いた。

郁実だ。


 「浄さん!あの…」


 浄は郁実の方を振り向こうとはしなかった。 

彼女の思いつめた声音に言葉で応えるかわりに、

浄は片手の人差し指を左右に振った。

次に郁実が口にしようとする言葉を制するように。


その仕草にはっとして、郁実は続く言葉を改める。




───好きな女の子に褒めてもらったり

 喜んでもらえたり、尊敬されたり、頼りにされたり…

  俺にとってそれは、ものすごく大事なことなんだよ。

    命のひとつやふたつ平気で懸けられるくらい───




そうだ。

彼に今伝えるべき言葉は『ごめんね』などではない。



 「ありがとう、浄さん!!」



 浄は右手を軽く上げ、親指を立てた。

ハンドルを握ると清掃力に呼応しエンジンが咆哮する。

浄はバイクでそのまま走り去った。

鐵也・響司も残される人々に軽く会釈をし、その後を追った。


 かつて府中街道と呼ばれたひび割れたアスファルトの路。

再びその名で呼ばれ、多くの自動車で賑わう日も近いだろう。



こうして3人の特務清掃員は、あっさりと多摩区から去った。



 

***


「かっこい~…先輩達」


 翔吉は心の底からしみじみと呟いた。

そして隣に立つ郁実にちらちらと目をやる。

約1年ぶりに見る郁実はひどく大人びて眩しく思え、

純朴な翔吉にはどうしても彼女を直視するのが難しかった。

 元々、見た目の可憐さとは裏腹に気丈な郁実に惚れ込んではいたが、

今の彼女には内側から光るような強さと美しさを感じた。


 郁実と自分は、やはり釣り合っていないのでは…

翔吉はそう思った。

 

「…いっちゃん」

「なに?」

 

郁実から向けられる視線にどぎまぎしながら翔吉は言った。

 

「み、皆神さんと付き合いたいんだったら、オレ…」

「バカたれ!!」

「ひぃっ」


 郁実の鋭い一喝に、翔吉は情けなく縮み上がった。

そんな翔吉を見た郁実は、1年前とあまりにも変わらない姿に苦笑する。

 

「ほんとバカね…」

「……」

「ショーちんじゃなくちゃ、あたしはダメなの」

「いっちゃん…」


「好きよ、ショーちん。誰よりも」


 郁実は翔吉の胸に抱き着いた。

言い知れぬ思いが溢れ、翔吉も胸の中の郁実を抱きしめた。


「オレも!オレもいっちゃんが好きだよ!世界一大好き!」


 抱きしめ返す郁実の細い腕、柔らかい感触、あたたかな肌のぬくもり。

そのすべてに胸がいっぱいになり、翔吉は感極まって再び泣いた。


「お、オレ…!い、生きててよかった…!」


 ひしと抱き合う若い二人は熱い抱擁からキスに…

という流れに身を任せたいところだったが、なけなしの理性でストップをかけた。

周囲を見回すと、長十郎と陸自防疫隊分隊長以下、隊員数名が

郁実と翔吉を見守っていたからだ。

なまあたたか~い眼差しで。

 

「いやいや、これでウチの梨園も安泰だぁ」

「我々のことはお気になさらず、どうぞご存分に…」

「で、できるわけないっスよ!もう!いじわる!」

 

 真っ赤になった翔吉のもっともな一言で、その場に居合わせた全員が笑った。

長き苦しみの去った喜び、安堵…すべてのこもった笑いだった。


 戻って来ないと思った人、青空、多摩川梨…

それらが全部戻ってきたのだ。

いや、取り戻してくれたのだ。彼らが。



──ありがとう、浄さん。ありがとう、みんな…

      ありがとう『特務清掃員』…!!


 

青空に負けない晴れやかさで、郁実も翔吉も大いに笑った。



 

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