作業工程5 降臨!S級特スイ・白鳥響司

第22話 今日も一日、ご安全に


陸上自衛隊狛江市・多摩区境

和泉多摩川防衛線 多摩水道橋


川崎市と東京都を結ぶ無数の橋のひとつである。


 今日も早朝から陸上自衛隊・防疫小隊がデブルス清掃に勤しんでいる。

夜間のデブルス嵐で分厚く降り積もった有害なデブルス塵埃、

野放図に繁茂する苔デブルスを道路上から排除しなければ、

大型トラックを始めとする自動車が通れず、都内の物流が滞る。


「おーい!こっちにも水くれ~」

「は~い…あれ?」

「どーした?」

「なんか給水パイプが変で…ゴミが詰まったかな?」


 直径二十センチほどの給水パイプがやたらと重い。

デブルス清掃用の水を、多摩川から汲み上げるためのパイプだ。

水を切るように振ると、パイプ内からとんでもないものが繰り出てきた。

ニュルニュルニュルッ!!!!

水生タイプのデブルス獣だ!

その姿はヤツメウナギにそっくりだった。


「ギャー!気持ち悪い!!よるなよるな!」

「おい洗浄弾早く!!」

「えぇ…アルカリ?酸?どっち??」

「迷ったら中性!なんでもいいから撃て!!」


 ウナギデブリはニュルニュルと隊員の一人にからみつく。

デブルス獣にはウイルス形態・塵埃形態デブルスのように

生きた生物に浸蝕する能力はない。絞め殺して死骸を取り込もうというのだ。


「ひぃ~!お母さん!」


 その時!白く巨大な鳥が多摩水道橋に舞い降りた。

手にしている優美なフォルムを描く武器は、

魔法使いの杖のようにも見えるが電磁モップだ。

オーロラさながらの光が尾を引き、穂先がウナギデブルスの頭部を粉砕した。

ウナギデブルスは耳障りな鳴き声を上げて路上でのたうつ。

しかしやがて白い光の粒子と化して消滅した。

 

白い装甲の男は、同じく純白の外套の裾を整った所作で払う。

そしてポカンとする自衛隊員たちに落ち着いた美声で語り掛けた。


「お怪我はありませんか?」

「は、はひ…!!ぼぼ防護服を着てまつのれ!!」

「何よりです。今日も一日、ご安全に」


彼は優雅に一礼すると全身に風を纏い、またたく間に飛び去った。


「ふええ…だ、誰?今の」

「アレですよ、世田谷区のS級…」


パパーーッ!!パパーーッ!!


 水道橋上の自衛隊員は行列するトラック達のクラクションに

我に返り、大慌てで重い鉄製ゲートを開いた。

待ってましたとばかりに大型トラックが清掃を終えた水道橋を次々に渡ってゆく。

こうして、陸上自衛隊狛江市多摩区境・和泉多摩川防衛線の一日が始まった。




***



多摩区・生田緑地近辺 デブルス隕石・ガス穴



魚型カワイイAIがカメラアイを光らせ、宣言する。


『 清掃 完了 』


 漆黒の作業装甲を纏った皆神浄は、手慣れたふうに電磁モップを旋回させ

誇らしげに告げた。


「はい、俺の勝ち~!」

「…チッ!もう一回だ!」

「二連敗してるのに?もうやめときなよ」

「うるせえ!!」


 渋い金色の作業装甲を纏った金城鐵也は、悔しげに地面を蹴るが

時計とバッテリー残量に目をやると「頃合いだな。帰るか」とあっさり

地上への帰り道を歩き出した。彼はどこまでもプロなのだ。

 

浄と鐵也はライドポリッシャー走らせ、契約主である秋村梨園に帰還する。

日の出から早朝まではデブルスどもが一番おとなしい時間帯だ。

 一日で一番作業量の多いデブルス清掃はここで終わりだが、

彼ら特務清掃員の日々の業務は、まだ始まったばかりなのだった。


「いや~今日も計画通り進んだし、スッキリしたね」

「ふん…バッテリーさえ切れなきゃ俺がもう一勝してた」

「負け犬の遠吠えって知ってる?」

「ほんっとムカつく野郎だなテメーは」

「おかえりなさい!浄さん、金城さん」


 早朝パートから帰った郁実が二人を出迎える。

今日も相変わらず可愛らしい彼女に、浄は「ただいま、寂しかった?」と

軽薄に投げキッスをし、鐵也は会釈だけを堅苦しく返した。郁実は苦笑する。


(なんていうか…正反対ね、この二人)


 しかし命懸けの過酷な仕事だというのに、浄と鐵也は楽しそうだ。

まるでゲームやスポーツに夢中になっている子供のように見える。

実際は素人には伺い知れない苦労があるのだろうが、周囲にそれを見せない。

つくづくこの仕事が好きなんだな…郁実は思った。



「なんッだこの作業計画表ッ!やる気あんのか!」

「だって一人現場だったし、俺だけ分かってればいいかな~って…」

「依頼主への説明義務はどうしたんだよアホ!」

「す、すいません…」


 事務作業中はたいてい鐵也の怒号が響く。

浄の作る書類がポンコツ過ぎるためだ。


「もういい!計画表は俺が作り直して、そっから仕様書も作る!」

「助かる~。俺こういうの苦手で」

「…テメー今までどうしてたんだよ」

「マメ公に作らせてたよ」

「インスぺAIにやらすなよ…そんな事まで」

「一日八時間監視させてやってんだよ?それくらいさせなきゃ」


廊下から郁実が鐵也に恐る恐る声をかける。


「あ、あの~金城さん?」

「…ハイ。なんスか」


 低く気怠い応え。

誤解されがちだが、これが鐵也の素であって悪意はない。

郁実は浄から事前に聞かされてはいたもの、正直それでも声をかけづらい。


「私のパート先の店長さんが、エアシャワー修理費用の助成金と、

今後の商売について相談したいって…」

「はァ…すぐ行きます」


 多摩区の住民たちは、鐵也の元によく相談に訪れていた。

最初こそ、その恐ろしげな見た目にビクビクしていた区民達だったが、

話してみると鐵也が経済や行政支援について詳しく

親身になってくれると分かり、日に日に相談者の数は増えるのだった。


「やりくりしても限界で…商売を畳むしかないのかなって…」

「金だったら神奈川県のデブルス災害支援制度があります。

全額は無理でも半分くらいは出るはずなんで…。

残りは清掃庁の特別融資を受けて地道に返していけばいい。

この住所で長年営業してきた実績は充分にあるし、

まず断られることはないでしょう」

「ははあ…そんな制度や融資があるなんて知りませんでした」

「役所ってなァ…基本的に向こうから宣伝しませんからね」

「はぁ~」

「とにかく、まず経済的な問題を取り除いてから先を考えましょう」

「よ、よろしくお願い致します!」


 すっかり清掃庁出張相談所と化した鐵也を物陰から伺いながら、

長十郎・郁実・浄はしみじみと呟いた。


「金城さんって…すっごく頼もしいね…」

「そうでしょそうでしょ」

「なんで浄さんが得意げなんだよ。金城さん、梨園継いでくれねえかなぁ…」

「…二人とも俺の時と反応違わない?」

「浄さんはね~…なんか頼りになるんだけどならないというか」

「仕事はできても大黒柱って感じじゃねえんだよな、あんたは」

「えぇ~?そうなんだぁ…」


また一群の多摩区民が梨園にやって来た。


「秋村さ~ん!バラ苑ボラで~す!倉庫開けてくださ~い!」

「はいよ。今行くよぉ」


 老若男女十人ほどの集団。彼・彼女らは生田バラ苑のボランティアである。

秋村梨園の倉庫のひとつを借りてバラ栽培用具を収めており、

週末になるとバラの世話のためにやって来るのだ。


「おじいちゃん、私が行くよ」

「いいよ、おめえも朝から働きづめなんだ。ゆっくりしてな」


 長十郎が玄関に向かうと、郁実と浄の二人きりとなる。

郁実はぽつりとつぶやいた。


「なんだか変な感じ」

「何が?」

「先のことなんて考える余裕もなかったから…」


そう。と浄は神妙に頷き、すぐにいつもの調子のいい笑顔に戻った。


「俺との未来も考えられそう?」

「考えないよ!」


 郁実にとって浄との距離は、相変わらず近からず遠からず心地よいものだった。

あの夜の親密な空気が嘘のようで、郁実はかなりホッとしていたが

同時に申し訳なく思わないでもなかった。

こういう男女間の適切な距離は、双方の努力と気遣いなしでは成立しない。

それが分からないほど郁実は子供ではなかった。



***



一時間後。


 ようやく日々の作業がひと段落し、相談者の足が途切れたタイミングで

鐵也は車庫からライドポリッシャーを出し、公道でも走れるよう

バイク形態にチェンジさせる。

これからどこかに出掛けるようだ。それに気づいた郁実は鐵也に声をかけた。


「金城さん、お出掛けですか?」

「はァ…一旦、家帰りたいんで」

「お家を長く空けたら物騒ですもんね」

「…秋村さん」

「はい?」

「確かに住み込みの方が作業効率はいいですが…迷惑じゃありませんか。

居候が…しかも男が二人も家に住み着いて」

「そんな!あたしもおじいちゃんも喜んでます!なにかと物騒な世の中だし、

金城さんと浄さんが家に居てくださると安心なんです。本当です!」

「そうですか…ところで」


鐵也は郁実をちらりと見て言った。

 

「秋村さんは、皆神のことフッたそうですね」

「ふぇ?は、はいすみません…」

「謝る事ァないです。あの野郎は学生の頃から女癖が悪ィんで…いい薬ですよ」

「そうなんですか?意外…でもないですけど」

「男を見る目、ありますねェ…」

 

からかっている様子はない。鐵也はしみじみ感心している様子だ。


「まァでも…あいつァ嫌な野郎ですが、デブルス清掃員としての腕は一流です。

そこは信用していいと思いますよ」

「はい…!」

 

 何事もなければ昼過ぎには戻ります。

そう言い残し、鐵也のバイクは梨園から走り出て行った。

入れ違いに、浄が玄関先にやって来た。


「バイクの音がしたけど、鐵ちゃん?」

「うん。お家に帰ったよ。昼過ぎには戻るって」

「そっか。じゃあ今のうちに午後の作業計画やっとかないとね」

 

 浄はマメ公に地図を空中投影させた。

昼過ぎ、鐵也が戻った後に行う清掃作業の段取りを決めておくためだ。

郁実も浄の隣でそれを見上げた。


「この青い部分が朝清掃したところ?」

「そうそう。で、午後は~」

「なるほど。早朝に本清掃を行い、午後は同エリアの巡回清掃を行う。

その中間の今は清掃力と体力を回復させつつ、依頼人を含む

区民のケアと計画の見直しに充てる時間…という訳だね。賢明だ」


 不意に背後からなめらかに響く声。浄と郁実は慌てて振り向く。

そこには絵物語から抜け出たような、一人の若き紳士が佇んでいた。

またも降ってわいた美形に、郁実は慌てながらもなんとか問いかける。


「ふぇ?!あ、あの…どちら様ですか?」

 

「失礼、インターホンが故障しているようですね。

勝手に入らせて頂きましたよ」


 若き紳士は涼しげに言い放つ。

浄は背筋が冷たくなるのを禁じ得なかった。

まったく気配を感じ取れなかったのだ。

特務清掃員である自分が…。


 水鳥が湖面に優雅に舞い降りる時ですら、

もう少し物音を立てるだろうに。


 

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