第13話 何しに来やがった
再び JR南武線・快速急行 川崎行き
対デブルス装甲列車 車内
浄と郁実が南武線に乗り込んだ理由…それは
第二の特務清掃員が住むという川崎市川崎区に向かうためなのだ。
窓の外を、かつて各停駅だったものが寂しく通り過ぎてゆく。
昼過ぎのためか車内の人出はまばらだった。
薬品コーティングで褐色に染まった車窓から目を外すと、
郁実は隣に座る浄を見上げた。
こうして見ると、本当に綺麗な男だ。
防塵サングラスを掛けて質素な身なりをしていてさえ。
宝石は宝石なのだ。
宝石箱に収まろうと新聞紙に包まれていようと。
鼻筋の通った白い横顔をしみじみと郁実は眺めた。
「そんなに見つめられると照れちゃうな」
「あ、ごめん」
郁実は慌てて目を逸らす。
「ま、俺は百年に一人の美男だし。惚れちゃうよね」
へらっとゆるく笑う顔は、ただのお調子者でしかないのだが。
「惚れないよ!」
郁実は唇をとがらせた。
昨夜は特に色っぽい展開にはならず、浄と郁実は
それぞれの部屋に戻って普通に一人で眠った。
浄の態度は一夜明けても何ひとつ変わらなかった。
郁実にはそれがありがたかった。
「…その人」
「ん?」
「今日はどこにいるか分るの?」
「ああ。こいつが案内してくれる」
マメ公がカメラアイを光らせながら、つり革のあたりを泳いでいた。
特務清掃員はデブルス清掃法によりカワイイAIの随行を義務づけられている。
そしてカワイイAI同士は互いの位置情報を常に共有し合っているのだ。
「…どんな人?」
「いいやつだよ、すごく。金にはうるさいけど」
金銭の問題に触れ、郁実の表情が不安げに曇る。
「何度も話してるけど、特スイをもう一人雇うお金なんか全然ないんだよ?
ナマダから取り返してくれたお金だって生活費で消えちゃうもの。
いくら浄さんが説得してくれたって…」
「大丈夫大丈夫。大学時代の友達だし、まけてくれるさ」
「そういうの関係ないでしょ。仕事なんだから。それに真っ当な清掃会社が
みんな逃げ出した多摩区なんか、A級特務清掃員が相手にしてくれるかな…」
「なんとかなるよ。ま、最初は断るだろうけど最終的には引き受けてくれるから」
「…ふぅん?」
何やら含みのある浄の返事に不穏さを感じながらも、
それ以上聞くのを郁実はやめた。今はこの男を信用すると決めたのだ。
装甲列車は鉄路にはびこるカビ・ホコリ・苔デブルスを猛然と蹴散らしながら、
川崎駅へと向かった。
***
15分後
川崎市川崎区 JR川崎駅前
昼過ぎだというのに嵐の前触れがない。
マスクなしで歩いている人も多い。
川崎区にも2型の隕石デブルスは存在するが、
川崎港沖合深くに沈んでいるため影響は少ないのだという。
郁実が恐る恐るマスクを外してみると、爽やかな空気が胸に流れ込んだ。
茶色のデブルス雲の切れ端を浮かべた薄青く晴れた空に、郁実は改めて
多摩区のデブルス禍の異常さを痛感した。
同じ川崎市内でもこうまで違うのだ。
駅前から10分ほど南に歩くと、物々しく交通規制が布かれていた。
防護服姿の警備員が立ち並び、黄色と黒のバリケードの上に回転灯が光っている。
現在は廃墟だが、昔は競輪場だったのだと錆びた看板が教えてくれた。
「そろそろだな。郁実ちゃん、マスクを着けた方がいい」
「浄さんは平気なの」
「これくらいならね」
一級清掃員ならびに特務清掃員になれる人間は、一般人とは清掃力の埋蔵量が違う。それは生身のデブルス耐性すら大きく左右する。
つまり同じだけのデブルス粉塵を吸い込んだとしても、清掃力の高い人間は平然としているが、一般人は病院で緊急治療を受けなければ命に関わるほどの違いだ。
縦長の台形が黄色く発光しつつ、無数に連なり光の鎖を形作っている。
お馴染み清掃庁の対デブルス清掃バリア…正式名『作業表示板』だ。
直径100mはあろうか、その円形のフィールド内では
ドス黒いデブルス嵐が渦巻いていた。
『ただいま清掃中』『立入禁止』『ご迷惑をおかけします』
赤い回転灯の点滅する看板が立ち塞がり、
警備員が自動車や歩行者を別の道へと誘導している。
「あそこにその特務清掃員がいるの?」
「ああ。でもまだ仕事中みたいだし、ちょっと待とうか」
「なんか凄いね…大丈夫なのかな」
「隕石の規模は5型だし、A級特スイからしたら朝飯前さ」
「!5型って結構大きいじゃない…?」
デブルス隕石はそのサイズによって等級を定められている。
ちなみに5型は直径5m級。多摩区の2型は25m級である。
ゴォォォォガキィンッ!!
電磁バリアの内側から地鳴りが響く。
僅かな揺れの後、大気を切り裂く轟音と共に4階建てビルほどの高さはあろう、
巨大な鉱石の塔が日本刀めいた鋭さで天を突いた。
その先端には禍々しい瘴気を放つ黒い塊…5型デブルス隕石が突き刺さっている。
大気中の塵埃がデブルス隕石に取り込まれてゆく。
デブルス獣と化し逃れようというのか。
そこに上空から一本の黄金の矢が降り注ぎ、デブルス隕石に突き刺さった!
郁実はそれに見覚えがあった。先日、浄がナマダのデブルス獣を倒した技。
特務清掃員のみが使える対デブルス核清掃技術…『必殺洗浄』だ。
黄金の矢と化した特務清掃員はデブルス隕石は粉々に蹴り砕いた。
強風が吹く。デブルス核を破壊した時に生じるエネルギー波の嵐…
いわゆる『オーバードライブ』と呼ばれる現象である。
薄黄色がかった水色の空が黒に近いまでに澄んだ深い青に変じる。
空気中のデブルス粉塵が浄化されたのだ。
処刑台としての役目を終えた鉱石の塔は、隕石と同じく
輝く白い粒子と化し崩れ去ってゆく。
『 清掃完了 だワン! 』
どこからか電子音声が響く。見ると犬型カワイイAIが主と思しき人影の周りを
くるくると嬉しそうに飛び回っていた。
「終わった。行こう郁実ちゃん」
「えっ!うん」
清掃バリアを掻いくぐって人影に向かって進む浄に郁実はついて行った。
途中で警備員が浄に声を掛けたが、特スイブレスを見せるとおとなしく道を開けた。
警察手帳のような役割もあるらしい。
「
「……」
浄が声を掛けると、作業装甲を纏った人影は気だるげに振りむいた。
首の後ろから伸びるマフラーめいた帯状の光が、黄金色に輝き揺れる。
漆黒の素体に、つやを消した金の装甲と同じ色の機構が渋く光る。
浄の特スイ装甲にベースは似ているが、細部や装甲のデザインはずいぶんと違った。
虎のようにも蜂やそれに類する昆虫のようにも、
戦国武将の兜のようにも見える独特な意匠の頭部装甲。
それは猛々しく、どこか怒りをはらんだ表情にも見えた。
「よぉ。久しぶり」
「…何しに来やがった」
低い声が忌々しげに応える。男の声だ。
シュッと軽い音を立て、頭部装甲の顔面が開く。
あらわになった顔は低い声にそぐわず若々しい。童顔と言っていいかもしれない。
ただその表情はひどく険しかった。
『
浄は刺すような視線を正面から受けながら、いつもの調子を崩さない。
郁実は穏便ならぬ雰囲気に、びくびくしながら二人の様子を伺った。
小動物が二人の間を通ったら心臓麻痺で死んでしまいそうだ。
どう見ても仲良し同窓生の4年ぶりの再会という空気ではない。
そしてその場にいる誰もが、物陰から伺う4対の小さな目に気づかなかった。
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