異物が侵食する日常:不条理が描く忌まわしき物語集

玄道

Nest~蜘蛛の巣~

1

「レジ袋は、ご入り用ですか?」

「いえ」

「七百九十二円になります、ありがとうございました」


 宮島ゆかりは、三十二歳の、コンビニ店員である。全国展開する、大手コンビニのフランチャイズ店でバイトを始めて、六年目になる。


 海外の大学を卒業後、職を転々としていたが、最も続いているのが、この仕事だった。その容姿と声で、レジでの接客を担当することが多い。


 栗毛のショートボブ。髪色は生来のものだ。薄化粧で十分な端正な顔、すらりとした手足。一見モデルと勘違いされるが、本人にそのような経験はない。


「ゆかりちゃん、またお願い」

「ええ」


 蜘蛛の処理。ゆかりがシフトに入る時は、何故か、蜘蛛が姿を現す事が多い。


蜘蛛を怖がらない彼女は、いつの間にか、陰で『パーカー』と呼ばれるようになっていた。蜘蛛のヒーローが出てくる映画からの、連想だった。


「宮島さんだけですよ、ここで蜘蛛を怖がらない女の子なんて」


 大学に合格し、親からバイトを許可されたという、西口にしぐち勇二ゆうじが、頼もしげに言う。


「もう三十二よ、西口くんからしたらおばさんでしょ」


 ゆかりは淡々と返す。ビニール手袋を嵌め、蜘蛛の巣を、てきぱきと処理する。


「これは何て蜘蛛?」


 先輩の東雲しののめ瑞樹みずきが問うと、

「ビジョオニグモです。毒がありますけど、大したことないので」

 とゆかり。摘まんで、早朝の外に放り出す。


「あら、流石ゆかりちゃん。博識~」

 感心する瑞樹に、ゆかりは

「蜘蛛は益虫なんですよ、ゴキブリとか食べますから」

 と返す。


「小説もあるしね、芥川龍之介の」

 瑞樹の軽口に、ゆかりが反応する。


犍陀多かんだたは、蜘蛛に食べられるべきでしたね」

 さらりと口にする、ゆかりの後ろ姿に、勇二は、甘い戦慄を覚えた。

 刺のある花。彼の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。


「宮島さんなら、極楽まで昇りそうですね」

 ゆかりは、背を向けたまま、返答する。

「それ、私が一度地獄に堕ちるってことじゃない」

 声色は、いつもと同じであった。

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