第9話 授業

「そういや兄ちゃん、あんた武器の訓練はどこでするつもりなんだい?」


「あー・・・」


 答えようとして言葉に詰まる。


 正直、どこで素振りするかもわからない。


 家の近くの公園・・・公共の場で刃物振り回すのは流石にこの世界でも通報案件だろうしな。


「考えてなかったですね。

 多分、学校の体育館とか訓練場?とかがあればそちらでですかね?」


「そんなこったろうと思ったよ。ほれ、これはおまけだ、持って行きな」


 そう言って丁度長巻と同じくらいの長さの木の棒を渡される。


「訓練用だけど一応樫の木で作ってるからね、それなりに良いものだよ。

 それなら公園とかで振っても多分大丈夫だと思うから頑張んな!」


「ちょ!多分ってマジですか?」


「まぁ、職質受けて注意されたら止めりゃいいんだよ。はっはっはっ!」


 職質前提ってことはほぼアウトなんじゃ・・・


「まぁ、大丈夫だよ。少なくともあたしが若い時は大丈夫だったからね」


「そ、そうですか、わかりました。

 有難く頂きます。」


「それじゃ、毎度あり! またの来店待ってるよ~!

 嬢ちゃん達もいろいろ頑張んなよ~」


「「「ちょ!・・・は、はぃ、頑張ります」」」


 そう言っておばちゃんはニヤニヤと笑い、秋野達は顔を赤らめて足早に店を出て行った。


 そしてその後を追うように袋と長竿2本を担いで輪廻が店を後にした。











「マジかぁ・・・」


 武器を買って帰った日の夜。


 俺は目の前のディスプレイに出ている文字を見て武器を買った事を早くも後悔し始める。


『錬体行 武器学 剣術  解禁

 錬体行 武器学 槍術  解禁

 錬体行 武器学 棒術  解禁

 錬体行 武器学 短剣術 解禁』


 ・・・修行項目が増えたんですけど?!


 そう思うが早いか俺の体は木の棒を担いで近くの公園へと走らされた。


 そしてそこからが地獄だった。


 無人の公園で最初はお手本を体現するように勝手に体が動く。


 棒を剣に見立てて上から下に振り下ろす真っ向切りと言うらしい。


 その動作を3回繰り返された後、体の自由が戻るとディスプレイが現れ『正しい素振り10回』と表示される。


 俺は試すようにこの場を離れようと公園の入り口へ向かおうとすると足がピタリと止まる。


 やっぱり駄目か・・・


 俺は諦めの心境で鍛錬を黙々と熟すことにした。





















 あの後、鍛錬を終えて震える体を引き摺って帰宅したが、俺は武器を買った事を早くも後悔した。


 最初、素振り10回ならまぁ楽勝じゃんね?


 なんて思っていたがとんでも無かった。


 何故なら、最初の見本通りに振らないとカウントされなかった上に、正しく振れてカウントされても10回連続で正しく振れないと失敗した時点でカウントが0にされたからだ。


 後で気付いたが、振る速度は関係が無かった。


 振りの速い遅いではなく正確さが求められていたのだ。


 最初は気付かなくて早く終わりたい一心で雑な素振りをしていた所為で中々終わらなかったのだ。


 失敗した回数も10回、20回と増え、50回目、流石に『これ、無理じゃね?』とか思い始めたら再び体の自由が奪われ勝手に体を動かされる。


 どうやらある程度失敗し続けると見本の動きが強制発動するらしい。


 なので俺は見本動作が発動した時は、自分の体をどうやって動かしているかに意識を集中して必死で覚えるようにした。


 こうして失敗50回毎に見本動作が差し挟まれる鍛錬を繰り返し、何とかクリアしてホッとしたのも束の間。


 体の自由を奪われ次の素振りの型へと移った時、俺は底知れぬ恐怖を抱いた。


 こうして剣術の基本動作と見られる9種類の素振りを各10回クリアした頃には腕はパンパンで上がらず、握力もペットボトル1本持てそうに無いくらい震えていた。


 こうして俺の錬体行にまた1つ新しい苦行が誕生した。




















 大学でのオリエンテーション期間も終わりを迎え、授業開始となる初日。


 ここで1つ発覚した悲しいお知らせなんだが、DT学部に男性は俺を含め2人しかいなかった。


 この学部に所属する1年生は42人。


 男女比2:40と偏り過ぎじゃね?


 そんな事を考えていると教壇に講師が現れる。


 教室のざわつきがピタッと止まり、一瞬の静寂が生まれる。


「はい、それじゃ今年度の初講義を始めます。

 私は今年度のダンジョン探索基礎講座を受け持つ山田 渚。 講師をしております。

 1年間よろしくお願いします。

 では先ず出席から取ります。

 名前を呼ばれたら手を上げて返事してください」


 どうやら代返を緩く取り締まっているようだ。


 こうして出席が取られ始める。


 学生は呼ばれると緊張した声であったり、気が抜けた返事であったり、気合の入った返事であったりと様々だったが、途中で山田准教授の声が止まる。


「えーっと、ひ、氷室 源治・・君」


 何故か緊張したような声で告げられる。


 それに応えたのは輪廻以外の男性受講者だった。


「はい」


 彼は短く答え、輪廻は声の方を向く。


 どんな奴かと思ったからだ。


 良ければ友達にでもなれないかと考えての行動だったが、どうやら教室中の全員が注目していたようで少し驚いた。


 髪色は鈍色と言えばいいのか鼠色と言えばいいのか、なんかくすんだ色味。

 髪型は・・・うん、よくわからん。

 体系も座ってるからわからん。

 顔も良く見えんし、わからん。


 まぁ、声から男とわかる感じだ。


 その後も山田准教授は出席を取り続けていたが、俺の名前はまだ呼ばれていないようだ。


 そんな事を考えていると、山田准教授の声が荒くなる。


「おい! しん りんね! 居ないのか!

 全く、初日から私の授業を欠席するとは、舐めているな!」


 そんな事を言ってクリップボードを教壇に叩き付ける。


 こっわ


 怒らせるとヤバそうな人に当たっちゃったなぁ・・・


 そんな輪廻の感想を余所に山田准教授は次々と出席を取り続けて行くのだが、結局最後まで輪廻の名前が呼ばれる事は無かった。


「よし、それじゃ出席は取り終わったな!」


 そう言われ輪廻は慌てる。

 まだ呼ばれていないのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!

 俺、まだ呼ばれてないんですけどぉ!」


・・・・・・


・・・・


・・



 教室内が静まり返った。


「いやいや、本当に呼ばれてないんですけど?」


「あ、い、いや、そんな筈は・・・」


 山田准教授・・・言いにくいので山田先生でいいや、山田先生は再度の呼びかけで再起動したのか慌てて出席簿を見るが漏れは無さそうで困り顔になる。


「すまないが、名前を教えてもらえないか」


あらた 輪廻りんねです。

 新しいと書いてアラタ、六道輪廻、輪廻転生のリンネです!」


 そう答えた途端、山田先生の顔が引き攣る。


「す、すみません。 読み間違えていました」


 顔を赤くしてクリップボードに何かを書き込、あ、読み仮名書いてるのか。


「こ、こほん。

 では、これで全員出席です。

 それでは授業を始める事にします」


 そう前置きして授業が始まる。


「えー、皆さん、ようこそダンジョン探索学部へ。

 さて、皆さんに質問です。

 そもそもダンジョンとはなんですか?」


 そう質問された学生達はキョトンとした顔をする。


 そんな中、1人の生徒が手を上げ、山田先生が発言を許可する。


「ダンジョンとは人類の脅威となる魔物が現れる危険な領域です」


「それも1つの事実ですね。

 他に意見のある人はいますか?」


 そう言うと幾つか手が上がり、その中から1人が選ばれる。


「えっと、ダンジョンとは色々な資源が存在し、人類に恵みを齎す存在です」


「それも1つの事実ですね。

 他にも意見のある人はいますか?」


 そう言うと山田先生は教室内を見回すが中々手が上げる生徒はいない。


 かく言う輪廻はこれ幸いとダンジョンについての認識や常識を学ぶ為、真剣に聞いていた。


 その姿勢が仇となったのか、山田先生に名前の誤読の意趣返しとでも言うように指名される。


「では、新君、あなたはどうですか?」


「はい?」


「あなたの意見はどうです?」


「あー、えっと、ダンジョンとは何かですよね?」


「そうです」


 あー、どうしよう。

 ダンジョンは何かって、わかるわけないんですけど?!

 うーん、虚空蔵菩薩様の言葉を借りて答えを適当にでっち上げるか。


「ダンジョンとはこの地球に現れた特異点だと考えます。

 一般的な物理法則すら無視した現象が起こされる空間で、現段階では凡そ人類の理解の範囲外の存在だと思います」


 そう答えると山田先生は少し驚いた表情をした後、先を促すように見て来た。


 輪廻は誤魔化しきれなかったか・・・と諦め、内心をそのまま言葉にする。


「えーっと、つまり、わかりません」


 これで俺は授業初日でおバカ認定された。 されてしまったのか。


 そう思い落胆したが、次の山田先生の言葉に驚く。


「その通りです。

 現状、ダンジョンは何か?と問われた場合、『わからない』が正解です。

 確かにダンジョンには魔物が出て来て危険です。

 それにダンジョンを放置するとダンジョンから魔物が溢れてます。

 一般的にはスタンピードの名称で呼ばれる現象ですね。

 このスタンピードが起こった場合、計り知れない被害が発生することでしょう。

 このようにダンジョンは危険ですが、その反面、ダンジョンから採取や採掘された未知なる物質は研究され、活用される事で人類の文明を加速度的に進め、今では人類の生活に欠かせない存在となるほどに恩恵を与える存在となっています。

 だが、ダンジョンそのものについては、未だに何もわかっていないのが現状です」


 山田先生はそこで言葉を区切ると学生たちを見回す。


 輪廻は一瞬呆気にとられたが、自分の答えが間違っていない事に、おバカ認定されなかったことに安堵した。


 そして山田先生は一拍おいて口を開く。


「ダンジョン探索部とは、ダンジョンについての未知を既知へと変える為の学部です。

 今年度はダンジョンに慣れてもらう意味も込めてダンジョン探索フィールドワークが中心となります。

 中には既に細かく学部や専行等を既に決めている人もいるでしょう。

 研究分野を目指す人はダンジョン探索をしなくても研究は出来ると思うかもしれません。

 ですが、理論を立てたって実際に証明しなければ意味はない!

 実証できなきゃ意味がない!

 その為には実験できなきゃ意味がない!

 労を惜しむ者に研究費は出ない!

 体を張らなねば信頼は得られない!

 まずは動く!報酬は後から!


 まぁ、そう言う事です。

 大まかな授業の予定ですが、暫くはダンジョンについての座学です。

 その後はダンジョン探索に向けて適性検査を行い、適性に合った戦い方を学びます。

 そして夏休み前に一旦ダンジョン探索を行います。

 こうしてダンジョンに入れるようになった後は只管ひたすらダンジョン探索実践あるのみです!」


 驚きの脳筋学部宣言。


 ま、まぁ、最初から名前にダンジョン探索が入ってるんだからそうなるのか。











 その後も授業は続いた。


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