第6話 武器屋に行こう

 履修科目表を提出した翌日、いつもの『錬体行』を終えて家に帰った早朝のこと。


 スマホが鳴った。


 見ると武丸さんからのメッセージだった。


 時計を見ると時刻は6時半・・・早くね?


 いやいやいや、普通は寝てる時間じゃね?


 既読を付けると起きてることがバレるな・・・


 そう思ってスマホを放置してシャワーを浴び、朝食の準備を始める。











 台所のフライパンで卵を焼き、更に移すとそのまま今度はベーコンを焼く。


 ジュージューと肉が焼ける良い音と匂いを嗅ぎながらインスタントの味噌汁をお椀に入れるとこちらからも美味しそうな味噌の匂いが漂う。


 あぁ、お腹すいた。


 ベーコンをひっくり返すとすぐに茶碗を取り出し、炊飯器からご飯を盛る。


 山盛りにしたいが『僻穀行』に邪魔されて茶碗に半分程度しか盛れない。


 ・・・おのれぇぇぇ!


 朝から怨嗟の声を漏らしつつ焼けたベーコンを卵の横に乗せると卵に醤油をひと掛けして手を合わせる。



 頂きます。



 一言唱えると俺は味噌汁を一口含み、ゆっくりと味わいながら朝食に取り掛かる。


 食事を進めながら今日の予定を考える。


 今日はまず大学に行って後はどうしようか。


 何かなかったかと思案していると思い出す。


 そう言えば警察の人に武器を携帯しろって言われたな。


 武器・・・武器屋。


 行ってみますか!


 前世じゃ考えもしなかった武器の購入だ。


 示談金で生活費には多少の余裕が出来ている。


 確か前世だと日本刀が90万位と言って気がするから今なら何とか買える値段だろう。


 サバイバルナイフなら数千円のものもあった筈。


 年甲斐もなくワクワクして、朝からちょっとテンション上がるぜ!




 そんな感じで良い気分で朝食を食べ終え、洗い物をしているとまたスマホが鳴った。


 今度のメッセージは相手は哀川さんか。


 えぇー、マジか・・・


 時刻は7時半。


 そろそろ返信しないと不味いか?


 そう思いメッセージを確認する。


『おはようございます。

 本日もよろしくお願いします』


 武丸さんのメッセージは挨拶なんだろうけど、時間早いし本日も・・・って所になんか圧を感じる。


『おはよー。

 今日も大学来るよね?

 良かったら一緒に受講しよう~』


 哀川さんは普通だな。

 うん、普通だ。


 俺は少し考えて適当に返事を返して俺は朝のルーティンに戻ることにした。











「おはようございます!」

「おはよー!」


 そう言って挨拶をしてきたのは武丸さんと哀川さんだった。


 輪廻は気後れしつつも返事を返す。


「お、おはよう」


「なんか元気ないねー? うぐぅ?!」


 そう言ったまどかに秋野がさり気無く肘打ちを容赦なく鳩尾に打ち込む。


「新さん、お気を悪くしたならごめんなさい。

 まどかさ~ん? 言葉使いが気軽すぎますよ?」


 そう言って頭を下げるが、輪廻は困惑した。


 この世界では男女比が偏っている上に男性は女性よりも物理的に弱いと言う常識がある。


 つまり、この世界の男性は女性に対して少なくない警戒心を持っているし、馴れ馴れしく接してくる女性は嫌悪される傾向がある。


 そして女性は男性に対して良い意味でも悪い意味でもアクティブに接する傾向がある。


 なので女性が男性に接する時は相手を怖がらせないように接するのが常識として浸透している。


 わかり易く言うと保護犬をお迎えするような心境で、かまい過ぎず、噛み付かれても寛容の精神で許し、温かい心持ちで接することが求められている。


 まぁ、実際はそうあれかしと言われてはいるが、実践できている人物は?と問われれば首を傾げる程度でしかないのが実情でもある。


 そう言った事もあり、常識的な判断からするとまだ出会って日が浅いまどかの発言はアウトに近い発言だったと言える。


 それを掣肘した秋野の行動はこの世界の常識に照らし合わせれば正しいのだが、輪廻には伝わらない。


 最初に輪廻が困惑したのは、『何に対して武丸さんが謝っているのかわからない』と言ったような事だが、まどかへの言葉使いに対する秋野の注意で、『ラフな言葉使いをしただけで窘められるなんて、この世界って礼儀作法に厳しいのか? やっべ、礼儀作法なんてわかんないんだけど?!』と言った感じで輪廻自身にも焦りが出ていた。


『と、取り敢えず丁寧語と敬語で話すことを心掛けよう。

 指摘されたら謝るしかないかな? はぁ、なんか面倒臭い』


 と言った感じで輪廻の中で自己完結した。


 因みに秋野の肘打ちは輪廻には見えていない。

 輪廻には見えていなかったが、僅かに発せられた秋野の凄みに冷や汗を掻いていた。


 まぁ、そんなことはさておきさっさと講堂へ向かおう。

 初っ端から遅れて学校側に目を付けられたら洒落にならん。


「御取込み中のようですから私はこれで、お二人も遅れない程度に収めた方がいいですよ~」


 そう言うと輪廻はこの場を逃げ出した。


「「あ・・・」」


 そんな声が聞こえた気がするが気にしない。


 振り返ることなく輪廻は歩き続けた。











 今日のオリエンテーションが終わり、輪廻は大分草臥れていた。


 オリエンテーションを担当した教授・助教授達は気怠い雰囲気を纏って登壇するのだが、輪廻の顔を見た途端に固まったかと思うと、再起動するや否や張り切り出して輪廻を狙い撃ちするように猛禽類が獲物に向けるような視線を向けて来るのだ。


 勿論、その視線は教授だけではなく、同じ教室にいる者達もチラチラと向けて来るので輪廻は身の危険を感じ、結局オリエンテーションの間は気の休まらない状況に晒され続けていた。


 そんな状況を脱して、カフェで脱力している。


「さすがに疲れた・・・

 けど、これで武器屋に行けると思えば気分も上がるってもんだ。

 それに幸か不幸か、護身用だけじゃなくてダンジョン探索に向いた武器も用意することになったしな・・・」


 今日のオリエンテーションで念の為と言う事で初歩的な注意喚起が行われたのだが、その中に授業では武器を使った模擬戦や実際にダンジョンへ潜っての実習も行われるのでダンジョン探索を行う際の装備を各自用意しておけと言われたのだ。

 正直、寝耳に水。

 と言うか、DT学部について殆ど調べていなかった輪廻は内心の焦りを何とか隠してオリエンテーションを受け続けたのだ。


 他の者にとっては今更な注意事項かもしれないが、輪廻にとっては有難い内容となっていた。


 そんな事もあり、武器屋へ行くことは興味本位と言う物見遊山的な意味合いから授業の準備と言う割と重要な意味合いへと変化を遂げた。


 色々と考えつつも、ようやく落ち着いてきた輪廻はカフェを出ようとすると声を掛けられた。


「新さん、こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 どうやら秋野に見つかったらしい。


「いや、同じ大学なんですから、奇遇と言う程でもないんじゃないですかね?」


「・・・」


 そう答えると武丸さんの蟀谷が引き攣る。


 あー、余計なこと言ったか?


「あぁ、そうだ。

 出会って早々すみません。

 私は用事がありますのでそろそろお暇しようと思います。

 武丸さんはどうぞごゆっくりして行ってください」


 愛想笑いと共に席を離れると入り口からまどかに見つかる。


「あー、新君だ!

 何々? お茶してたの?」


「ちょっと、急にどうし、た・・・」


「うん? 誰?」


 どうやら哀川さんには連れが居たようだ。

 思わず声を出してしまったが、哀川さんの少し後ろには見知らぬ女子が居た。


 輪廻が見知らぬ女子をじっと見る。


 ショートカットが似合う活発そうな雰囲気を纏う女の子。


 哀川さんのお友達なのかな?


 そんな事を輪廻が思っていると、その子が急に視線を外してまどかに声を掛ける。


「ちょ、ちょっと!」


 そう言ってその子はまどかの袖を引いて耳打ちする。


「あ、そうか。ごめんごめん

 えーっと、新君、こちら私達の友達のリコ! 鈴木 理子さとこちゃんです」


「ご紹介に預かりました。

 鈴木 理子と言いますが、リコと読んでください。

 よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします 鈴木さん」


 距離を縮めたいリコはリコ呼びされない事に不満を抱いたが流石に男性相手と言う事もあり何も言わない。


 逆に距離を取りたい輪廻はあくまでも一般的な名字呼びで穏便に対処する。


 お互い作り笑いで対峙する。


 しばし見合った後、輪廻は武器屋へ行くことを思い出し、この場を離れる事にする。


「それじゃ、私はこれで」


 そう言ってカフェから出ようとすると、またもや声が掛かる。


「新さん、用事があると言われましたが、どこかに行かれるんですか?」


 短いがまどかとリコとのやり取りの間に復活した秋野に行き先を聞かれる。


 行き先を反射で伝えそうになるが、なんとか思い止まり少し考える。


 行き先がバレて問題あるか?


 一緒に来るとか言われると少し億劫ではあるけど、特段問題があるようには思えない。

 あまり期待はしていないけど、もしかしたら良い意見が聞けるかもしれない。


 それに行き先は武器屋だし飲み屋ではない。

 うん、一緒に来られたとしても問題ない・・・筈。


 飯屋・飲み屋に誘われたら速攻逃げよう。


 そんな感じで問題ないと判断し、秋野の質問に答える。


「武器屋へ行くんですよ。

 授業や探索に使う武器を買おうと思いまして」


「あら、いいですね!

 私も丁度武器を買おうと思ってたんですよ。

 ご一緒させて貰えません?」


「「あ! 私も~!」」


 そう言って手を上げるまどかとリコ。


「え? いや、カフェでお茶するんじゃないんですか?」


 予想通りの展開に輪廻は一応の抵抗を試みるが、それは空しく躱されてしまう。


「いえ、私達今日時間が空いちゃったんですよ。

 だから適当に時間潰そうと思ってたんですけど、新さんが武器屋に行くなら一緒に付いて行った方が面白そうだなって思ったんです。

 ご迷惑でしたか?」


「そ、そうですか。

 まぁ、迷惑と言う事はないですね。

 では、一緒に行きます?」


「「「はい!」」」


 こうして新は彼女達の押しに負けて一緒に武器屋へと行くことになった。





















 道中話を聞いていると、どうやらこの3人は同じ地元から出て来た友達同士で探索パーティを組む予定らしい。


 パーティ内の役割も前衛・サポート・後衛とバランスも良いらしいが、『適正って何?』と聞いたら、なんでも魔力の適正検査と言うものがあるらしく、彼女達は高校時代に受けて自分の適性を知ったそうだ。


 ・・・俺、魔力の適性検査なんか受けてないし、適性わかんないんだけど?!


 そんな内心の焦りを誤魔化しつつ、何とか話題を逸らそうと輪廻は頑張ってお話をした。


 輪廻は頑張った。


 けど、中々話題は逸らせず探索者パーティや適性の話が続き、序でにとでも言うように輪廻は3人のパーティに誘われた。


 その誘いも輪廻はやんわりと断り話題を逸らす。


 輪廻は自分の実力では迷惑をかけそうだと思ったからだ。


 何せ痴女相手に振り回される程度の力しかない事を痛感していたからだ。


 流石に命を懸ける場所に一般女性に振り回される程度の実力しかない自分が行くこと自体間違っていると思っているのに、他の人にまで迷惑は掛けられない。


 自分の弱さに泣きそうな心を叱咤しながらなんとか武器屋まで会話を続けた。


「『亀仙道』・・・ここか」


「何か良い感じの店構えですね」


 店自体はあまり大きくなさそうだが、純和風の家屋と言った感じで趣があり、店の外には日除け暖簾が掛けらている。

 中の様子は日除け暖簾でわからないが、店の雰囲気は落ち着いた感じで好感が持てる。


 好感が持てるのだが、店の外観や雰囲気がどう見ても和菓子屋にしか見えない所為で『これが武器屋なのか?』と内心で疑問が浮かぶ。


「ねぇ、入らないの?」


 そんな事を考えていると哀川さんから声が掛かり、我に返る。


「あぁ、すみません。

 ちょっとボーっとしてました。

 見た感じが武器屋に見えなかったので戸惑ってしまいました」


「老舗っぽいお店ですよね~

 私もちょっとわくわくしますよ~」


「わ、私も良いものがありそうな予感がします」


「わたしも、わたしも~」


 そんなやり取りをしながら店へと向かった。





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