第22話 謀殺ノ転変(ぼうさつのてんぺん)
イズナが、ナギの身体の上で動かなくなってから三日。
朝の陽ざしは、何事もなかったかのように穏やかだった。
だが、カムナ国の宮には、異質な静けさが広がっていた。
イズナの死を悼む喪の装いの裏で、すでに、何かが動き始めていた。
ナギは、沈痛な面持ちのまま、粛々と政務を執る日々を続けていた。
しかし、それは表向きの姿にすぎなかった。
その瞳の奥には、明確な意志が宿っていた。
「オオキミがご不在となった今こそ、はっきりとさせるべき儀がございます」
そう進言するのは、密かにナギのもとに通っていた文官の一人だった。
手渡された帳面には、イセノの名がいくつも並んでいた。
不正に取得された土地、無届けの交易、そして……
公に口にするには憚られる、キサキとの密通の噂。
ナギは黙ってそれらに目を通し、一枚一枚、丁寧にめくっていく。
そして、最後の帳面を閉じると、ふっと吐息をもらし、こう言った。
「……よろしい。公にいたしましょう」
その声音は、張り詰めた絹糸のように、静かで冷たかった。
白い陽が射し始めた広場に、重く鳴る太鼓の音が響いた。
カムナ宮の南、罪人を裁くために設けられた「斬壇」には、
既に処刑人たちと、白木で組まれた高壇が用意されていた。
そこへ、引き立てられてきたのは――イセノ。
青黒い礼服の襟元は裂け、口元には乾いた血が滲んでいる。
だがその眼には、まだ権勢を誇った時の光が、かすかに残っていた。
「ナギを連れて来い……! その女をこの壇の上に引きずり出せぇっ!」
二人の衛士が左右から腕を取り、壇の前に引きずり出す。
「ひざまずけ」と命じられても、イセノは顔を上げたまま、笑った。
「余の膝は、女に折らされたことはない……。ましてやあのような、あやかしの如き毒婦のために屈するものか!」
ざわり――民の中に小さなどよめきが起きる。
「ひざまずかせよ」
処刑人の声に、衛士が長い棒を取り出した。
イセノの膝を目がけ、容赦なく振り下ろす。
バキンッ――
骨が砕ける音がした。イセノの身体が、一瞬跳ねる。
「ぐっ……ううううあぁ……!」
声にならないうめき声が、咽喉から漏れる。
そして、再び棒が振るわれた。
バキィッ――
今度はもう片膝。イセノの身体がぐらりと傾き、そのまま壇に膝をついた。
「ナギは……ナギは毒婦なりぃぃ!!」
彼の叫びは、もはや怒声というより、呪詛に近いものだった。
「この国を蝕む、淫乱の魔女なり!イズナ様を誑かし、政を乱し、余を罪人に仕立て上げ……!」
見物する民の中で、一人の女が静かにその光景を見守っていた。
扇を口元にあてがい、白い被衣の奥から鋭い視線を送っている――ナズナである。
イセノの絶叫も、血のにじむ苦悶の表情も、
ナズナの目には、波ひとつない湖面のように映っていた。
やがて処刑人が、高壇の上で号令を発する。
「――いざっ」
大刀が抜かれ、刃先が太陽を受けて一閃、光をはじいた。
ズバッ――!
風が鳴る。
イセノの叫びは、その瞬間をもって永遠に途絶えた。
その首が宙を舞い、壇の下へと落ちる。
民たちの間に小さな悲鳴と、押し殺された息が交差する。
だが、ナズナは――ただ目を伏せ、ひとつ小さく吐息をついただけだった。
(これで……ひとつ、片付いた)
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