第12話 紅ノ終宴(べにのしゅうえん)2

──ぬるん、とした水音と、かすれた喘ぎが、帳の中に満ちていた。


ナギは、ムラオサの腰の上にまたがっていた。

腰布一枚も残さぬ姿で、白い肌が淡く灯に浮かび上がっている。


吐息を洩らしながら、ゆるやかに、しかし確かな動きで腰を揺らす。


頬を紅潮させ、瞳を潤ませながらも、その視線は揺らがぬまま――


ひとえに、男の奥へと沈み込んでいった。


「あ……ああ……ナギ……ナギよぉ……」


ムラオサは、もはや獣だった。

脈打つ欲望のままに、下から腰を突き上げようとするが、

その力はすでに彼女の動きに追いついてはいなかった。


ナギは、ふっと甘い嬌声を洩らしながらも、

それを愉しむように、さらに深く腰を落とした。


「……ああ……ふふ……ムラオサ様……もっと……」


唇に浮かべた笑みは、どこか冷たい艶を帯びていた。


やがて――

ムラオサの喉が、ひくりと痙攣した。


「ぐ……ぅ……う……あ……が……っ」


次第に、眼が見開かれ、呼吸が乱れ、腹の奥を押さえるように手を伸ばしたかと思うと、そのまま、がくりと頭を後ろにのけぞらせた。


「……ムラオサ様?」


ナギは、小さく首を傾げながらも、腰を一度深く沈め、そして動きを止めた。


彼の胸に手を当ててみる。


何の反応も、なかった。


その瞬間――

ナギの表情から、艶がすっと消えた。


淡々と、脚を外し、ムラオサの身体から静かに離れる。


寝具を整え、ひとつ息を吐き、帯を締め直しながら、冷ややかな目で、今しがたまで自分の下で喘いでいた男の骸を見下ろした。


ナギはひとつため息をつくと、帳の外へと足を向けた。


外に控えていた侍女の影が動いた。


「薬師を――」


声音は柔らかく、物腰も丁寧だった。


まるで、何ひとつ乱れることのなかった夜の余韻のように。


けれど、ナギの背筋は、ぞっとするほど真っ直ぐで、その足取りには、一片の迷いも揺らぎもなかった。


――薬師が駆けつけたとき、ムラオサはすでに、冷たくなっていた。


脈はなく、瞳孔は開ききり、腹の下からは、ほのかに汗と精の名残が漂っていた。


「これは……」


薬師が口元を覆い、そっと首を振る。


「……心の臓に……突如として力がかかったものでしょうな。年齢のこともありましょうが……」


その言葉に、侍女たちは一斉に顔を伏せた。


その場に立ち尽くしていたナギは、何も言わずにただ一歩引き、

遠くで揺れる香の煙をじっと見つめていた。


彼女の表情に、驚きも、悲しみもなかった。

あるのは、ただ一筋の疲労と、

――どこか、解放された者の静けさ。


しばしの後、帳が下ろされ、ムラオサの骸は奥へと運ばれていった。


館の空気は、数刻のうちにぴたりと変わった。


――男を頂点に据えた濃密な空気は、一夜にして霧散し、そこに残ったのは、新たな主の気配と、得体の知れぬ沈黙だった。


「……オオキミ様には、すぐに文を」


館の者のひとりが呟き、走り出す。


ナギは、その背をただ静かに見送った。


その夜、ナギの部屋には、誰も訪ねてこなかった。


香も焚かれず、紅も塗られず、ただ風だけが吹き抜ける。


そして、月のない夜空の下――

彼女は独り、ゆるやかに身を横たえた。


闇に溶けるように目を閉じながら、

その胸にひとつ、名もなき想いが生まれていた。


(これでようやく、あのムラにも……風が通る)


ふと、唇がかすかに笑んだ。


その笑みは、勝者のそれではなく――


すべてを飲み込んだ者の、静かな終焉を告げるものであった。

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