第11話 駒ノ自覚(こまのじかく)2
叫び続けるサエの声が、広間に響いている。
「やだっ……熱いっ……やだぁあっ!! いやぁああ……!」
その身を焼かれるような苦痛の叫びが、神殿の無機質な石に吸い込まれていく。
ナギは唇を噛みしめ、身じろぎひとつできぬまま、ただその光景を見つめていた。
サエの身体が、苦痛に耐えきれずに弓なりに反る。
痩せこけた腕と脚が縄に引かれ、顔は汗と涙に濡れ、髪は乱れて皮膚に張りついていた。
巫女たちは、淡々と手を動かし続けていた。
哀れみも、迷いも、まるでそこには存在しない。
まるで、そこにあるのが“人”ではなく、“儀式の器”であるかのように。
「……あの者は、オノコに襲われたと訴えていたらしいが――そのようなことは、どうでもよい」
掟のもとでは、真実は重要ではない。
罰せられる“罪”があるかどうか。それだけだった。
「そんな……」
ナギは唇を震わせ、目を伏せた。
声が、喉の奥で詰まる。
広間には、なおもサエの叫びが響いていた。
「いやああっ!! 水を、水をっ……熱いっ、あつ……い……!」
次第に声がかすれ、か細く、ひきつるように震え――
「……あ……つ……い……」
最後のひとことが、囁きのようにこぼれた。
そのまま、サエの身体がぴたりと動かなくなる。
巫女たちは手を止め、ひとりの者が静かに頷いた。
サヌカが、顎をしゃくりあげて一言。
「……やはり、耐えられなんだか」
感情のない声だった。
まるで予定されていた結末を告げるだけのように。
巫女たちは手際よくサエの亡骸を戸板に移し、何事もなかったかのように奥へと運んでいった。
まるで――これが、日常であるかのように。
ナギはその場に立ち尽くし、頬に一筋、涙が伝った。
「……サエは……ただ、私と同じ人を……好きになっただけなのに……」
そのとき、傍らのサヌカが無感動な声で言った。
「耐えられなかった者は死ぬ――それだけのことです」
ナギはその言葉に反応するように、そっと目を伏せた。
やがて神殿を後にし、馬車に乗ると、再び沈黙が満ちた。
車輪の軋みと、馬の蹄の音だけが、遠くの世界の出来事のように響いていた。
タケルは、しばし無言でナギの横顔を見つめていた。
そして――ようやく、ナギが口を開いた。
「私は……」
その声は掠れていたが、はっきりと耳に届いた。
「……サエのようには、なりたくありません」
タケルは、その言葉に目を細める。
「子を持たぬ身体となった今……なおのこと、駒として働けると思うのです」
少しの間、タケルは何も言わなかった。
やがて――ため息のような低い声が、ナギの耳元に届いた。
「……余の口からは、言えなんだが……」
「……はい」
ナギの応えは、迷いがなかった。
タケルはゆっくりと頷き、続けた。
「隣国・カムナとの同盟が進められている。その折、そなたを送るつもりだ」
「……畏まりました」
ナギは、深く頭を下げた。
そして――
タケルの目が、鋭く細められる。
「その前に、ムラオサを落としてこい」
ナギは驚きに目を開きかけたが、すぐに伏せたまま、唇を引き結んだ。
「……あやつがいても、何の益もない。そなたの手で引き裂いてこい。あのムラに、風を通すのだ」
その声は、もはや命令ではなかった。
祈りに似た、静かな願い――
ナギは、数瞬の沈黙ののち、ゆっくりと頭を上げる。
「……はい」
その言葉は、静かで、それでいて確かな決意を帯びていた。
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